3、首筋
私達は、蓮の花が咲く池を後にし、今日宿泊する宿に向かう。
私が、ガラの悪い男性に絡まれたせいで、セイフィード様は私を1人にするのが心配になり、急遽、別々の部屋から同じ1つの部屋に変更した。
そして、私はこの機に、キスマークをつけられた仕返しをする。
もちろんその仕返しとは、私がセイフィード様にキスマークをつけることだ。
けれど、実は私、キスマークの仕方がわからない。
セイフィード様が私の首筋につけた時、テンパり過ぎて、確認できなかったから。
やっぱり、こういう時は、そのものを観察して考察するのが一番だよね。
部屋に着いたら、鏡で確認しなくては。
私達は、宿に着き、部屋の中に入る。
私は、ダブルベットを想像していたのに、シングルベットが2つ離れて置かれてある。
その離れたシングルベットの間に衝立まである。
「アンナ、明日は早く出るから、今日はもう寝たほうがいい」
「はい」
私は衝立に隠れて、寝間着に着替え、キスマークを鏡で見てみた。
うーん、これって痣の一種だよね。
ということは、ぶつかるように唇を当てればいいのだろうか⋯⋯。
いや、違う。
前世の少女漫画ではそんな描写はなかったし、セイフィード様も私にキスマークをつける時、ぶつかる衝撃はなかった。
確か⋯⋯、長く唇を押し当てたような気がする⋯⋯。
長く、強く、唇を押し当てればキスマークがつくのかもしれない。
うん、きっとそうだ。
「おやすみなさい。セイフィード様」
「おやすみ」
セイフィード様が部屋の明かりを消す。
私は、もちろん、狸寝入りする。
セイフィード様が寝付くまで、絶対に寝てはいけない。
しばらくすると、セイフィード様の寝息が聞こえてくる。
シメシメ、ようやく寝てくれた。
私は、音を立てないように起き上がり、そぉっと、そぉっと、セイフィード様のベットに近づく。
セイフィード様のベットに着き、私は暗闇の中、目を凝らし、セイフィード様を覗き見る。
セイフィード様の寝顔⋯⋯、かっ、可愛い。
いつまでも、見ていたい。
けど、今こそ、仕返しをしなければっ。
私はセイフィード様の首筋に狙いを定め、顔を近づける。
⋯⋯⋯⋯。
きっ、緊張してできないっ。
ふうっ、はー。
深呼吸、深呼吸。
よし、今度こそセイフィード様の首筋に⋯⋯。
私はなるべくセイフィード様に触れないように、首筋に唇だけを当てる。
私の唇に、セイフィード様の首筋の温もりが伝わる。
唇が熱い。
ドキドキし過ぎて心臓が飛び出そう。
⋯⋯⋯⋯。
もう、いいかな。
そっと唇をセイフィード様の首筋から離す。
私は首筋をじっと見たけど、キスマークらしきものはできていない。
おかしいな⋯⋯。
セイフィード様を確認すると、目を瞑り、まだ寝ている。
もう一度、今度はもっと長く唇を押し当ててみよう。
よし、今度こそ。
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。
あれ、やっぱりできていない。
なぜだろう。
私が、もう一度、今度はより強く首筋に唇を当てようとした次の瞬間、セイフィード様はいきなり起き上がり、私の腕を引き、体を引き寄せ、押し倒された。
壁ドンならぬ、ベッドドン。
「さっきから、何をしてる」
セイフィード様は鋭い視線を私に向ける。
怒ってしまったのかも⋯⋯。
「ええっと、その⋯⋯」
目が泳ぐ、やばいっ、これは、誤魔化せそうにない。
「なんだ?」
「セイフィード様にキスマークをつけようと思って⋯⋯。仕返しです」
「ふーん。やり方が間違っている。俺が、お手本をしてみせる」
セイフィード様は私の腕を取り、唇を押し当てる。
柔らかい唇の感触が私の腕に伝わる。
⋯⋯⋯⋯うん!?
押し当ててるんじゃなく、すっすすすす吸っている。
無理だっ、私には無理だ。
こんな上級テクニック、無理。
「わかったか?」
セイフィード様は、私の腕を離す。
しっかりと、私の腕にキスマークがついている。
いや、もう、ほんと、恥ずかしぃ。
「その、あの、ええっと」
「わからなかったら、もう一度してやってもいい」
「大丈夫ですっ。わっ、わかりましたから」
「じゃあ、早くしてみろ」
セイフィード様は仰向けに寝そべり、私をぐいっと引き寄せた。
思っ切り引き寄せられたので、私はセイフィード様に馬乗りになってしまった。
全身が火照って爆発しそう。
もうっ、ダメ。
やっぱり、もうやめた。
「あの、セイフィード様、やっぱり、私、もういいですっ」
私がセイフィード様から降り離れようとすると、腕を掴まれてしまう。
「やるまで、離さない。早くしろ」
⋯⋯⋯⋯違うっ、こんなの違う。
私は、セイフィード様が、“何するんだっ、やめろ、アンナ” と言いながら動揺し、顔が赤くなるのを見たかったのに。
これじゃあ、仕返しするどころか、倍返しされている。
セイフィード様をちらりと見れば、勝ち誇ったような、嬉しそうな顔をしているし。
私が覚悟を決めやらなければ、きっと解放してくれない。
「じゃあ、セイフィード様、目を瞑って下さい」
「やだ」
⋯⋯⋯⋯。
私の方が、もうやだよっ。
でも、セイフィード様に見られながらでも、するしかない。
だって、しないともっと大変な目にあう気がするから。
私は意を決して、セイフィード様の首筋に吸い付く。
えいっ。
「はぁっ、はぁっ」
長い間吸い付いたから、息が苦しい。
鼻で呼吸するの忘れていた。
キスマークつけるのって命がけだ。
「アンナ、言い忘れてたけど、鼻で呼吸しないと、息がもたないぞ」
「わっ、わかっています。今回は忘れていただけです」
「ちゃんとついたか見てみるか」
セイフィード様は明かりをつけ、鏡で首筋を確認する。
薄っすらと赤くキスマークがあるのが、私にも見えた。
それなのに、セイフィード様は恥ずかしがる様子は全くなく、涼しい顔をしている。
「まあまあだな」
セイフィード様は、満足気に笑みを浮かべる。
「私、もうっ、寝ます」
私は急いで、セイフィード様のベッドから飛び降り、自分のベッドに潜り込む。
そして、セイフィード様もベットに横になり、明かりを消す。
「おやすみ、アンナ」
「おやすみなさいっ」
もう二度と、セイフィード様に仕返しするのは止めよう。
私は固く決意し、眠りについた。




