9、疑問
可愛いぃ、セイフィード様、赤くなっている。
もっと、ペロペロしちゃおうかな。
でも、なんか、体が痒い、むず痒い。
「アンナ、いい加減、やっ⋯⋯」
あれ、どうしたんだろう、セイフィード様、思っ切り顔を背けた。
うん!?
手が、あれ、私の手だ、犬の手じゃない。
「キャーーーーッ」
もっ、元に戻っているっ。
私、子犬から私の体に戻っているっ。
イヤーー。
どうして、このタイミングなのっ。
私、真っ裸だ。
「アンナ、早く服を着ろ」
「はっ、はっ、はい」
私はセイフィード様の上から降り、急いで服を着る。
嫌だ、もう⋯⋯、恥ずかしいどころじゃない。
「セっ、セイフィード様、見ました? 見てませんよね?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
セイフィード様は頑なに顔を背け無言だ。
やっぱり、見たんだ。
恥ずかしさで私の手が小刻みに震え、洋服が思うように着れない。
「アンナちゃん、セイフィード、何かあったの? 大丈夫なのー?」
私がまだ着替えている時、マーリン師が階段を駆け上ってくる。
するとセイフィード様は立ち上がり、入口のドアに近づき、開かないように押さえた。
「あれ、開かない。ねー、どうしたのー?」
「マーリン師、もう少し待って下さい。アンナが今、着替えているんです」
「もっ、もしかして、元に戻ったんだー。良かったー」
私が着替え終わると、セイフィード様はドアを開ける。
マーリン師は私を見ると、目を大きく見開き、駆け寄り抱きつこうとした。
しかし、一歩手前で、セイフィード様に止められる。
そして、なぜかミランダさんも遅れて2階に上がってきた。
ミランダさんは伏せ目がちに、立っている。
「アンナ、さっき、マーリン師から犬になった経緯は聞いた。それで、なぜ外に出たんだ?」
「私は、自分で外に出てません。ミランダさんが⋯⋯、私を段ボールに入れて外に連れ出したんです」
「アンナちゃん、それはおかしいよ。だってアンナちゃんが居なくなったことを教えてくれたのは、ミランダなんだよ」
「そんな⋯⋯、確かに私は見ていません。ミランダさんが子犬の私を連れ出すところは⋯⋯。けど、匂いでわかったんです」
「ミランダ、どうなの? 本当に、ミランダがアンナちゃんを連れ出したの?」
「私は⋯⋯、御免なさい。本当に御免なさい」
ミランダさんは、頭を下げ、私に謝罪した。
ミランダさんは憔悴し、青ざめている。
「どうして、こんなことをしたんですか?」
私は、問い詰めるような口調ではなく、優しくミランダさんに訊く。
「私⋯⋯、私⋯⋯、アンナ様が妬ましかったんです。貴族でそれもセイフィード様との婚約者で、将来幸せが約束されているアンナ様が妬ましくて、それでアンナ様が居なくなればいいと思って」
⋯⋯⋯⋯何か違和感がある。
確かに、フェリックスさんのことで、ミランダさんは私に少しヤキモチを妬いたかもしれない。
けれど、私には婚約者がいるから、そこまで私を嫉妬するはずがないと思う。
「ミランダ⋯⋯、君は働くのが好きって、貴族だった時より今の方が幸せって言ってたじゃないか」
マーリン師も、私と同じような疑問を持ったんだ。
ミランダさんは、頭の回転が早く機転が効き、働き者だ。
それに、フェリックスさんとの幸せの生活を夢見ていたはず。
貴族にもう一度なりたいとか、貴族の人と結婚したいとか、ミランダさんがそう思っている節は全くなかった。
そもそも、ミランダさんはこんな大それたことをするタイプには全く思えない。
どちらかと言えば、私と同じく小心者だ。
「あれは、自分を誤魔化していたんです。アンナ様を間近に見て羨ましくなって、妬んだんです。それでアンナ様に酷いことをしたんです。⋯⋯⋯⋯でも、私、冷静になったら、とんでもないことをしてしまったと怖くなったんです。だからマーリン師にアンナ様が居なくなったと伝えたんです」
「ミランダ、理由がどうあれ、君は許されないことをした」
セイフィード様が厳しい口調でミランダさんに言葉を発する。
「そうだね⋯⋯、ミランダ。一歩間違えばアンナちゃんは⋯⋯」
「はい。どんな処罰も受けます」
「セイフィード、ミランダの処遇については、僕に任せて貰えるかな⋯⋯」
「わかりました。では、俺とアンナは戻ります」
セイフィード様と私は馬車に乗り込む。
もうすぐに日が昇りそうな時刻だ。
「セイフィード様、私の部屋にワープ出来ないんですか? パパーっと」
「転移魔法は首都だと色々面倒なんだ。だが、俺の屋敷のガゼボからならアンナの部屋までは容易に転移できる」
「私、シャーロット達には知られたくないんです。だからセイフィード様、私をガゼボから私の部屋まで転移して下さい。お願いします」
「あぁ、わかっている」
「あの、それと、セイフィード様。私を見つけてくださり有難うございました。私、あのまま路地にいたら大変なことになっていました」
「まったくだ」
「はい。もしあの路地で子犬から人間に戻って、服を着てないところを誰かに見られたら⋯⋯、変態扱いされて捕まってたかもしれません」
「アンナは、本当に、バカアンナだ。大変なことの意味が全然違う。あのまま路地にいたらアンナは凍死してたぞ」
「えっ⋯⋯、でも、私、犬でしたし。確か犬って寒さに強いんですよね」
前世の記憶では、南極でも犬は外で寝ても死ななかったはず。
「それは犬の種類によるし、そもそもあの時のアンナはびしょ濡れだっただろ。それにだ、あの場所で裸になってみろ、何されてもおかしくはなかったんだぞ」
「⋯⋯⋯⋯ごめんなさい」
「もう、変な薬は飲むなよ」
「はい。もう飲みません。でも、ビックリしました。今回の件、マーリン師はセイフィード様に知られたくなかったのに、セイフィード様に連絡したんですね」
「当たり前だ。アンナに何かあってみろ、それこそ、ただでは済まされない」
「私、犬耳付けたかっただけなのに⋯⋯、また迷惑掛けてしまいました。ごめんなさい」
「これに懲りて、もう変な事はするなよ。それと、本当は腕輪のこと説明したくなかったが、今回みたいな件がまた有っても困るから説明しとく。この腕輪は外的要因には威力を発揮するが、内的要因にはあまり反応しない」
「外的要因? 内的要因?」
「外的要因とは、アンナが転んだり、高いところから落ちたり、誰かに殴られたりした時のことだ。内的要因とは、アンナが風邪ひいたり、気分が悪くなったり、今回みたく凍死しそうになることだ。わかったか?」
「なんとなく、わかりました」
「まぁ、なんとなく分かればいいさ。それとアンナ、今度、話がある。今は疲れているだろうから、次会った時でいい」
話って、なんだろう。
前世の少女漫画で、彼氏に話があると言われたら、その話はだいたい別れ話だった。
どうしよう、悪い想像しかできない。
セイフィード様と別れるなんて、嫌だ、絶対にそんなの嫌だ。
「話って何ですか? 悪い話ですか?」
「さあ、何だろうな」
「教えてくださいっ。気になって夜、寝れなくなっちゃいます」
「そうだな。毎晩、毎晩、俺だけのことを考え、思い悩めばいい」
セイフィード様って、意地悪だ。
でも、私がいじけてプイと顔を背けたら、そっと手を握ってくれた。
だから、きっと悪い話じゃないよね⋯⋯、大丈夫だよね⋯⋯。
⋯⋯ダメだっ、やっぱり、色々と考えてしまう。
あ、もしかして結婚の日取りとかかな。
それだったら、凄く嬉しい。
そして馬車がセイフィード様の屋敷に着くと、私達はこっそり庭園にあるガゼボに行く。
そのガゼボから、セイフィード様は私と一緒に私の部屋まで転移してくれた。
ただ、その時の私は、ひたすらに眠く、瞼が半分閉じかかっていた。
だから、私はセイフィード様にろくにお礼もせず、ベットに崩れ落ちた。
それからのことは寝ぼけてて良く覚えていないけど、セイフィード様は私のおでこに口ずけすると、すぐに消えてしまった。




