ロマンティック、あげるよ
夜、クウゴは庭に出て、ぼんやりと星空を眺めていた。
酒に酔ってしまった頭を、すっきりさせたいから、冷たい夜風は丁度いい。
結局あれから、酒の限界を知りなさいなんて言っていたウモナが真っ先に潰れていて、エリが寝室に運んだ。
エマクオンとキロルは美味しいケーキを完食した後、しっかり食器を洗って片付けていた。
「クーゴ? なにしてるの?」
玄関からエリの声がした。
クウゴは振り向くと、エリのほうに歩いていく。
「ちょっと酔いを冷ましてた。ウモナは平気か?」
「もう、参ったわよ。服は脱ぎだすし、キス魔だし、ベッドに入ったら一瞬で寝ちゃったわ」
「いやぁ、意外だったな。ウモナはてっきり酒が強いと思ってたんだが」
外見はアダルティな魅力たっぷりのウモナなので、偏見ではあるが、酒も強そうだと思っていた。
しかし、ウモナは乱れに乱れたので、男のクウゴが介護するよりエリに任せた方がよさそうだった。
「ウモナ、寝言だけど、お姉ちゃんって言ってた。やっぱり、ウモナはウモナで抱えてるものがあるのね」
「今のウモナが活動源にしてるのが、まさにそれだもんな」
「七竜玉をひとつ手に入れたし、きっとウモナも気持ちが緩んだのかもね」
エリの言葉に、クウゴはこれからのことを少し考えた。
七竜玉を本当に入手してしまった。こうなると、本格的にシントーワとやり合う可能性が出てくる。
「これから、どうしたもんかなぁ」
「シントーワが心配なの?」
「ああ、ちょっと気になることもあるし」
シントーワの王が、もしかすると転生人かもしれないという懸念だ。
だが、まだ何とも言えないので、クウゴはそのことはエリには語らない。そもそも、自分が転生した人間だということさえもエリに言っていない。
「なんか、らしくないよ。クーゴ」
「え?」
「クーゴは、あれこれ難しいこと考えるより、早くドラゴン倒してのんびりしたいって言ってるほうが似合ってる」
「……エリ」
エリはそういうと、少し赤らんだ頬で、はにかんだ。
そして、軽くクウゴに寄り添って身を倒す。
エリの体温と、香りがクウゴに伝搬してくる。
「私もちょっと酔っちゃったかも」
恋人同士のような距離感に、クウゴは少しドキドキしたが、エリの言葉に、確かに自分は考えすぎていたかもしれないと気が付いた。
「そうだな。おめぇの言う通りだ。オラは、早くドラゴンを倒して、のんびりしてぇ。こんな風に……」
エリと二人で、そっと夜空を見た。
ロマンティックを貰えるような、美しい星の煌めきが、二人を包む。
「よし、決めた。オラ、ドラゴン退治を進めるぞ」
「うん、それでいいよ。私もその気持ちに共感したんだもん」
ドラゴンの鏡で覗き込めば、まだ各地に沢山のドラゴンがいることが分かる。
人々はそんなドラゴンに襲われて苦しんでいるのだから、一刻も早くそういう無力な人々のためにドラゴンを駆逐したい。
二人は暫く、沈黙のなかで夜空を見ていた。
「クーゴってほんとに凄いよね。七色の竜の一匹を、本当に倒しちゃったんだもん」
「倒せたのは、エリのお陰だ。きっとエリが居なかったら、オラはレッド・ドラゴンに勝てなかった」
「え……? 私、何もできなかったよ。ドラゴンに魔力を奪われて、肝心な時は気絶してたし」
びっくりしたような顔をしているエリは、謙遜ではなく、本当に今回は足手まといになったと考えていた。
ドラゴン退治のために、自分の魔法を磨こうと魔術書を読んで技術を高めようとしていたのに、何の役にも立てなかった。
しかし、クウゴはそんなエリに、ゆっくりと首を振った。
「おめぇが教えてくれたんだ。力の使い方を。ハチャメチャな力があるような、とんでもねぇ技をあみ出すばかりが修行じゃねえ」
今回のレッド・ドラゴン退治のために、クウゴは成長した。
強大な破壊の必殺技を獲得するばかりが、力ではないということを。
もし、そんなものを、エリの体内で使っていたら、エリは絶対に傷ついていただろう。
あの時、クウゴが【瞬間移動】を獲得していたのだって、エリの【ぬくもりの火】という魔法を見ていなかったら、思いつかなかった。
エリがキャンプで見せてくれた【ぬくもりの火】があったからこそ、クウゴは力の使い方の発想を広げることができた。
その後、魔法学校で転移装置を見て、【瞬間移動】を閃いたことにもつながる。
【瞬間移動】がなければ、絶対にどこかでクウゴは敗北していただろう。
竜は倒せても、エリを救えなかったかもしれない。
そう考えると、今こうして傍にいるエリが、とても愛おしく思えてくる。
「今回は、みんなに助けられたなぁ」
「そう言ってくれるの、凄く嬉しいよ、クーゴ」
「え? そうか?」
「だって、私たちからすると、クーゴだけが頑張ってて、私たち何もできてないって気持ちだったよ」
「そんなことねえよ。エリもエマクオンも、ウモナやキロルだって、今回、いろんなところで助けられてたぞ」
お世辞でも何でもない、本当にそう思っていた。
この中の誰かが欠けても、今回の結末には辿り着かなかったのではないかと思わされる。
「じゃあ、私たち、ちゃんとパーティーできてるんだね」
「そうだな。オラたちは立派に冒険者やってた!」
エリはうん、と深く頷いた。
そして、本当に噛みしめるように嬉しくて、感情が高ぶっていくのを止められない。
「わ、私……この中じゃ一番、役に立てないって思ってた……」
「そんなことねえよ」
「ううん、エマクオンは強いし、ウモナは立ち回りが本当に上手い。キロルだって変身できたり、特別だもん。私はちょっと魔法が使えるだけ」
エリはそう言うものの、表情は柔らかく温かい目をしていた。
「グエン先生に言ったエリの言葉、オラはカッコいいと思ったぞ。エリは絶対にいい魔法使いになる」
「じゃあ、これからも、クーゴの傍にいてもいいかな」
「あ、あたりめえじゃねえか……」
寧ろ、エリが居なくなるなんて、考えられない。
クウゴはそんなことを咄嗟に考えていた。
自分の中にあるエリの気持ちが、確実に大きくなっていることにゆっくりだが、気が付き始めてもいた。
「クーゴ、私のこと、助けてくれてありがとね」
「気にすんな、当たり前のことしかしてねえんだし」
「……お礼、したい」
エリは、熱っぽい瞳を潤ませながら、クウゴを見つめていた。
その表情にクウゴはドキンと胸を高鳴らせた。
「クウゴが……、して、ほしいこと、何でもしてあげる、よ……」
艶やかなエリの唇が、動く。
恥ずかしそうに頬に紅葉を散らし、エリはいじらしく申し出た。
「な、なんでもって……」
妙に体温が高くなっているように思った。
色々な妄想が脳裏に浮かんだが、クウゴはエリのその表情から目が離せないままだ。
思わず、ゴクリと喉が鳴る。
お風呂場で見た、ミミックの擬態した彼女の肉体が想起されるが、クウゴはその想像を振り払う。
そして、こう言った。
「うた……」
「うん?」
「エリの歌が、聴きてぇ……かな」
「そんなことでいいの?」
「前から思ってたんだ。エリの歌、聴いてみてぇなって……」
エリは、きょとんとした顔でクウゴに確認する。予想外の言葉だったのだろう。
では、何を予想していたのか、なんて考えるのは無粋だろうか。
「いいよ。じゃあ歌ってあげる」
エリはそう言うと、ととん、と庭に躍り出た。
月光が彼女に下りていて、まるでスポットライトを浴びる歌姫のようだ。
くるりと舞い、上品にマジックドレスのスカートを摘み、お辞儀をする。
エリは静かに瞼を下ろし、呼吸を整えると、星空を仰ぐように、その美声で歌を奏で始めた。
それは、転生前でも聴くことができなかったような、神秘的な歌で、とても胸を切なくさせてくれた。
力強くも清らかで、どこか儚いその歌は、エリの魅力が溢れかえって、鼓膜を幸せにしてくれる。
歌い上げるその姿さえ、女神のように麗しいのだ。
クウゴは、そんなエリを見つめていた。
異世界転移してから、最高の夜だったと、胸を張って言えるだろう。
星が流れて落ちていく。
ときめく胸に、クウゴはキラキラ光るなにかを見付けたような気分だった。
次回、二章の最終話となる予定です。




