空前絶後
その夜は鮮やかな満月が浮かんでいた。
そんな暗い闇よりも深い場所で、暗躍する者がいた。
「赤い竜……、死んだようだね」
暗黒の幕が下りる地下の部屋の中で、男が一人、不敵な笑みを浮かべて、そう呟いた。
「し……、しかし、そのような報告は……」
その声の主に、冷や汗を浮かばせて固まっているのは、魔術師のウォーレンだった。
その隣には騎士団長であるヤーコブもいた。二人は、膝をつき、恐怖に滲んだような面持ちで、正面に立つ背を向けた男に頭を垂れていた。
男の年齢は、仮面をかぶっているので分からないが、その覇気は衰えているような気配がない。
「この僕に口答えをするのかい? ウォーレンさん」
「も、申し訳ありませんッ……、そ、そのようなことは……」
男の声はぞっとするほど穏やかだが、ウォーレンは一気に蒼ざめていた。
完全にすくみ上っていて、相手の男に絶対の服従を誓っている様子でもある。
「ヤーコブさん? 赤竜の調査に向かわせたという冒険者、なんと言いましたか」
「ははっ……! クーゴと名乗っておりましたっ……、まだ年若い男と女ばかりのパーティーで、とてもドラゴンを倒せるような者共とは……」
ヤーコブが男に言い訳のように言葉を返すと、相手はくるりとヤーコブに向き直り、その眼光を光らせた。
「いぎっ……!?」
とたん、ヤーコブは自分の頭を押さえつけ、苦しみ始める。
「あぎぎっ……! お、お許しくださいッ……! 国王様ッ……!」
相手の男、シントーワ王は微動だにせず、ただ眼光を妖しく光らせているだけだ。
それだけで、屈強な騎士団長のヤーコブは、命乞いをするほどに苦しみ、頭が破裂しそうな痛みにもがく。
「すぐにその冒険者たちを追うんですよ。発見できなければ殺します」
「は、ははっ!」
ヤーコブは冷や汗を拭うことも出来ず、王の命令に立ち上がると、直ぐに駆け出していった。
「ウォーレンさん」
「はっ……、はい!」
「あなたは次の七竜を見付けなさい。青のはずです」
「か、畏まりましたッ!」
がばりと立ち上がり、ウォーレンは敬礼すると、ヤーコブ同様にその地下室から逃げるように駆け出していった。
「……」
後に残ったその男、シントーワ王は、魔法陣の中央に立ち、両手を天に掲げるように構える。
「チート能力発動、【詫び石】」
そう唱えると、男の掲げる手から、突如無数の魔石がボロボロと零れ出てくる。
【詫び石】という名前の特殊技能は、自分に対し、謝罪した人間の思いの強さに応じて、魔石が獲得できるという信じがたい能力だった。
申し訳ない、スミマセン、ごめんなさい。
そういう気持ちを増大させるほど、大量の魔石がリスクもなく獲得できる。
それは国王という立場の彼には、格好の能力だった。
相手を恐怖で縛り、謝罪の気持ちを強化させることで、より多くの魔石が入手できるからだ。
ごろごろと、魔法陣の床に、無造作に魔石が転がり、特殊能力【詫び石】は合計にして十個の魔石を排出した。
「さあて、今回のガチャは当たるかな?」
シントーワ王は足元に転がる魔石をひとつ拾い上げ、その魔石に宿る魔力を解き放つ。
「チート能力発動、【ガチャ】!」
別の特殊能力、【ガチャ】を発動させる国王は、魔石を消費することで、その能力を利用する。
「十連と行こうか……弾けてまざれっ!!」
カッ――!
すると、魔石が十個、光を放ちだし、魔力を開放する。
その魔力が飛び散り混ざり合うと、強大なエネルギーになっていく。
魔石自体はその力を使い果たし、ただの石ころになってしまった。
もう使い物にならなくなった魔石を投げ捨てる国王。
「さあ、SSRが出るかな?」
ニタリと笑みを浮かべた国王は、魔石から採取した魔力で能力を動かし、空間から十枚のカードを出現させる。
どれも裏面を向けていて、ふわふわと中空に浮かんでいた。
国王はその一枚を手に取り、裏返す。
「チッ、外れか」
カードには、ドラゴンの絵柄が描かれていた。レア度を示す、『R』の文字。
それはコモンより一つ上の大した価値もないハズれである。
そのハズれのドラゴン、ニズヘグは灰色のドラゴンで毒を巧みに操ることで有名だ。
ニズヘグの描かれたカードは、表を国王に見せると、そのカードの形を光の塊にして、地下の部屋からどこかへと飛び去っていく。
それは、まさに、ドラゴンが召喚された瞬間でもあった。
シントーワ城の地下から飛び去った光は、そのまま世界を飛び回り、自分の居場所を見つけると、そこで具現化する。
本物のドラゴンに変貌するのだ。
「さて他のカードは……?」
ニズヘグのことなど気にも留めず、王は残り九枚のカードを開いていく。
十連で能力を発動させると、必ずSR――すなわちスーパー・レアが当たる。
一番価値の高い、SSRは確約されないので、残り九枚の中にSSRがあれば大当たりなのだが、そのSSRの出現率は恐ろしく低い。
残り八枚を全て開き、そのどれもが外れのドラゴンだったことに、舌打ちをして、最後の一枚を開く。
それはSRのエルダードラゴンだった。漆黒のドラゴンで、凶悪な邪竜として知られている。
「まったく、ゴミばかりだね」
興味なさそうに国王はそれらを一瞥すると、カードたちは光となって世界中に飛び散っていく。
そして、その先でカードに描かれたドラゴンが具現化し、人びとを襲い始める。
「【ガチャ】を回す魔石も簡単には獲得できないんだ……。いい加減当たって欲しいものだね」
国王はそういうと、次なる十連【ガチャ】を開始する――。
SSR……。すなわち、七色竜のどれかが排出されるのを期待しながら……。
「やっと三つ……」
国王は、その地下の宝物庫の奥の台座へと目を動かした。
そこには、三つの竜玉が飾られていたのである。
橙、藍、緑、三つの色をしたボールだった。
「赤の竜玉をくすねようとでも思ったのだろうが……、相手が悪かったですね。ふっふっふっ……!」
クウゴが持っている赤い玉を想像し、シントーワ王は不気味に笑った。
赤い竜玉が手元に揃えば、あとは三つ。
黄色、青、紫のドラゴンを仕留めて、その命の源である竜玉を集める。
すでに、青のドラゴンは【ガチャ】を引き終えている。
ドラゴンの魔力、ドラゴン・ソウルに反応する鏡に青い光がまだないのは、鏡の反応領域よりももっと遠くにブルー・ドラゴンが飛んで行ってしまったからではないかと、思われている。
青の竜玉を手にするためには、ブルー・ドラゴンを見つけ出し、討伐するだけだ。
レッド・ドラゴンの反応は妙なものではあったが、討伐されたのは計算外だった。
ウォーレンにブルー・ドラゴンの居場所を探らせているが、ドラゴンの討伐は王の息がかかっている討伐部隊に任せなければ、今回のように竜玉を持ち逃げされてしまうだろう。
「僕は、【ガチャ】を回し、残りの二体のドラゴン……。黄竜と紫竜を召喚しなければなりませんね……。そのためにも、【詫び石】を獲得しなければ……」
ぞっとする表情をしたシントーワ王は、【詫び石】を入手するために、人々から許しを請うような状況を作り出すために、邪悪な計画を立てていた。
「まずは見せしめに、レッド・ドラゴンを倒した冒険者たちを、嬲りものにして、謝罪の言葉を聞かせてもらうとしましょうか」
邪悪な瞳を輝かせ、シントーワ王はその自分にだけ与えられた特殊な能力を膨らませていく。
チート能力、【詫び石】【ガチャ】。
そして、【超能力】――。
念じることで、相手の動きを止めたり、身体にダメージを与える痛みを送ることができる。
腹痛を起こさせたり、頭痛を起こさせたりなどは容易だ。先ほどヤーコブを睨みつけただけで悶え苦しませたのは、この力によるものだった。
その力を強めると、内臓を膨張させることで、臓器破裂により殺害することさえできる。
おそらくだが、数秒なら時間さえ止めることもできるだろう。そんな能力を使わずとも、これまで何の問題もなくやってきたので、自分でも自分の能力の限界を知りえていないほどだ。
サイキッカーとしてのえげつない力を持っているシントーワ王は、自分に敵うものがこの世にいないことを知っている。
そんな彼のたくらみは、七竜玉を揃え、願いを叶えること……。
強大な力や権力があっても、叶えられない願いを、虹のドラゴンに叶えてもらうため、シントーワ王はドラゴン退治の任務を冒険者たちに発令しているのだ。
彼にとって、この世界はゲーム世界でしかない。遊びなのだ。
ある種、無邪気とさえ言っていい、最悪の行動理念に、世界は巻き込まれていた。
レッド・ドラゴンはとんでもないこの能力で、自分が召喚されたことに気が付いた。
転生者の持つチート能力は、世界観を無視して、理を乱す。
異世界転生をした者たちが、世界観に合わない力を振りかざし、禁忌を犯そうとしているのだ。
シントーワ王はその代名詞とも言えた。
だが、そんなシントーワ王でさえ、クウゴのことは誤算だったこと、今は誰も知らない。
クウゴのとんでもない秘密は、自分自身でさえ気が付いていないのだから。
だが、この二人の転生者の道が交錯することはそう遠くないだろう。
眠りから覚めた青いドラゴン。そして、シントーワ国王の魔の手が忍び寄る。
北の大地、エマクオンの故郷であるタルカジャを舞台に、クウゴたちの次なる冒険が始まるのだが、それはまた少し先の話――。
◆◇◆◇◆ 二章終幕 ◆◇◆◇◆
第二章が終わりとなりました。
実はこれでも書籍化作品もある、プロの作家のはしくれです。
別の書籍作品のために執筆の時間を作る必要が出てきたので、こちらは更新をいったんおやすみしそうです。
続きのネタ自体はできてますが、また執筆時間を捻出できるようになったら、続きを書きたいと思います!




