3、妖精
「クククっ。最高だな」
ルシウスは、私の声が出ないことがわかると、不気味に笑った。
そして私が恐怖に怯えていると、私の首筋に、ルシウスの唇が這った。
気持ちが悪い。
……怖い。
嫌だ、もう嫌だ。
誰か……、誰か……、セイフィード様、助けて!
その時、どこからともなく突風が吹く。
ルシウスは、急に慌てて立ち上がり、あちこち視線を動かした。
「チッ」
ルシウスが悪態を吐くと、私の腕輪を奪い、それを足で思っ切り踏みつけた。
腕輪は光を失い、バラバラに壊れてしまった。
私の大事な腕輪が壊れてしまった。
酷い……。
悔しくて、悲しくて、私の目から涙が、こぼれ落ちる。
「このこと、誰かに言ったらタダじゃ済まないぞ」
ルシウスは、私を脅すと、倉庫から出て、どこかに行ってしまった。
ルシウスが居なくなっても、不思議と、私の周りには風が舞っている。
私はゆっくり立ち上がり、壊れてしまった腕輪を拾う。
その壊れた腕輪を持ち、出口に向かったが、扉を開けることができなかった。
閉じ込められてしまった。
声も出せないので、助けも呼べない。
この倉庫には、殆ど人が訪れない。
絶望的な状況に、恐怖し、私は全身の力が抜け座り込んでしまった。
どうしよう……。
どうしよう……。
ここから出る方法を考えなきゃいけないのに、何も思いつかない。
ただ、涙だけが、冷たい雨のように、とめどなく頬を伝う。
しばらくすると、私の周りに吹いていた風が止み、足音が聞こえきた。
誰かが来る。
また、ルシウスが戻ってきたのかもしれない。
私は隠れようとしたが、うまく体の力が入らなかった。
そして、足音は倉庫の前で止まり、扉が開く。
開かれた扉の先には、セイフィード様がいた。
泣き腫らした私を見ると、すぐにセイフィード様が駆け寄って来てくれた。
「アンナ、どうした? 何があった?」
私は声が出せないので首を横に振り、手で喉を指す。
「魔法かっ。くそ」
セイフィード様は私の喉を手で優しく触り、目を閉じた。
そしてすぐに呪文を唱える。
『ソール・ビ・セーパー』
一瞬、私の喉がほのかに暖かくなった。
「アンナ、どうだ。声出せるか?」
「っ、セイフィードさま。うっ、うっ、うでわが、うでわが……」
私は、涙を流しながら、壊れた腕輪をセイフィード様に見せる。
セイフィード様は私の涙を拭い、優しく私を抱きしめてくれた。
「大丈夫だ、大丈夫だから。腕輪はまた俺がつくってやる」
「ご、ごめんなさい。わ、わたし、また迷惑かけて、ごめんなさいっ」
「迷惑だと思っていない。だから、アンナ、もう大丈夫だから⋯⋯、泣くな」
セイフィード様が、今度は強く私を抱きしめてくれた。
セイフィード様の鼓動が聞こえる。
「それで、誰にやられた?」
「…………」
私は首を横に振った。
言えない。
言ったらまた、ルシウスと関わることになる。
もう、これ以上、ルシウスと関わり合いたくない。
「アンナ、なぜ、言わないんだ。ジークか?」
「ち、ちがう。ジークさんじゃない」
「⋯⋯まぁ、いい。いずれ、すぐにわかる」
セイフィード様の声は、怒りに震えている。
私に対して怒っているわけじゃないのに、私の目から、また涙が溢れでる。
泣きたくないのに⋯⋯。
もう、大丈夫ですって言いたいのに⋯⋯。
「ゴーーン、ゴーーン」
終業時間を知らせる鐘が鳴り響く。
どれくらい時間が経ったのだろう⋯⋯。
私は、セイフィード様の腕の中で、だいぶ泣きついてしまった。
しかしその間、セイフィード様は、頭を撫でながら、赤ちゃんをあやすように私を、なだめてくれた。
「……も、もう大丈夫です。早く帰らなきゃ、シャーロットが心配しちゃう」
私は1人で立ち上がろうとしたが、力が上手く入らず、立ち上がれない。
すると、セイフィード様がやさしく私の腕を支え、立ち上がらせてくれた。
「セイフィード様、お願いです。ここであったこと、シャーロットや、コルベーナ家の人々には内緒にしてください」
「⋯⋯わかった」
「私が間違えて腕輪を壊してしまったことにします」
「わかった。腕輪はなるべく早く作ってやるから安心しろ」
「セイフィード様、ありがとうございます」
「さあ、帰るぞ」
「あの……、扉を出たら、私1人で帰ります」
「なぜだ? 俺と一緒なのが嫌なのか?」
「違います。前、セイフィード様が言ったじゃないですか。魔力なしと一緒にいるのは恥ずかしいって……」
「あれは……、違うんだ。いいから一緒に帰るぞ」
私とセイフィード様は馬車に乗り、家路を急いぐ。
ようやく家に帰れる。
一時、もう帰れないかと絶望したけど⋯⋯。
良かった。
セイフィード様が助けに来てくれて、本当に良かった。
ようやく私は落ち着きを取り戻したので、笑顔で、セイフィード様に話しかけた。
「あの、セイフィード様。どうして私が倉庫にいることがわかったんですか?」
「あぁ、俺にまとわりついている闇の精霊ストラス3号が教えてくれた。昔、お前にくっついて行ったやつだ」
「ストラス3号さん、ありがとうございました」
私はストラス3号が、どこにいるかわからなかったがセイフィード様の方に向かってお辞儀をした。
「ストラス3号は、今お前の肩に乗っている。どうやらストラス3号はお前のこと気に入っているようだ」
「わぁ~。嬉しい! 闇の精霊に好かれちゃうなんて、素敵」
私は肩に乗っているというストラス3号を、撫でる真似をしてみる。
見えないから、勘で。
「フンっ、アンナ、ほんとお前ぐらいだ。闇の精霊に好かれて喜んでいるやつは。ちなみにストラス3号は今アンナが撫でている肩じゃなく、反対側にいる。」
セイフィード様は目を細め、優しく笑う。
私は指摘されたのが恥ずかしくて、撫でるのをやめた。
そして一番聞きたかったことを、勇気を出して聞いてみる。
「それと、さっき……、すぐわかるって言ってましたけど、何がわかるんですか?」
「それは、気にするな」
とセイフィード様は言うと、そっぽを向いてしまった。
どうやら、これ以上訊いても答えてくれそうにない。
話に夢中になっていると馬車が家に着き、セイフィード様は家の玄関まで私を送ってくれた。
そして私は、転んで腕輪を壊してしまい、そのせいで大泣きしたと、コルベーナ家のみんなに説明した。
「まぁ、大変だったわね。怪我はしてないのかしら?」
シャーロットが心配そうに私の腕を見る。
「うん、大丈夫。腕輪もセイフィード様が作り直してくれるって」
「そう、それなら良かったわ。では、気を取り直して、これからアンナの特別賞のお祝いを致しましょう。アンナの好きなメニューばかりなのよ」
シャーロットは私のために色々と準備をしてくれていた。
優勝じゃなく、特別賞だったけど、私は初めて賞が取れて良かったと思った。
しかし、その夜はなかなか寝付けなかった。
何度も何度もルシウスのことを忘れようとしているのに、ルシウスのあの感触が私にまとわりつく。
その感触に怯え、涙が瞼を濡らし始めた時、窓を叩く音が聞こえた。
窓を見ると妖精がいる。
妖精は大人より子供を好むため、私はここ最近、妖精を見てなかった。
「こんにちわ。妖精さん」
私は窓の戸を開け、妖精を部屋に招き入れた。
すると、妖精は飛び回りながら小さな星のかけらのようなものを部屋中に、ばら撒く。
それは、夜空の星のように瞬き始め、まるでプラネタリウムにいるようだった。
「わぁ、キレイ。ありがとう」
私は妖精にお礼をいうと、妖精は手を振りながらすぐに外に出て行ってしまった。
きっとセイフィード様が私を気遣ってくれたに違いない。
その優しさに、私は心がぽっと温まる。
そして、私はその星の瞬きを見ながら、無心で眠りにつくことができた。




