9、祝福
みんな、いつ私が祝福するか、固唾を飲んで私を見つめる。
私は、セイフィード様を見つめる。
お願い、何でもいいから、この状況を打破できる方法を教えてっ、と目でセイフィード様に訴える。
セイフィード様は、やれやれ仕方がないな、という表情をし、私に耳打ちしてくれた。
そして、私は立ち上がり、胸に片手を当てながら、セイフィード様に教えてもらった言葉を、早口で述べた。
「あ、貴方を⋯⋯祝福します。貴方の友を祝福します。貴方の家族を祝福します。私は全てを祝福します」
「ありがとうございます」
ラルフ隊長も、片手を胸に当て、お辞儀をした。
同じく、他の人達も、片手を胸に当て、お辞儀をする。
なんか、物凄く、恥ずかしくて、居た堪れない。
こんなことになるなら、もっと神学を勉強するべきだった。
私は、闇の魔界とか魔物は熱心に勉強したけど、光の神学は、どうしても興味が湧かなかった。
だって、まさか自分が祝福するとは、夢にも思わなかったし。
人生って、ほんと、何が起こるかわからない。
「それでは、撤収する。皆、城に帰るぞ」
ラルフ隊長は立ち上がり、皆に号令をかけた。
それに伴い、私は馬車に乗り、セイフィード様もゾフィー兄様も馬に乗り、帰城した。
城に着き、馬車から降りると、ルシウスが近くにいた。
あ、そういえば、ルシウス無事だったんだ⋯⋯。
というか、なんで私ってばルシウスを助けたんだろう。
自分に腹立たしい。
でも、一応、私はルシウスが怪我してないかじっと体を確認した。
押し出した時に、怪我でもさせてたら、どんな言いがかりを付けられるか、分かったものではない。
私がジロジロ見つめたものだから、ルシウスは私の視線に気づき、私の方に振り向いた。
そして私と目が合うと、あからさまに挙動不審になり、小走りにどこかへ行ってしまった。
いつもなら、ルシウスは私を睨むのに⋯⋯。
変なの。
そういえば、私の部屋って、どうなったんだろう。
セイフィード様の部屋に戻っていいのかな。
私が戸惑っていると、年配のメイドさんに、声をかけられた。
「アンナ様、この度は、お疲れ様でございました。お部屋が変更になりましたのでご案内致します」
「あっ、はい。よろしくお願いします」
「また、アンナ様に対し、我々のメイドが無礼を働きましたこと、誠に申し訳ございませんでした」
「いえいえ、私、大丈夫ですから、気にしないでください」
年配のメイドさんは、心から謝罪してくれた。
私は、ルシウスの手下であろうメイドさんには、もう怒っていなかった。
どちらかといえば、気の毒に思っている。
どうせ、ルシウスの指示でやらされたことだろうし。
そして、年配のメイドさんは、ずっと恐縮しながら私を部屋まで案内した。
私は、期待に胸を膨らませながら、その部屋に入る。
なぜなら、ここに来るまでの廊下が、前と違って、高級そうな、ふかふかの絨毯が敷いてあったからだ。
「わぁー。可愛い。とても可愛いお部屋ですね」
「気に入って頂けて嬉しいです。アンナ様、どうぞお寛ぎください」
私は、こんな可愛らしい部屋は、見たことがなかった。
ピンクの薔薇を基調にした部屋らしく、部屋全体がほんのりピンク色に染まっている。
壁紙にも、ソファーにも、ティーカップにも、小さな可愛らしいピンクの薔薇が描かれている。
また部屋の真ん中にある白いテーブルの上には、ピンクの可憐な薔薇が何十本と花瓶に生けてある。
どことなく、薔薇のいい匂いもして、清々しい。
そして何より素晴らしいのは、天蓋付きベッドだ。
天蓋を支える木の柱には、バラが繊細に掘らていて、誰が見ても一級品だとわかる。
私は、早速、その天蓋付きベッドにダイブした。
もう、最高!
なんて、このお布団、ふっか、ふっかなの。
まるで雲に包まれているよう。
私はそのベッドの上で、ゴロゴロ、ゴロゴロして楽しんだ。
ところが、ふと、視線を感じ、私は上半身をベッドから起こし、周りを見た。
驚いたことに、ルシウスがベッドの近くで立っていた。
ルシウスの隣には執事らしき人がいて、リボンが巻かれた大きな箱を持っている。
「声ぐらい掛けて入って来てくださいっ。ビックリするじゃないですか」
「ノックしたさ。反応がないから、いないかと思ったんだ」
私がゴロゴロしてたから、気付かなかったんだ。
ルシウスに、その様子を見られただろうか⋯⋯。
見られたとしたら、最悪だ。
「ルシウス様、それで用件は、何でしょうか?」
私はベッドから出て、髪を整えつつ、ルシウスに向き合う。
しかし、ルシウスは執事の方を向き、指示をした。
「⋯⋯、少し2人っきりにしてくれないか。荷物は置いていってくれ」
「しかし⋯⋯、ルシウス様っ」
「いいから、部屋から出るんだ。トラブルは起こさない」
「では、部屋の外におります。アンナ様、何かございましたら、わたくし、セバスをお呼びつけ下さい」
え⋯⋯。
もしかして、ルシウスと私、2人っきりになるの!?
こっ、怖いよ。
「あっ、あのセバスさん、部屋にっ」
「アンナ、俺は何もしない。話をするだけだ」
私は出て行こうとする、セバスさんを呼び止めようとしが、ルシウスに遮られた。
って、アンナと呼ぶな、ルシウス。
ルシウスに名前で呼ばれると、鳥肌が立つ。
執事が部屋を出て行くと、部屋が静まり返る。
私は、さっさとルシウスとの話を終わらせたくて、もう一度、同じ質問をした。
「あの⋯⋯、ルシウス様、それで用件は、何でしょうか?」
「謝罪に来た」
「謝罪って、え、誰が、誰に?」
「俺がお前にだ」
「⋯⋯あの、謝罪とかもう、いいですから。もう、関わらないでいただければ、それでいいんです」
謝罪って、罠だろうか⋯⋯。
あのルシウスが、私に謝罪するなんて、ありえない。
「謝らせて欲しい」
ルシウスの表情は真剣だ。
まさか、本当に、私に謝罪するつもりなの⋯⋯。
「俺は、小さい頃からずっと、アンナを腹ただしく思っていた。魔力がなく、貧乏なくせに、俺よりも優秀で、幸せそうにしていたのが、どうしても許せなかった。それに俺がどんなに苛めても、アンナは動じずに澄ましているのも気に食わなかった」
⋯⋯⋯⋯これって、謝罪なの?
私の悪口を言っているようにしか聞こえないんだけど。
「だから俺は、毎日、毎日、わざわざアンナを見つけては、何か酷いことをしてやろうと考えていたんだ。けれど、いつしかそれが習慣になり、俺は、アンナから目が離せなくなった。そして、今日、アンナがスライムに押し潰されそうになった時、俺はようやく気づいたんだ。アンナを失いたくないと。今まで気づかないふりをしていたが、俺はどうやら、アンナのことを好いている」
⋯⋯。
ええっと⋯⋯、これってもしかして、愛の告白なのでしょうか。
ルシウスが、私のことを好きって⋯⋯。
散々、私に対して酷いことしてきたのに⋯⋯。
もしかして、ルシウスは、私に対して、“可愛さ余って憎さ百倍” の逆の感情を抱いたのだろうか。
“憎さ余って可愛さ百倍” と言う風な感情を⋯⋯。
変人といい、ルシウスといい、なぜ私は狂人に好かれてしまうのだろう。
歴史は繰り返す、というが、私はそんな歴史繰り返したくない。
私が何の返答もしないでいると、ルシウスは、私を真っ直ぐに見つめ、頭を下げた。
「今までのこと、本当に申し訳なかった」
「⋯⋯⋯⋯私は今までのこと、許しませんから。本当に、あの時、怖かったんだから」
恐怖が一瞬蘇る。
私はルシウスを拒絶するように、背を向けた。
「許してくれなくていい。ただ、謝罪したかったんだ」
「⋯⋯⋯⋯」
謝罪されたって、私の恐怖は消えない。
ルシウスは謝罪することによって気持ちを軽くできるかもしれないけど、私は全く変わらない。
不公平だ。
「⋯⋯、アンナ、本当にあのセイフィードと婚約したのか?」
「ルシウス様には関係ないと思いますけど」
「苦労するぞ。あんな魔力が高いやつと結婚したら」
「ほっといて下さい」
「アンナ、セイフィードと結婚したら、自分自身をずっと卑下することになるんだ。俺にはわかる。俺の家族は、俺以外優秀だから⋯⋯。俺にはわかるんだ、不幸になるぞ」
「いい加減にして! 私はセイフィード様といれば不幸にならない。私は、セイフィード様といるだけで幸せなんだから。ルシウスになんか、わからない」
なんで、ルシウスにそこまで言われなきゃいけないの。
私は、幸せになるんだから。
セイフィード様と絶対に幸せになるんだから。
私が強く抗議すると、ルシウスは一歩、私に近づいた。
「アンナ、俺は⋯⋯」
「近寄らないでっ」
私は、一歩、ルシウスから退く。
その時、部屋の扉が勢いよく開いた。
「ドンっ」
セイフィード様が扉を叩き、立っている。
そして殺気を纏い、ルシウスを睨んだ。




