6、医術
私は、暇を見つけてはマーリン師の研究所を訪れ、勉強をしていてる。
セイフィード様とマーリン師から勧められた本を、まずは読破することに努める。
ただ、高度な本は私には開くことが出来ない。
これから勉強を進める上で、それは壁となって阻みそうだ。
医術書を読み進めるうちに、私は前世よりもこっちの世界の方が医術に関しては進んで気がした。
この世界の医術は、外科的な治療は一切なく、魔法で自己免疫に働きかけ、活性化し、治癒させる。
ただ、セイフィード様のお母様の病については、まだ根本的な治療がない。
セイフィード様のお母様は前世で言う鬱病とか、自律神経失調症に当たる気がする。
だから、きっとセイフィード様のお母様も、ストレスを軽減しなければ治らないと思われる。
けれど、この世界には魔法がある。
その魔法でストレスを軽減できないだろうか⋯⋯。
ふぅ⋯⋯、疲れた。
肩も凝ったし、喉も渇いちゃった。
休憩室に行って、紅茶でも飲もうかな。
私が、休憩室に行くと、フェリックスさんも紅茶を飲み、一息ついていた。
「ご機嫌よう、フェリックスさん」
「こんにちは、アンナさん。どうですか? 勉強進んでいますか?」
「実はあまり進んでいなくて。医術は難しいですね」
「そうですね。何かあれば質問してください。分かることであればお答えしますよ」
「ありがとうございます」
なんかこの感じ、懐かしい⋯⋯。
⋯⋯⋯⋯⋯⋯。
うん?
なんで懐かしく感じたんだろう。
フェリックスさんとは、つい最近会ったばっかりなのに。
変なの。
私が紅茶を淹れ、フェリックスさんの向かい側に腰かけた時、ミランダさんも休憩室に現れた。
ミランダさんは、私とフェリックスさん交互に視線を向けると、一瞬眉をひそめる。
また、ミランダさんの手には、可愛らしくラッピングした包みを持っている。
もしかして⋯⋯、ミランダさんって、フェリックスさんに恋心抱いている?
私とフェリックスさんが一緒にいるのが気に食わなくって、眉をひそめたのかも。
そして、ミランダさんが手に持っている包みは、フェリックスさんにあげるもので間違いないはず。
私ってば、恋の経験を積んだおかげか、他の人の些細な恋心まで分かるようになったのかも。
ってことで、私はお邪魔だよね。
紅茶飲んだら、早く消えなければ。
「ご機嫌よう、ミランダさん。私も今来たばかりなんです」
一応、ミランダさんには、私とフェリックスさん2人の時間をそんなに過ごしていないアピールをする。
そして、すぐに立ち去るために、私は急いで紅茶を飲み干そうとした。
「あつっ」
紅茶が思いのほか、熱かった。
舌を火傷してしまったかも。
「アンナさん、そんなに焦らないで、ゆっくり飲んでください」
「ええっ、ええ、そうですよ。ゆっくり飲んで休憩して下さい」
ミランダさんの顔がひきつる。
また、ミランダさんは持っていた包みを後ろに隠そうとしたが、フェリックスさんがそれに気づき、余計な一言を発する。
「ミランダさん、もしかしてそれ、クッキーですか? ミランダさんのクッキーはとても美味しいんです。アンナさんも好きになると思いますよ」
「ええっ、みんなで食べようと思って持ってきたんです。今、お皿に出しますから、アンナ様もどうぞ、召し上がって下さい」
「えっ、あの、私は⋯⋯、ありがとうございます。頂きます」
私は、上手に拒否する言い訳を思いつかなかった。
こんな対応もできないなんて、私が恋愛マスターになれるのは、当分先かな⋯⋯。
「どうぞ。ジンジャーが入っているクッキーです」
そのジンジャークッキーは、ハートの形をしている。
ハートを噛み砕くなんて、辛い。
ハートを飲み込むのも辛い。
これって、絶対に私が食べてはいけないやつだ。
私は、些細な抵抗として、フェリックスさんより後に食べることにする。
フェリックスさんが口にしたのを見計らって、私もクッキーを口にした。
「おっ美味しい。美味しいです、ミランダさん。ジンジャーの辛みが絶妙にマッチしていて、絶品です」
私は、素直に感想を述べる。
しまった⋯⋯。
ミランダさんにしたら、私よりもフェリックスさんの感想を聞きたかったよね。
そして、紅茶とクッキーの匂いに釣られたのか、マーリン師も、休憩室に現れる。
マーリン師は、今日も、犬の垂れ耳をつけ、尻尾をフリフリさせていた。
「やったー。ミランダのクッキーだ。食べてもいい?」
「ええ、どうぞ」
「うーん、おいしぃー、最高だよ」
「マーリン師、今日も犬耳、可愛いいですね。見てるだけで癒されます」
「そうでしょ、そうでしょ、可愛いでしょー。あ、良かったら、アンナちゃんもワンワン薬飲んでみる?」
「はっ、はい。ぜひ飲んでみたいです。あ、でも、どれくらいで元に戻るのでしょうか」
「1時間ぐらいかな、そんなに長続きしないんだー」
「そうなんですね。では、お願いしたいです。犬耳が付くなんて、夢のようです」
1時間ぐらいなら、いいかも。
今から1時間くらい勉強して帰る予定だから、家に帰る頃には犬耳が無くなっているんだよね。
犬耳姿の私を、シャーロットが見たら軽蔑しそうだし、内緒にしとくほうがいいよね。
そして、すぐにマーリン師は、自分の研究室に行き、薬を持って戻ってきた。
「アンナちゃん、はい、どうぞ。全部飲み干してねー」
マーリン師は私に小指ほどの小瓶を手渡してくれた。
小瓶に入っている薬は、無色透明な液体で、匂いもない。
私はグイっと、それを飲み干した。
「どう、アンナちゃん。なんとなく頭と腰の辺りがムズムズしない?」
「うーん⋯⋯、なんとなく体全体がムズムズします」
「えっ⋯⋯、ええっ、体全体が?」
あれ、なんだか、服が緩くなってきたような⋯⋯。
あれあれ、テーブルが、クッキーが、マーリン師が巨大化している。
私の手が、私の体が、毛むくじゃらになっているっ。
ええーー、 一体どういうことなの!?
「大変だー、アンナちゃんが、子犬になっちゃったよー」
「落ち着いて、ください、マーリン師」
「そうです、落ち着いてくださいっ」
マーリン師はオロオロし、私の周りを行ったり来たりしている。
フェリックスさんとミランダさんは、青ざめ、私を見下ろしている。
子犬になったって⋯⋯、確かに私の体、フサフサしている。
嘘だよねっ、誰か嘘だって、言ってくださいっ。
暫くマーリン師は頭を抱え、落ち着きなく歩き回っていたが、何か覚悟を決めたように立ち止まり、わたしをじっと見つめる。
次の瞬間、私を、ヒョイっと持ち上げ、鏡の前に持ってくる。
そこに映っていたのは、まさしく子犬。
毛並みは長く、色は艶やかなゴールド、つぶらな瞳が可愛い⋯⋯。
びっくりしたことに私の腕輪も、犬サイズに小さくなって、ちゃんと腕にはまっている。
「ごめんねー、アンナちゃん。薬が効きすぎたみたいで、子犬になっちゃった。でも、安心して。時間が経てば戻るから。たぶん。いや、きっと⋯⋯。おそらく。うん、大丈夫、大丈夫」
マーリン師は引きつった笑顔を私に向け、私に謝る。
困ります、今すぐ戻してくださいって言おうとしたのに、言葉が出てこない。
本当に、本当に戻るのだろうか⋯⋯、不安だよ⋯⋯。




