3、黒猫
私、セイフィード様に何をプレゼントしよう⋯⋯。
というか、何をプレゼントできるんだろう。
刺繍なんて下手すぎて論外だし、愛の詩とかプレゼントしたら、セイフィード様、絶対に腹抱えて笑いだすに違いない。
あとは私のお小遣いの範囲で、セイフィード様にあげられる物と言えば⋯⋯⋯、ペンも意外に高いし⋯⋯⋯、うーーーん⋯⋯⋯。
悶々と考え込んでいたら、突如、1匹の黒猫が私の方向へ歩いてくるのが見えた。
私は、食べ物を一旦、側にあったテーブルに置き、パンの端を少しちぎり、そっと黒猫に近づいた。
こっちの世界にきて、私は初めて黒猫を見た。
三毛猫とか、トラ猫は見たことあるけど、黒猫は初めて。
前の世界では、私のおばあちゃんが猫好きだからか、私も自然と猫好きになった。
特に、生意気そうな猫の目つきがたまらなく好き。
私はその黒猫に餌をあげようと、屈み、そっとパンのかけらを差し出した。
「猫ちゃん、おいで、おいで、パンだよ」
すると黒猫は驚いたのか、一瞬固まり、私に視線を向けた。
その黒猫の顔には傷がある。
猫同士、喧嘩したのかな⋯⋯、すごく痛そう。
「ねこちゃん、顔の傷どうしたの、喧嘩でもしたの?」
私は黒猫に声をかけ、撫でようと手を伸ばした。
しかし、黒猫はシャーと威嚇し、すぐにどこかに逃げてしまった。
あ〜ぁ、黒猫抱っこしたかったなぁ。
私は食べ物を再度抱え、セイフィード様の元へと急いだ。
「セイフィード様、お待たせしました」
「すごい量だな」
やっぱり、食べ物を欲張り過ぎて、多く取り過ぎてしまったんだ。
オリヴィア様から蔑まれても、当然だったのかも。
「オリヴィア様にも、同じこと言われちゃいました」
「オリヴィアがいたのか……もう関わるなよ」
「私は、関わらないようにしたのに⋯⋯」
「アンナは、隙だらけなんだ、もっと警戒しろ」
「⋯⋯はい。あ、ここに来る途中、黒猫に会ったんです。でも、顔に怪我していて。パンあげようとしたのに、すぐに逃げちゃいました」
黒猫の話をセイフィード様が聞いた途端に、セイフィード様の表情はみるみる険しくなり、何か考え始めた。
「どんな、傷だった?」
「えぇっと、頬辺りに斜めに傷がありました」
私の返事を聞くと同時に、セイフィード様は呪文を唱える。
『シ・メーゼ・我に道を示せ』
「セイフィード様、どうしたんですか?」
「黒猫を追う、アンナはここで待っていろ」
「はっ、はい」
「いや、やっぱり一緒に来い。アンナを1人にすると何をしでかすか、わからないからな」
「は、はい。⋯⋯⋯⋯⋯黒猫、そんなに好きだったんですか?」
「違う。いいから、黙ってついてこい」
私は黙ってついて行こうとしたのに、私のお腹はまたぐぅーっと鳴ってしまった。
はっ、恥ずかしい。
セイフィード様は呆れ、私にサンドイッチを握らせる。
「食べながら、歩くんだ」
「はい⋯⋯」
だって、しょうがないじゃない。
美味しそうな食べ物が目の前にあるんだもの。
お腹ぐらい鳴ってしまう。
でも、シャーロットもそうだけど、なんで貴族の人達は少ししか食べないのに、お腹が鳴らないんだろう。
私はサンドイッチを頬張りながら、セイフィード様に手を引かれ、遅れないように必死に歩いた。
セイフィード様は、チャリティーイベント会場を離れ、どんどん人気がない細い路地に歩みを進める。
私がサンドイッチをペロリと1つ食べ終わった時に、突然、セイフィード様に後ろから抱きしめられ、口を塞がれ、物陰に引きずり込まれた。
「声をだすな。黒猫を見つけた」
セイフィード様は私の耳元で囁く。
あーびっくりした。
突然なんだもん。
セイフィード様、私を抱きしめるのは全然構わないんだけど、いや嬉しいくらいなんだけど、もうちょっと手の位置、下にしてくれないかな。
身長差があるからか、セイフィード様の手の位置が、私の胸に近い⋯⋯、というか胸に触れている気がする。
1人でドキドキしちゃうんだけど⋯⋯。
私とセイフィード様は、体を小さく屈め、物陰からこっそり黒猫がいる方向を覗き見る。
そこには、黒猫とオリヴィア様、ハンチング帽を深く被る伊達男がいた。
オリヴィア様は黒猫の方に向かって何か、話をしている。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯では、よろしくお願いしますわね」
オリヴィア様の話がひと段落したら、黒猫はすぐにどこかへ行ってしまった。
オリヴィア様⋯⋯、どうしたんだろう。
黒猫に人間と話をするように、話掛けていたけど⋯⋯。
謎だ⋯⋯⋯。
黒猫がいなくなると、今度は伊達男が、オリヴィア様に話をし出した。
「そんなことまでして、あの魔法長官の息子、セイフィードと結婚したいのか?」
「えぇ、そうですわ。わたくし、一度欲しいと思ったものは、何が何でも手に入れないと気が済みませんの」
「うへー。確か、そいつって闇付きだろ? 物好きだな」
「あら、誰がセイフィード様が欲しいと言いましたかしら」
「は? あんなに楽しそうにダンスしてたじゃないか」
「⋯⋯⋯⋯、あの時のことを思い出すと鳥肌が立ちますの。思い出させないで頂きませんこと」
「⋯⋯? じゃあ、なんで奴と結婚したいんだ?」
「わたくしはネヴィリス家の名誉、伝統、財力が欲しいのですわ」
「なるほどな。でも、どうするんだ、もしうまく結婚できたとして、闇付きと子作りできるのかよ」
「その時は、またあなた達に協力してもらいますわ。偽装工作、お得意でしょう」
「大した女だな、お前は」
伊達男がオリヴィア様にそう言うと、オリヴィア様の腰を引き寄せ、濃厚なキスをした。
キスをし終わると、オリヴィア様は伊達男に手を振りながら去って行った。
伊達男も、オリヴィア様とは違う方向に歩きいなくなった。
しばらくセイフィード様はじっと周りの様子を伺う。
誰もいないことがわかると、セイフィード様は口を開いた。
「アンナ、もう起き上がって大丈夫だ⋯⋯うん? アンナ泣いているのか?」
「だ、だって悔しいんです、あんなこと言われて⋯⋯、セイフィード様は悔しくないんですか」
「俺は大丈夫だ。アンナがいるからな」
セイフィード様は私の涙を拭い、額にキスをした。
セイフィード様って、たまに赤面するようなことを、さらりと言うよね。
ずーーーっと、思ってたけど、私のことを俺のものだとか平然と言っちゃうし⋯⋯。
こっちは心臓がばくばくして、大変なのに。
「⋯⋯黒猫、もう追いかけなくていいんですか?」
「あぁ」
「オリヴィア様⋯⋯、どうやってセイフィード様と結婚するつもりなのでしょうか⋯⋯」
「さあな⋯⋯⋯⋯⋯」
「私って、オリヴィア様にとって、とても邪魔な存在ですよね⋯⋯」
「そうだな、でも心配するな。今度は俺がちゃんと守るから」
「⋯⋯⋯はい。よろしくお願いします」
セイフィード様は私を安心させるように、頭をポンポンしてくれた。
きっと、セイフィード様は犬好きに違いない。




