7、複雑
(前話で、アンナは子犬になっています)
「それで、マーリン師、どうしますか? あと1時間ぐらいでアンナさんの迎えの馬車が来るはずです」
フェリックスさんがマーリン師に質問する。
私も、答えを聞きたい。
私、どうなるの?
「だよねっ。どうしよー。多分、アンナちゃんは薬が効きすぎる体質なのかも。だから、ワンワン薬の効能が切れるのも僕より長くかかる気がする」
「正直に、コルベーナ侯爵家に言いましょうか?」
「そっ、それは駄目だよ! だってコルベーナ侯爵家の当主は大臣だよ。こんなことバレたら僕、打ち首になるかも」
「マーリン師は、貴族ですし、そのような事にはならないのでは⋯⋯」
「イヤイヤ、貴族って言っても最下層だし、1代かぎりだし、吹けば飛ぶような爵位なんだよ、僕のは。それに、コルベーナ侯爵家にバレたら、ネヴィリス伯爵家にもすぐに伝わるに違いない」
「確かに⋯⋯、婚約者であるセイフィードさんが知ったら怒りそうですね」
本当に、その通り⋯⋯、きっとセイフィード様は怒るに違いない。
あぁ、一刻も早く元の姿に戻りたい。
「怒るどころじゃなく、資金援助を打ち切られるかもしれないっ、そんな事、絶対にダメだー」
「それじゃあ、どうすれば⋯⋯」
「恐らく、アンナちゃんは明日には薬の効能が切れるはず。だから今日、何とか乗り切れば大丈夫だ。しょうがない、僕がアンナちゃんに化けてコルベーナ侯爵家に帰るよ。それで隙を見て帰ってくる」
「確か、あの化け薬は顔しか変身できないんですよね⋯⋯、女性のミランダの方がいいんじゃないでしょうか」
「ミランダはアンナちゃんより背が高すぎるし、痩せている。僕の方が体型は近いよ。フェリックス、早く薬取って来て」
悪かったですね⋯⋯、どうせ私は痩せてませんよ。
でも確かに、マーリン師の方が私と身長が同じぐらいだし、コルセットでウエストを絞れば上手く変装できるかもしれない。
フェリックスさんは急ぎ研究室に行き、薬が入っている小瓶を持ってくる
ミランダさんには資料室に行き、私の荷物と、一本の髪の毛を持って戻ってきた。
その髪の毛は、長く金髪で、恐らく私の髪の毛が抜け落ちたものと思われる。
マーリン師がそれらを受け取ると、髪の毛を小瓶に入れ、勢いよく振る。
そして、マーリン師はそれをグイっと飲み干した。
薬を飲み干したマーリン師の顔が、みるみる変化し、私になった。
物凄く、複雑⋯⋯。
顔だけ私で、あとはマーリン師⋯⋯、気持ちが悪い。
マーリン師は鏡で顔を確認すると、服を脱ぎ、ミランダさんに手助けされながら私が着ていた服を着る。
また、マーリン師に生えていた犬耳と尻尾は着替えている途中に無くなった。
最後に、マーリン師は髪を隠すため、スカーフを頭に巻きつける。
完成した、偽アンナは、違和感を感じてしまう姿だった。
「よーし、完璧だ! じゃあ、みんな、武運を祈っててね」
マーリン師がそう言うと、丁度、私の迎えの馬車が到着した。
「ゴホゴホっ、ちょっと喉が荒れちゃいましたのー。ごめんあそばせませ」
マーリン師はなんともヘンテコなお嬢様言葉を話しながら、馬車に乗り込んだ。
不安⋯⋯。
不安すぎる⋯⋯。
私が、不安げにマーリン師を見送ると、フェリックスさんが、私を持ち上げ抱っこした。
そして、不安を無くすように、私の頭を撫で撫でする。
何だろう⋯⋯、セイフィード様に撫でられた時の幸福感が全く感じられない。
むしろ、早く離れてほしい。
「大丈夫ですよ、アンナさん。きっと元に戻りますから」
きっと⋯⋯、なんだね。
絶対に元に戻ります、とは、誰も言ってくれないんだ。
それにしても、早く下ろしてくれないかな。
何とも居心地が悪い。
ふと、視線をミランダさんに向けると、物凄く嫌そうに私を見つめている。
しかし、私と目が合うと、愛想笑いし、ミランダさんも私の頭を撫で撫でした。
「アンナ様、今、ミルクお持ちしますね。少しでも召し上がれば、元気が出るかもしれません」
ミランダさんは、ミルクをお皿に注ぎ、それを床に置いた。
床か⋯⋯。
しょうがないよね⋯⋯。
今は、犬だから、テーブルの上ではなく床にお皿を置くのは、しょうがないよね⋯⋯。
でも、やっぱり、悲しい。
「どうぞ、アンナ様」
ミランダさんは、ニコリと笑う。
フェリックスさんも、ようやく私を解放し、下ろしてくれた。
私は、喉も渇いていたし、ペロペロとミルクを飲んだ。
うん!?
ミルク、美味しい~。
ミルクって、こんなに美味しかったけ、感激。
やだっ、嬉しくなったら、私の尻尾がフリフリしてる。
なんか、恥ずかしい。
「では、アンナ様は休憩室に居てくださいね。私は書類整理してきます」
ミランダさんは、休憩室を出て行った。
フェリックスさんも、残った仕事を片付けに、出て行ってしまった。
私、ポツンと1人ぼっち。
大丈夫かな⋯⋯、マーリン師。
今頃、家に付いているよね。
どうか、シャーロットに見つかりませんように。
私が、ウトウト睡魔と格闘していると、何か知っている匂いが近づいてくるのを感じた。
何の匂いだろう⋯⋯。
あ、マーリン師だ、マーリン師が戻ってくるんだ。
私は、急ぎ、玄関に向かう。
私が玄関で、5分くらいウロウロ歩きまわっていると、ようやく玄関の扉が開き、私の予想通り、マーリン師が現れた。
同時に、ミランダさんとフェリックスさんも玄関に駆けつける。
「ただいま、みんな。ふぅ、色々危なかったけど、何とか誤魔化せたよー」
マーリン師の顔は、もう私の顔ではなく、マーリン師の顔に戻っている。
私がウトウトしている間に、5時間ほど経ち、もう夜の9時過ぎになっていた。
「それでだ、あとはアンナちゃんが元に戻るのを待つだけだ。恐らく、明日の明け方には戻るはずだから、戻ったらすぐにアンナちゃんをコルベーナ侯爵家に連れて行くよ」
マーリン師は今後のことをみんなに説明する。
それに対して、フェリックスさんが質問した。
「アンナさんが、明け方に外にいたら怪しまれませんか?」
「うーん、そうなんだけど⋯⋯。そこは、まあ、アンナちゃんに適当に嘘をついて貰おう。外の空気が吸いたくなったとか言えば、誤魔化せるんじゃないかな」
大丈夫かな⋯⋯。
私、嘘つくの苦手なんだけど。
「わかりました。私達も一緒に泊まった方がよろしいですか?」
「うーん。泊まって欲しい気もするけど、寝るところがないからなー。申し訳無いけど、朝の5時くらいに研究所に来てくれないかなー。恐らくその時間になればアンナちゃん、元に戻っているはずだから」
「わかりました。では、私は失礼します」
フェリックスさんは、すぐに帰って行った。
「私は、書類の整理があと少しで終わるので、それが終わりましたら帰らせて頂きます」
「うん、ミランダ、無理しないでねー。僕とアンナちゃんは、ふわぁ~ぁ、もう寝るね」
マーリン師は私を抱きかかえ、研究所の二階に上がる。
研究所の二階は、マーリン師の自宅で、ウッド調の家具やベットがこじんまりと置かれている。
また、植木鉢が至る所に置かれ、木々や花が鬱蒼と生い茂っている。
その部屋の中心にクッションが何個も置かれおり、マーリン師はそのクッションの上に私を下ろした。
「アンナちゃん、お腹空いた? 良かったらこれ、食べてねー。僕はさ、コルベーナ侯爵家で絶品料理を頂いて満腹なんだー。だから僕はシャワー浴びたら寝るね」
マーリン師は本を重ね、その上に大きめなハンカチを敷き、小さなテーブルを作った。
そのテーブルの上に、スコーン2個とミルクをそれぞれお皿に盛り付け、置いてくれた。
お腹が空いていたので、私は遠慮なく、それらを頂くことにした。
子犬だけど、口が大きいので、2個のスコーンを4口で食べ終わってしまう。
もっと、味わいたかったな⋯⋯。
私が食べ終わってすぐに、マーリン師もシャワーを浴び終わり、可愛らしいパジャマ姿に着替えていた。
そして、マーリン師は私に近づき、しゃがみ込むと、私と目を合わせる。
「良かった、食べてくれて。あ、あと、アンナちゃんの洋服、ここに置いとくね。元に戻ったら着てね」
マーリン師は私のすぐ近くに私の洋服を置き、大きなタオルケットを私にかけてくれる。
「アンナちゃん、もし僕より先にアンナちゃんが目覚めたら、僕、起こしてねー。じゃあ、おやすみなさーい」
マーリン師はベットに横になったら、5秒くらいでイビキが聞こえてきた。
それが、とてつもなく煩い。
あまりに煩かったので、私はタオルケットの中に、スッポリと潜り込んだ。
私がようやく眠りにつこうとした時、生姜の匂いが近づいてくるのがわかった。
生姜⋯⋯、これは生姜の匂いをまとったミランダさんだ。
ミランダさん、マーリン師に何か用事があるのかな⋯⋯。
ミランダさんは扉を開け、そっとマーリン師の自宅に入って来る。
そして、そぉっと、そぉっと、マーリン師に近づく。
私は実際に見なくても、ミランダさんの匂いと足音と、なんとなくの感覚で、それがわかる。
犬って、身体能力高いんだな⋯⋯、人間よりも優れている気がする。
しかし、ミランダさんが近づいたのは、マーリン師ではなく、手前にいる私だった。
ミランダさんは、私をそっと捕まえ、タオルケットで私を包み込み、私を何かの箱の中に押し込む。
恐らくその箱は、匂いと感触からして段ボールと思われる。
ミランダさんは、その段ボールを抱えて1階に行き、私が外へ逃げ出さ無いように、テープを段ボールに巻く。
そして、その段ボールを抱えたまま、研究所の外に出て、ミランダさんは走り、どこかに向かった。




