3、我慢
セイフィード様は、どうやらこの街に来たことがあるらしく、迷うことなく目当てのお店に私を案内してくれた。
そのお店は赤い屋根のこじんまりしたお店で、中からいい匂いが漂ってきた。
中に入ると、赤やオレンジといった暖色系のランプが数多く置かれ、部屋を暖かく照らしている。
どのランプも装飾が艶やかで可愛らしい。
蝶や花をモチーフにしているものが多く、これにトキめかない女子はいないだろう。
そして私達は店の奥にある半円形のソファーに腰を下ろした。
「とっても、素敵なお店ですね!」
「あぁ、料理も美味しいし、デザートも美味しい」
「わぁー、楽しみ。早速注文しましょう」
「お酒はダメだぞ」
「わかっていますよ⋯⋯⋯」
私達は、そのお店のお勧めオムレツを2つ注文した。
さほど待つことなく、念願だった真っ黄色のふわっふわなオムレツが私の目の前に置かれた。
オムレツはとても大きく、脇にポテトとベーコンが添えられていた。
私は、早速、一口パクリと食べた。
⋯⋯⋯⋯卵が、口の中でふわっと、ジュワッと、とろける。
全く噛む必要がないくらい柔らかい。
塩加減も絶妙で、バターといい感じに混じり合い、最高に美味しい。
「おっ美味しい~。美味しすぎてとろけちゃいます」
「そうか、良かったな」
私はお腹が空いていることもあって、すぐにペロリと完食した。
セイフィード様も同じく食べ終わりデザートのプリンを注文した。
プリンも、卵が濃厚で柔らかく、今まで食べてきたどのプリンよりも美味しかった。
私が喜んで食べているのを、セイフィード様は満足気に見つめている。
ただ、あまりに、見つめてくるので恥ずかしくて、ドキドキする。
私は恥ずかしさを紛らすために、セイフィード様に話しかけた。
「ゾフィー兄様、どうしてこの頃、セイフィード様に突っかかるのでしょうか? 以前は仲良かったですよね」
「おそらく、現実味が出て、寂しくなったんだろう。大好きな妹が嫁いで、自分の手元から居なくなってしまうから」
「⋯⋯⋯そういえば、私もゾフィー兄様の結婚が決まった時、すごく寂しかったです」
「その気持ちと同じなんじゃないか」
「はい。私、この旅でゾフィー兄様に兄孝行しようかな⋯⋯⋯」
「その必要はない。もう帰るぞ」
セイフィード様は、私の手を取り、店を出た。
街はもうすっかり暗く、人通りもなくなってしまった
辺りはしーんと静まり返っている。
私達も無言で歩く。
なんだか、世界に私達2人だけしかいないような錯覚にとらわれる。
不思議で、幸せ。
もうすぐ、今夜泊まる宿が見えそうな時、セイフィード様は突如立ち止まり、私の方に振り返った。
私がびっくりして固まっていると、セイフィード様は私の腰に手を回し、引き寄せ、唇を塞いだ。
そして何事もなかったように、セイフィード様は私の手を取り再び宿へと歩き出した。
えっ⋯⋯⋯⋯。
ええっ。
ちょっ、ちょっと、セイフィード様、突然過ぎませんかっ。
ビックリしすぎて、心臓が飛び出ちゃうよ。
私だけ興奮してテンパっているのに、なんでセイフィード様はそんなに落ち着いていられるのっ。
これじゃあ、夜、寝付けそうにないんですけど。
どうしてくれるんですか~、セイフィード様っ。
案の定、私はその晩なかなか寝られず、気づけばもう出発する時刻だった。
今日の討伐部隊の日程は昨日と同じく、一旦昼休憩を手短に取り、すぐにルシウスの実家ヴェルジーナ公爵領へと赴く。
今日も急ぎ足で移動するため、馬車が揺れる。
しかし、寝不足のお掛けで、移動中の馬車の中で私は爆睡し、馬車がどんなに揺れても、全く酔わなかった。
ヴェルジーナ公爵領は、四方が堅固な城壁で囲まれている。
隣国は今では同盟国だが、昔は度々争いがあったため、守りが硬い城郭都市として栄えた。
既に日が傾きかけていたが、城壁の中は、数多くの人で賑わっている。
その賑わう街道を抜け、私達はヴェルジーナ公爵がいる、城へ到着した。
城に入ると、ヴェルジーナ公爵、公爵夫人、私が大嫌いなルシウスが、私達を出迎えた。
ラルフ隊長は、久しぶりの再会らしく、それぞれに熱い抱擁をし、嬉しそうに微笑んでいる。
「よく来てくれたね。早速だが、これから作戦会議を行いたい」
ヴェルジーナ公爵は皆に語りかけた。
ヴェルジーナ公爵は英雄と謳われているだけあって、猛々しく、百獣の王のような威厳がある。
ただ、左手が欠損していた。
恐らく、生贄にされた夫人を助ける際に、魔物にやられたのだろう。
公爵夫人は噂通り、エメラルド色の豊かな髪を持ち、人魚姫のような美しい女性だ。
そして、平凡なルシウス。
ラルフ隊長含め4人で並ぶと、ルシウスがいかに平凡かがわかる。
ルシウスを含め、討伐部隊の騎士は皆、巨大スライムを倒す作戦会議をするために別室に移動した。
ルシウスは移動する際、私を一瞥し、薄気味悪くニヤニヤした。
ルシウス、何を企んでいるにか知らないけど、ほんと勘弁してほしい。
お願いだから、私に関わらないで。
討伐部隊がいなくなり、私は公爵夫人と2人っきりになった。
公爵夫人は私を安心させるように、朗らかに笑顔を作り、私に優しく語りかけた。
「初めまして、アンナ。幼い頃、わたくしの息子、ルシウスがご迷惑をお掛けしてしまって、ごめんなさいね」
「いいえっ、いいえ。私も悪いところがあったんで」
「そう、そう言ってくれて安心しましたわ。ほんと、ルシウスは困った子で⋯⋯⋯。でも、今後はルシウスと仲良くして頂けると嬉しいですわ」
「⋯⋯⋯はい」
私はボソッと返事をした。
絶対にイヤだ。
ルシウスと仲良くするなんて、無理。
でも、ルシウスは嫌いだけど、ルシウスのお母様は純粋でいい人そう。
私はしばらく公爵夫人と、紅茶と美味しいお菓子を頂きながら談笑した。
公爵夫人は、元お姫様なのに、気遣いが素晴らしく、お話も優雅でウイットに富んだ会話をする。
素晴らしいの、一言である。
話がひと段落すると、公爵夫人はメイドさんに、私を部屋に案内するようにと命じた。
案内された部屋に入ると⋯⋯⋯、そこはまるで、シンデレラが辛い時を過ごした屋根裏部屋のようだった。
ぺったんこの薄汚れた布団、水差しは古く一部欠けていて、灯りは蝋燭一本。
部屋全体も、どことなく埃っぽい。
夕食用にと運ばれてきたのは、石より固そうなパン一個。
ルシウスがさっき、私に対してニヤニヤしたのは、このことだな。
小賢しい真似しやがってっ。
ルシウス許すまじ!
⋯⋯⋯⋯というか、なんで私にそんなにも嫌がらせをしてくるんだ。
訳がわからない。
くぅぅぅぅ、腹が立つっ。
ゾフィー兄様、いや公爵夫人に言いつけてやろうか。
⋯⋯⋯⋯でも、ルシウスは公爵家の息子。
もし、私が言いつけたら、どうなるんだろう。
言いつけている間に、部屋をチェンジさせられるかもしれない。
私を案内したメイドもきっとルシウスの手下だろうし。
そうなれば、私が言い掛かりをつけたことになって私の立場が危うい。
それどころか、ゾフィー兄様、セイフィード様にも、迷惑がかかってしまうかもしれない。
⋯⋯⋯⋯トラブルは絶対に避けるって決めたんだ。
私が我慢すれば⋯⋯⋯。
そんなに滞在しないだろうし、私が我慢すれば済むことだ。
うん、決めた!
我慢しよう。
布団は薄いけど、ローブを着れば寒くないだろうし、お菓子もあるから、空腹が多少満たされるはず。
ルシウスなんかに、負けるもんかっ。




