10、薔薇
セイフィード様は部屋に入ると、私とルシウスを遮るように立つ。
同時に、セイフィード様の周りから、不思議と風が起き、その風が狂ったように部屋中を舞い、窓ガラスを軋ませる。
「次、アンナを傷付けたら許さないと、忠告したはずだ」
「やはりあの時、俺を嵌めたのは、お前か、セイフィード」
「今頃、分かったのか。愚かなやつだ」
「⋯⋯っ、そうさ、俺は愚かだ。気付くのが遅すぎた⋯⋯」
ルシウスは、セイフィード様ではなく、私を見つめ、言葉を発した。
私に何かを訴えるように⋯⋯。
けれど、私はルシウスの視線を逸らし、さらに一歩、後ずさる。
その様子を見たセイフィード様は、手を前に出し、ルシウスに向けた。
次の瞬間、ルシウスは何かの力に押されたように、後ろに飛び、尻餅をつく。
これ以上は、いけない。
セイフィード様を止めなければ。
私はセイフィード様に詰め寄り、腕を掴んだ。
「セイフィード様、私、大丈夫です。傷付けられてません」
「庇うのか? ルシウスを」
「かっ、庇ってないです。ルシウス様はもう、私を傷つけることはないと思います。だから、もう関わるの辞めましょう」
私は、ルシウスではなく、セイフィード様を心配してる。
私のせいで、セイフィード様が罪を犯し、処罰されることになったら、悔やんでも悔やみきれない。
「⋯⋯⋯⋯、そうだな。こんな奴に、構う方が愚かだな」
セイフィード様は、肩の力を抜いた。
同時に、今まで吹き荒れていた風も止む。
そしてすぐに、ルシウスは起き上がり、先程、執事が持ってきた箱を手に取った。
「今、アンナが言ったことは正しい。もう俺は、アンナを傷つけない。今回、この部屋に来たのは、アンナにこれを渡すためだ」
ルシウスは、私の前に、その箱を置いた。
その箱は、可愛らしいピンクのリボンが巻かれていて、いかにもプレゼントぽい。
受け取るの、嫌だな。
ルシウスからプレゼントを貰ったら、貸しを作る気がするし、何より、それを見る度にルシウスを思い出しそうで辛い。
受取拒否できるだろうか。
「あの、ルシウス様⋯⋯、このような物をルシウス様から頂くのは⋯⋯、気が引けるというか、申し訳無いです」
「これは、俺の母親からの贈り物だ。気にせず受け取ってくれ」
げげ⋯⋯。
ルシウスの母親からか⋯⋯、受取拒否できないよね。
返品も不可だよね、きっと。
セイフィード様をちらっと見ると⋯⋯、物凄く不機嫌になっている。
ルシウスは、私がその箱を開けるまで、部屋から出ていかないらしい。
部屋の外では、執事がオドオドしながら、こちらを覗いている。
このなんとも居た堪れない状況を打破するためには、私がさっさとこの箱を開けるしかない。
仕方が無く、私は恐る恐る、リボンを解き、箱を開けた。
「わぁ~、可愛い~」
思わず、私は素直に喜んでしまった。
だって、本当にとても可愛かったから。
箱に入っていたのは、ピンクのドレスで、胸元には可愛らしいピンクの薔薇があしらわれている。
ウエストから裾まで、幾重にもフリルがあり、ふんわりと広がっている。
こんな可愛いドレス、女の子だったら、誰でも見るだけで、笑顔になる。
「今夜の祝賀会で着て欲しいそうだ。のちに、メイドが支度を手伝いに来る」
「ありがとうございます。祝賀会で直接、公爵夫人にお礼を言いたいと思います」
私がそう言うと、ルシウスは部屋を出て行った。
部屋には、私とセイフィード様だけになった。
そういえば、セイフィード様は何しに私の部屋に来たのだろう⋯⋯
「あの、セイフィード様、何か私に用事があったのでしょうか?」
「用がなければ、来ては、いけないのか⋯⋯」
セイフィード様はソファーに腰をおろし、脚を組む。
私も同じく、セイフィード様の隣に腰を下ろした。
「いえ、別にそういうわけじゃありません」
「俺の部屋にあった、アンナの荷物を持ってきたんだ」
セイフィード様は、扉付近に置かれた鞄を指差す。
そうだ、そうだ、私の荷物、セイフィード様の部屋に置いたままだった。
「ありがとうございます。助かりました」
「⋯⋯、アンナ、本当にそのドレス着るのか?」
「着ないわけには⋯⋯、いかないと思います」
セイフィード様は面白くなさそうに、そのドレスを見つめる。
「俺が着るな、と言ったらどうする?」
「それは⋯⋯、その⋯⋯」
「⋯⋯別に言わないけどな」
って、着るなって言っているようなものですよ、セイフィード様。
これって、ヤキモチなのだろうか。
でも、セイフィード様から頂いたドレスを持ってこなくて良かった。
もし、持ってきてたら、セイフィード様のドレスか、ルシウスのお母様のドレスか、どっちを着るか相当悩む羽目になっていたはず。
危ない、危ない。
「アンナ、俺も一旦、自分の部屋に戻るが、大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。来てくれて嬉しかったです」
「また、祝賀会が始まる前に来る」
「はい」
「それと、祝賀会のエスコートは俺がするからな」
「はい、嬉しいです」
セイフィード様が出て行くと、代わりにメイドさんが部屋に入ってきた。
メイドさんは、慣れた手つきで、ドレスを着つけてくれる。
そして、私の髪を、ゆるく、ふわっとハーフアップにセットし、私の顔を可愛らしく上品に化粧をし、私を別人へと変身させてくれた。
鏡の中に映る私は、花の妖精のように可愛らしい。
「ルンタッタ~、ルンタッタ~、タラリラ~」
私、嬉しくって、つい歌を歌ってしまう。
なんだかんだあったけど、変人とも縁が切れ、ルシウスも改心し、全ていい方向に向かっている。
それに、祝賀会では、セイフィード様がエスコートしてくれる。
なんて、幸せなんだろう。
「随分、ご機嫌だな」
歌を歌いながら、踊りまくっていたら、突如、セイフィード様に声を掛けられた。
知らない内に、セイフィード様は私の部屋に来てたらしい。
またもや、私はノックに気づかなかったのだろうか⋯⋯。
「セイフィード様! どうですか? このドレス」
私は、つい舞い上がって、セイフィード様の前でクルクルと一回転した。
しかし、私とは逆で、セイフィード様はムッとしている。
もしかして、私が、ルシウスのお母様から貰ったドレスを着て喜んだのが、気に食わないのかな。
もっと、大人しくしとけば良かった。
「少し、寂しいんじゃないか。この辺りが」
セイフィード様は私の鎖骨辺りを指差した。
「ネックレスは持ってきていないんです。そんなに寂しいでしょうか⋯⋯」
胸元には薔薇があしらわれているし、そんなに寂しくないと思うけど⋯⋯。
私は確認のために、鏡の中を覗いた。
そうしたら、セイフィード様が、後ろから私を抱きしめ、ギュッと力を入れる。
身動きできなくなった私に、セイフィード様は、私の首筋に唇を当てた。
「えっ、あの、セイフィードさまっ、ちょっ、ダメですっ、もう、だっだめです、セイフィードさまっ」
なかなか、セイフィード様が離してくれない。
どうして、なんでっ。
長すぎるよっ。
「これで、いい」
ようやく、セイフィード様は私を離し、満足げに、口付けした私の首筋を見つめている。
私は鏡に、かなり近づき、その箇所を見てみる。
これは⋯⋯、まさか⋯⋯。
キキキスマーク!?
この、赤いのってキスマークなの!?
そんなっ、確か、私の胸元にも同じものがある。
まっ、まさかっ、セイフィード様、あんなところにもキスマークしてたの?
いつのまに⋯⋯、一緒に寝た時だろうか。
全然気づかなかった。
いや、胸元のは、ただの虫刺されかもしれない。
⋯⋯いやいや、どう考えても、あの胸元のも、キスマークだ。
「どっ、どうしてくれるんですかっ。みんなに見られちゃうじゃないですかっ」
私はセイフィード様に抗議した。
だって、こんなの、恥ずかしすぎる。
「そうかもな。もう時間だから行くぞ」
セイフィード様は私の手を取り、祝賀会会場まで歩く。
私はもう一方の手で、キスマークを隠す。
キスマークを押さえつけている手が、熱い。
燃えるように熱い。
セイフィード様の、バカ、変態、エロ変態!
こんなことして、許さないんだから!




