5、犬耳
今日、私とセイフィード様は、学校帰りにマーリン師の医術研究所を訪れる。
マーリン師の研究所は首都の外れにあり、宮廷学校からは馬車で30分ほどかかる。
実は、セイフィード様は私がその研究所に行くことに消極的で、なかなか案内してくれなかった。
けれど、セイフィード様と会うたびに根気よくお願いしたら、ようやく諦めない私の態度に折れ案内してくれることとなった。
馬車の中では、セイフィード様は浮かない表情をし、不安げに私を見つめている。
何をそんなに、セイフィード様は心配してるんだろう。
ただ、資料室の本を読ませてもらうだけなのに。
しばらくすると、私達を乗せた馬車が止まり、医術研究所に着く。
医術研究所はまるで前世の鏡餅みたいな外観をしている。
もちろん、みかんが乗っていない鏡餅だ。
「美味しそうな外観してますね」
「お腹空いているのか? そんな表現をするのは、アンナぐらいだ」
「いえいえ、お腹空いてません。大丈夫です」
「アンナの大丈夫は、当てにならないからな。もし何か困ったことがあれば、すぐに俺に言うんだ。わかったな」
「はい。わかりました」
私達が研究所に足を踏み入れると、マーリン師自ら出迎えてくれた。
「ハロー。セイフィード。おひさしぶりー。もしかしてこの子が婚約者? 可愛いねー」
「お久しぶりです、マーリン師。俺の婚約者のアンナです、お世話になります」
「初めまして、マーリン師。私はアンナ・フェ・シーラスです。よろしくお願い致します」
マーリン師は、背が私よりもちょっと低く、髪の毛がくるくるとカールしていて、とてもフサフサだ。
また目がキラキラと輝き、好奇心旺盛な少年に見える。
それに、頭に垂れ下がった犬耳が生えている。
可愛いすぎっ、撫で撫でしたい。
「アンナちゃん、気になる? 気になるよね~、この犬耳。これは僕が作ったワンワン薬で生やしたんだ」
「とっても、かわいいです」
「良かったら触ってみてー。ほら、尻尾もあるよ」
私が触ると、ピクッと動き、偽物でないとわかる。
感触もフサフサしていて柔らかい、まさに犬耳。
尻尾もツンツンしてみたら、ぴょんぴょんフリフリして、キュン死にしてしまう。
「尻尾はだめだよっ。アンナちゃんのエッチ」
「えっ」
「うそうそ、冗談冗談。それで資料室の医術書を読みたいんだっけ?」
「はい、お願いします」
「うん。読むのは構わないんだけどさー。アンナちゃんに1つお願いがあるんだ。アンナちゃんの体を調べさせてくれないかなー」
「ダメです」
私ではなく、セイフィード様が即答した。
「セイフィード、お願いだよ。魔力がない人間なんて、今までかつて聞いたことも会ったこともないんだよ。興味があるんだー」
「じゃあ、この話はなかったことにしてください」
セイフィード様は私の手を取り、出口に向かう。
別に私は少しくらい体を調べてもらっても構わないのに、セイフィード様は怒っている。
「ごめんごめん、もう体を調べたいなんて言わないからさー。だからセイフィード、怒らない、怒らない」
「二度と言わないでください」
「あぁ、そうするよ」
マーリン師は、気まずくなったのか、助手を紹介して、そそくさと研究室にこもってしまった。
その助手は2人いて、1人は男性のフェリックスさん。
フェリックスさんは、短い黒髪に、黒縁メガネ、年齢は20台中頃だろうか。
落ち着いていて、穏やかだ。
もう1人は私よりもちょっと年上ぽい女性、ミランダさん。
ミランダさんは、長身で線が細い控えめな人だ。
また、ミランダさんは、もともと貴族だったが、今は平民として働いている。
詳しいことは聞けないけど、おそらく家が没落したのかもしれない。
ミランダさんは助手というより、雑用係を主として働いている。
その2人とも、セイフィード様とは顔馴染みだ。
そして紹介が終わると、私達は、ミランダさんに案内され資料室に入室した。
「アンナ様、ここが資料室です」
ミランダさんが、資料室の鍵を開け、扉を開く。
中に入ると、螺旋階段のような本棚が中央に置かれ、その本棚が果てしなく上に続いている。
その本棚が、どこまで続いているか、全くわからない。
また、その本棚は可動式で、魔力をかざせば上にある棚が下がってきて、本を取り出せる。
セイフィード様に確認したところ、私の腕輪でも、可動できるとのこと。
ただ、ここの本は持ち出せなく、勉強するには、この資料室でやるしかない。
今日は取り敢えず見学だけして、後日、医術の勉強を始めることにした。
「圧巻ですね。この本棚、どこまで続いているんですか?」
「果てしなく続いているんです。魔法の本棚なんですよ」
「魔法の本棚なんて、感動です」
「では、ご自由に見てください。わたくしは失礼しますね。あっ、帰る時に声を掛けてください。鍵を閉めなければならないので」
とミランダさんがそう言うと、資料室を出て行った。
「セイフィード様、ここで勉強できるなんて私、幸せです。一生懸命頑張ります」
「俺は常に一緒に行くことは難しいが、アンナ一人で大丈夫か?」
「はい。大丈夫です」
「あまり、ここに居座るなよ」
「はい」
「アンナ、この魔法本棚欲しいか? うちにも導入できるぞ」
「私はセイフィード様の今の図書室が一番好きななんです。すごく落ち着いていて。だから変えないで欲しいです」
「わかった」
「あと、ちょっと気になったんですが、マーリン師ってお幾つなんでしょう?」
「確か、50台半ばだ。マーリン師は人間とホビットのハーフだからな。身長が低く、若く見えるんだ」
なるほど。
だから少年にみえたんだ。
もっと威厳のある近寄りがたい人だと思っていたから、話しやすい人で良かった。
今度、私も犬耳つけたいな⋯⋯。
お願いしてみようか。
私じゃなく、セイフィード様が犬耳つけたらどうなるんだろ⋯⋯。
ダメだ⋯⋯、想像するだけで鼻血が出そう。
なんとなく、これから毎日楽しくなる予感がする。
セイフィード様のお父様に感謝しなくては。




