8、変人
⋯⋯⋯⋯。
ええっと⋯⋯、ここ、どこだろう。
暗くて何も見えない。
私⋯⋯、あっ!
思い出した。
スライムが私の上に落ちてきたんだ。
それでどうなったんだろう⋯⋯、もしかして私、死んじゃった?
いや、ありえない。
だって私の腕輪のバリアが、私を守ってくれてたはず⋯⋯。
私は辺りをキョロキョロと見回した。
けれど、周りは何もなく闇しかない。
私だけが、暗闇の中、1人いる。
〈誰か、いませんかー?〉
〈セイフィードさまーー!〉
⋯⋯なんの返答もない。
しーーんという音だけが聞こえる。
不安で、心臓がバクバクする。
どうしよう⋯⋯。
そうだ、ウー様のお守りを確認してみよう。
私はポケットから、お守りを取り出してみた。
お守りは、微かに光を帯びている。
私は、お守りを頭上高く掲げ、微かな光で闇を照らしてみた。
すると、遠くの方に、何か黒い物体があるのが見える。
恐らく、私よりも小さそう。
なんだろう⋯⋯、私はその黒い物体を目指し、恐る恐る、歩を進めた。
なっ、何、あれ。
気持ちが悪いっ。
その黒い物体は、人とスライムが混じり合ったような、スライムに人間の顔だけがあるような、いずれにしても、グロテスクな生き物だった。
その人間の顔は、虚ろで、焦点が合っていなく、口を半開きにしている。
体であるスライムも、何か溶け出しているように、歪な形をしている。
怖い⋯⋯。
でも⋯⋯、どこかで見たことがあるような。
まっ、まさか⋯⋯、変人!?
間違いない、前世で私を殺した変人だ。
いやだっ。
私は恐怖で、その変人から逃げようと後退りした時、変人が言葉を発し始めた。
〈ス⋯⋯、スミ⋯⋯レ⋯⋯、ミレ⋯⋯、スミレ⋯⋯〉
〈認メテ⋯⋯、認メテクレタ⋯⋯、スミレダケガ⋯⋯〉
〈天才ダト⋯⋯、俺オ、天才ダト⋯⋯、言ッテクレタ⋯⋯〉
〈スミレ⋯⋯、俺ノモノ⋯⋯〉
〈俺ダケ⋯⋯、俺ダケノモノ⋯⋯〉
〈俺ノモノナノニ⋯⋯、ナゼ⋯⋯、他ノ男二⋯⋯、ナゼ、笑ウ⋯⋯〉
〈許セナイ⋯⋯、俺ノモノナノニ⋯⋯〉
思い出した⋯⋯。
そうだ、私は、この変人に天才だと言ったんだ。
確かに、この変人は、実験の準備を完璧にこなす天才だったから。
しかしなぜ、私が一言、変人を褒めたぐらいで、私が変人のものになってしまうのだろう。
狂っている。
〈ス⋯⋯ミレ、スミレ⋯⋯、俺ノスミレ⋯⋯、一緒ニ、一緒⋯⋯死ノウ〉
〈違うっ! 私は、あんたのものじゃない〉
私は、変人に言い返した。
しかし、変人には私の声は届かず、虚ろな表情のままだ。
〈スミレ⋯⋯、俺ノ、スミレ⋯⋯〉
〈だから違うって言ってるでしょ! 私は、私は⋯⋯、セイフィード様のものなんだからっ〉
〈ス、⋯⋯スス⋯⋯ススススス〉
突如、変人の顔が崩れ、言葉を上手く発せなくなった。
あまりに恐ろしい光景に、私は体が竦み、逃げ出せない。
そして、変人は、顔だけではなく全てが崩れ落ちた。
同時に、ウー様のお守りが、神々しく光り出し、その光が、崩れた変人を飲み込んだ。
あまりにその光が眩しく、私は思わず、目をギュッと閉じる。
しかし、しばらくすると、その神々しい光は、柔らかい光りに変わった。
「アンナ、アンナ。起きろ、アンナ」
私はそっと目を開けると、セイフィード様が目の前にいた。
強張った冷たい手で、私を抱きかかえている。
「セイフィード様⋯⋯」
「アンナ、気がついたか」
セイフィード様は、なおも強張った冷たい手で、私の頬を撫でる。
けれど、私の頬の温もり、柔らかさが伝染したように、セイフィード様の手も、徐々に暖かくなり、柔らかく私の頬を包んだ。
そして、セイフィード様は、優しく私の上半身を起こしてくれた。
私の周りには、ゾフィー兄様、ラルフ隊長、色んな人が、取り囲み、心配そうに私を見つめている。
ええっと⋯⋯、私⋯⋯、なんか頭がボーとする。
「私、どうしたんだろう⋯⋯」
「アンナは、気を失っていたんだ」
「⋯⋯⋯⋯。スライムは?」
「スライムなら、もう退治した」
あの変人も、一緒に消えたのだろうか。
そういえば、ウー様のお守り、どうなったんだろう。
私が、ポケットの中を探ると、お守りが、まだちゃんとあった。
だから私は、ウー様のお守りを取り出して、見ることにしてみた。
しかし、ポケットの中からお守りを取り出した瞬間、お守りは、私の手を離れ、宙高く舞い上がる。
私も、セイフィード様も、そこにいる全員が、空を見上げ、お守りの軌道を目で追った。
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ」
突然、ウー様が、空中に現れ、舞い上がったお守りを、受け取る。
「若き乙女よ、久しぶりじゃのう」
「ウー様! 」
「この、お守りは返してもらうおうかのぉ」
「はっ、はい。ウー様、そのお守りって、結局なんだったんですか?」
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。このお守りはのぉ、魂を入れて置ける器の様なものじゃ。お主らが今、倒したスライムの魂が、このお守りの中に入っているのじゃ。ちょっと気になっていた魂だったからのぉ。どうやらあの時、間違ってついて来てしまったようじゃな」
「気になっていたなら、ウー様が、巨大スライムを倒してくれれば良かったのに」
私が、ウー様に暴言を吐いた瞬間、セイフィード様の手で口元を塞がれた。
「アンナ、いい加減にしろ。ウー様にたいして、そんな口の利き方をしては、いけない」
「⋯⋯ごめんなさい」
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。かまわん、かまわん。わしゃあ、アンナのその、歯に衣着せぬ物言いが、気に入っているのじゃ」
ついつい、ウー様が偉い神様だって言うことを忘れてしまう。
気をつけねば⋯⋯。
「アンナよ。わしにとって、このスライムも、お主たち同様、愛おしい存在なのじゃ。それ故に、わしには、スライムを滅することは出来んのじゃ。すまぬのぉ」
ウー様、そうだよね、神様だもんね。
生きとし生けるものに、愛を注ぐのが、神様だよね。
それにしても、まずい⋯⋯、私ってば、神様に謝らせてしまった。
「私が、浅はかでした。ごめんなさい、ウー様」
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。謙虚なアンナも良いのぉ。さて、そろそろ、わしは帰ろうかのぉ。昼寝の時間じゃ」
「ありがとうございました! ウー様」
「幸せになるのじゃ、乙女よ」
ウー様は、光り輝き、そして消えた。
ウー様が消えると、ウー様に集中していた、みんなの視線が、なぜか私に移る。
ウー様と同じく、私を崇めるように見る。
えっ、どうして⋯⋯?
ちょっと、恥ずかしいんですけど。
私が戸惑い固まっていると、ラルフ隊長が、みんなを代表するように一歩前に出て片膝をついた。
「神託の乙女よ、我々は、スライム討伐を成し遂げました。どうか我々に祝福を」
ラルフ隊長は、王女と謁見するかのごとく私に接し、言葉を発した。
え⋯⋯。
祝福って⋯⋯、何?
私には、そんなパワーないよ。
助けを求めるように、セイフィード様を見ると、必死に笑うのを堪えている。
わっ、私、どうすればいいの。
ウー様、お願いです、教えてくださーい。




