8、子犬
ミランダさんは、子犬姿になった私を段ボールに閉じ込め、それを持ち街中を走っている。
走っているから、段ボールの中は上下に揺れ、私は段々と気分が悪くなってきた。
タオルケットに包まれているから、息苦しいし。
犬のようにワンワンと吠え、ミランダさんに止まるように懇願したかったのに、クゥ~ンとしか鳴けない。
私、どこに連れられていくの?
なんで、どうして、こんなことするの⋯⋯、ミランダさんっ。
20分くらい経っただろうか、突如、ミランダさんは足を止めた。
ミランダさんは、全速力で走ったせいか、かなり息切れしている。
そして、私を閉じ込めている段ボールを地面に下ろすと、足早にまたミランダさんは、何処かに行ってしまった。
どうしよう⋯⋯。
かなり気持ちが悪い、吐きそう⋯⋯。
とりあえず、この段ボールから脱出しないと。
私は、段ボールの中で、大暴れし、箱を左右に揺らした。
するとテープの剥がれるペリペリという音が聞こえた。
私がさらに箱を揺らすと、テープが剥がれ、外に脱出することが出来た。
「ゲエェ⋯⋯」
私は出た瞬間、吐いてしまった。
でも、吐いたお陰で、気分がすっきりする。
それで、ここは、一体どこだろう。
夜中のせいで人通りは全くないし、薄暗い。
街中の路地だということは、わかるけど⋯⋯。
うん?
ミランダさんの微かな匂いがする。
この匂いを辿れば、もしかしたら研究所に着くかもしれない。
私は、ミランダさんの匂いを辿り、歩き出した。
「ポツポツ⋯⋯、ポツポツ⋯⋯」
もしかして、雨?
ヤダヤダ、匂いが消えちゃう。
「ザーーッ、ザーーッ」
たっ、大変だー。
雨が本降りになってしまった。
あれ、でも、犬の毛って水を弾くんだ。
凄い。
私は取り敢えず、今歩いている大通りを雨の中、歩き続けた。
しかし、一台の馬車が私の側を通り抜けた瞬間、水溜りの水が勢いよく跳ね、私にザバーンと降りかかった。
毛を通り抜けて地肌に水が染み、体が冷えてくる。
うぅ⋯⋯、最悪だ、毛はビチョビチョで、泥が至る所に、へばりついている。
可愛らしい子犬だったのに、ショーウインドーに映る私は、見すぼらしい汚い子犬だ。
ミランダさんの匂いも完全に消えてしまったし、これからどうしよう⋯⋯。
私は、とりあえず、雨宿りができる路地の片隅に、身を縮こまらせた。
もし、元に戻らなかったらどうしよう⋯⋯。
子犬じゃ、セイフィード様と結婚出来ないどころか、婚約破棄されちゃう。
そんなの、嫌だよ⋯⋯。
それにしても、寒い、とても寒い。
体が寒くて震えてくる。
それに、なんだか⋯⋯、眠い⋯⋯。
もう、疲れたし、このまま寝ちゃおうかな⋯⋯。
犬だし、このまま寝ても凍死しないよね⋯⋯、大丈夫だよね⋯⋯。
⋯⋯⋯⋯。
「アンナ、バカアンナ、起きろっ、起きるんだ」
一瞬、眠りに落ちた私を誰かが、揺さぶる。
だっ、誰だろう⋯⋯?
とっても、いい匂いがする⋯⋯。
でも瞼が重くて、開けられない⋯⋯。
『サーナ・サーナ・光の精霊よ・息吹を注げ』
なんだろう⋯⋯、体がポカポカしてきた。
でも、まだ眠くて目が開かない⋯⋯。
すると、もう一度、体を大きく激しく揺さぶられる。
「バカアンナ、いい加減起きろ」
もうっ、眠いのに誰なのー?
私はうっすらと目を開けた。
わっ、セイフィード様だ。
嬉しい、セイフィード様だ。
私、セイフィード様に抱っこされている。
嬉しくて、私の尻尾が盛大にフリフリ振りはじめる。
「良かった、アンナ、本当に良かった」
私が嬉しくて興奮しているのに、それとは真逆に、セイフィード様は真っ青な顔をしている。
どうしたのかな⋯⋯、今にもセイフィード様の方が倒れそう。
⋯⋯⋯⋯。
あれ、でもなんでセイフィード様がここにいるんだろう。
もしかしてバレたのかな。
それって、とてもまずいよね⋯⋯。
「研究所に戻るぞ、アンナ」
セイフィード様は私をマントで覆い隠し、馬車に乗り込む。
私は、セイフィード様の様子が気になって、マントから顔を出し、セイフィード様の表情を伺う。
⋯⋯、さっきに比べて顔色も良く、落ち着いている。
良かった、セイフィード様、元気になったみたい。
「はぁ⋯⋯」
セイフィード様が私の顔をチラッと見ると、盛大な溜息をついた。
もしかして、私⋯⋯、とうとう飽きられちゃったのかもしれない。
私は今、汚い子犬だし、触るのも嫌だよね。
でも、セイフィード様は優しく私の体を撫で始める。
何度も、何度も。
セイフィード様の匂いに包まれ、手の温もりを感じている内に、私はまた、ウトウトし始めた。
が、眠りにつく寸前、馬車は止まり、研究所に到着した。
「セイフィード、アンナちゃん無事だったんだねー、良かった~」
馬車が到着するや否や、マーリン師が研究所を飛び出して、私達に駆け寄った。
「⋯⋯⋯⋯」
セイフィード様は、無言だ。
物凄く怒っている。
「いやさー、まさか、アンナちゃんが外に出ちゃうなんて思わなくてさー。でも、セイフィードに連絡して良かった。こんなにも早くアンナちゃんを見つけられるなんて、ほんと、良かったよー」
マーリン師は必死に弁明している。
けど、私が外に自ら出たわけじゃないんだけどな⋯⋯。
私が自分で外に出たことになっているのかな。
違うのに。
セイフィード様は無言のまま研究所に入り、2階に上がる。
マーリン師は落ち着きなく、私達の側をウロウロしている。
「風呂場、借ります」
「どうぞ、どうぞー。タオルとか出すね」
セイフィード様は、袖とズボンを捲り、桶にお湯を溜める。
手を入れ、温度が丁度いいと分かると、私をそっと持ち上げ、ゆっくりその桶に入れた。
はわぁー、気持ちいい。
歌を歌いたくなっちゃう。
セイフィード様は静かに、手でお湯をかけてくれる。
私の毛についていた泥が浮き、少しずつ、綺麗になっていく。
だいぶ泥が取れると、セイフィード様は一旦、私を抱きかかえ、桶のお湯を取り替えた。
そして今度は、石鹸を使い私を洗う。
セイフィード様の手が、私の身体中をワシャワシャと触れる。
くすぐったいけど、気持ちいい。
石鹸のいい匂いもするし、幸せだー。
私を洗い終わると、セイフィード様はタオルで私を拭いてくれた。
そしてセイフィード様は私を新しいタオルで包み、抱きかかえながら、クッションの上に腰を下ろす。
そして、ミルクをお皿に注ぎ、スプーンで私に飲まそうとしてくれる。
「アンナ、喉乾いているだろう」
私は嬉しくって、ペロペロとスプーンからミルクを飲む。
飲み終わると、セイフィード様は、また私を撫で撫でし始めた。
「アンナ、安心しろ。もし朝までに元に戻らなくても、俺が絶対に元に戻すから」
セイフィード様は、今、私が一番欲しい言葉を、私に投げかけてくれた。
セイフィード、もう、ほんと、大好き。
私は、本能のまま、嬉しすぎて、好きすぎて、セイフィード様の顔をペロペロと舐めた。
「こらっ、アンナ、やめろ」
セイフィード様の嫌がる姿が、これまた可愛い。
なんとなく体がムズムズしてきた気がするけど、今はセイフィード様をペロペロしたい。
もっと、いっぱい、ペロペロしちゃおっと。




