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負けるなクウゴ! ついに現れたレッド・ドラゴン!

 宿舎、エリの部屋の前まで来た一行は、ノミよりも小さくなったクウゴと緊張していた。


「ほんとにエリの体内に入るの?」

「ああ、時間は一時間もねぇ。もう、行くぞ」

 ウモナは流石に表情を強張らせていた。

 一時間。ドラゴンを見付け、倒し、体外に出るまでのタイムリミットだ。


「部屋の中には、みんなも入れねぇ。オラだけで行く」

「待って。多分、私なら大丈夫だよ」

「え?」


 そう言って進み出たのはキロルだ。

 キロルは確かに、その身体がミミックなので、人体ではない。そう言う意味ではドラゴンもキロルの中には入れないだろう。


「私が、エリのところまでクーゴを連れて行く」

「……分かった。頼む、キロル」


 クウゴはキロルに飛びつくと、心配そうな顔をしているエマクオンとウモナに振り返った。


「お願い、クーゴ。エリを助けて」

 エマクオンが、珍しくしおらしい声を出していた。

 そんなエマクオンの肩を抱き、ウモナも頷いた。


「まかしとけ!」


 クウゴはミクロの身体で精いっぱい声を出す。

 そしてキロルと共に、部屋の中に入っていった。

 キロルは直ぐに扉を閉める。しいんと静まったエリの部屋は、まさに嵐の前の静けさという様子だった。


 キロルがそっとベッドに近寄ると、エリはまだ気を失ったまま横たわっている。


「クーゴ、がんばれ!」

「ようし……、いっちょやってみっか!」


 クウゴはキロルの身体から飛び立つと、エリの顔に向かっていく。彼女の口から体内に入っていくつもりだ。


(……オラの考えが正しいとしたら……、ドラゴンはエリの腹のあたりにいるはずだ)


 その考えに至った理由はレッド・ドラゴンが魔力を奪うという一点に尽きる。

 人の魔力の源がどこにあるのか、それは【気】を操るクウゴだからこそ、手に取るように分かった。

 それは丹田。エリと共に【気】の修行をしたときにも分かったことだ。魔力は気と同じ感覚だ。

 丹田で【気】を練ることで、力を増幅させることができる。


(レッド・ドラゴンは、エリの丹田にいるはずだ!)


 クウゴは空中を飛び、エリの内部を進んでいく。できる限り、エリの体内には触れないように細心の注意を払って。

 小さくなったクウゴからすると、人の体内は、巨大なダンジョンのようだ。

 生々しい脈動をする内壁が、エリの体内組織が元気に生きていることを示している。

 見ようによってはグロテスクと思うかもしれないが、クウゴにとって、それはまったく気持ち悪いものだとは思えなかった。

 エリの身体なのだ。肉体なのだ。神秘的だとすら思えた。

 そう思うと、とめどない愛情が芽生える。


(どこだ……! ドラゴンの【気】を探るんだ……!)

 今は同じ土俵に立っているのだ。隠れていられると思ったら大間違いだと言ってやりたい。


 エリの喉を通り、胸を下り、腹部あたりまで来ていると思った。

 しかし、どこにもドラゴンらしき存在は見つからない。


「くそっ……! どこに隠れてやがるんだ?」

 【気】は確かに近くに感じるが、姿が見当たらない。

 まさか、もっと小さくなっていないと発見できないような存在なのか。そんな不安さえ過る……。


(焦るな……! はっきりしてることがある! 敵は赤いことだけは確かなはずだ!)

 そうでなければ、虹の色を関しているとは言えない。

 どれだけ意表を突いた姿をしていようとも、色だけは赤で間違いないはずなんだ。

 人の体内は、思ったよりも『赤』ではない。明確に赤いものを見付けるように意識を集中する必要がある。


 すると、肉壁に張り付く管のようなものがあった。

 それは一見すると、血管か何かのようにも見えた。


 【気】は、そこから感じ取れていた。

 てっきり、それはエリの身体の一部なのかと思ったが――。


「……? ち、ちがうっ」


 それは、ドクンドクンと脈打っていた。

 赤い、管。

 血管のようだと思ったが身体のリズムと、明らかにズレた脈動をしていた。

 つまり、別の生物――!


「見付けたぞ、レッド・ドラゴン!」

 クウゴはその脈動する管に接近した。

 すると、その管が、肉壁から剥がれ落ちるように、どろりと動いた。


 その姿は異様なものだった。

 真っ赤な身体が一つ、それは胴体から尻尾まであり、手足はない。

 代わりに、頭部が八つに分かれている。まるでヤマタノオロチのようだ。


 それはヒドラと呼ばれる無脊椎動物にそっくりだった。

 レッド・ドラゴンは、その頭部を八つもつ、『ヒュドラ』だったのだ。


 ぐねりと首を触手のように変幻自在に曲げ、クウゴを見付けると、その怪物とも言えるドラゴンは、空に舞い上がって来た。


「お、おめぇが……七竜の一匹……!」

 驚愕の表情で、クウゴはその不気味な姿を凝視する。


「まさか、ここまで来るとは思わなかったぞ」

「しゃ、しゃべった……!?」


 そしてあろうことか、八つの首の一つが口を開き、しゃべりだした。

 その異様さは筆舌に尽くしがたいものだった。

 さすがのクウゴも、冷や汗を垂らす。相手の邪悪な存在感に、背筋に悪寒が走った。


「おめぇが、エリを……。町の魔術師の魔力を奪ってやがったんだな?」

「その通りだ。この娘の魔力は特に味わい深い……。最高の住処だというのに、邪魔をしおって」


 レッド・ドラゴンの全長は一番長い頭部から尾までの長さで、小さくなったクウゴの二倍ほどある。

 そう言う意味では、威圧感はレッド・ドラゴンが勝っていた。


「オラは……、おめぇを倒すぞ」

「できるものか」


 不敵に、ニタリと笑みを浮かべた八つの頭の口は、ウナギのように気味が悪い。


 ドンッ!

 両者が同時に飛び掛かった。エリの体内で気功波を使うわけにはいかない。クウゴは、ドラゴンに対し、肉弾戦を仕掛けに行った。

 クウゴの右の拳と、ヒュドラの首の一つがぶつかり合った。

 ヒュドラの一本の首は、まるで人の腕さながらに扱われ、クウゴと肉弾戦を演じる。

 八つの首触手がそのまま、手となり、脚となってクウゴとぶつかり合った。


 ズバババッ!

 神速の攻防が乱れぶつかる。

 クウゴの右足を、三つ目の触手で受け止め、四つの目の触手でクウゴの腹部に痛烈な一撃をねじ込んでくる。

 それを左手でガードすると、クウゴは頭突きを五つ目の触手に食らわしてやる。


 ガッ!


「ぐうっ」

 ダメージが入ったか、ヒドラは呻く。

 しかし、その刹那、尾にあたる部分をクウゴに巻き付け、締め上げてきた。


「しまっ……! ぐぐっ……!?」


 ギュルルッ! ギチチッ――!

 凄まじい締め付けの力だった。並みの冒険者なら、背骨を砕かれ絶命していたかもしれない。

 しかし、クウゴは歯を食いしばり、その締め付けを堪えると、【気】を爆発させて、拘束を解いた。


「はぁっ!」

 ドゥンッ!


「むうっ……! なんという奴だ……!? あの時感じた驚異的なエネルギーは、間違いではなかったか……!」


 ヒドラは慌ててクウゴから距離を取り、焦りに滲んだ口調で語った。

 ヒドラは表情がないから、その口調でしか感情を見抜けないが、どうやら、クウゴの強大な力は驚異だと思っているらしい。


「おめぇはあの時、オラから逃げた……。分かってんだろ? おめえ自身、オラには敵わねぇって」

「くっ……!」


 エリに入り込む直前に、クウゴの【気】の強大さに驚き、慌てて逃げたのだ。

 それは本能的に、クウゴには敵わないと判断したからだ。


「ふざけるなよ……! 我はドラゴン。その中の七竜がひとつぞ! お前程度が調子に乗るなァ!」


 ごぱっ!

 なんと、八つの頭の口が全て一斉に開くと、そこから強大なエネルギーが集中し始めた。


「ま、まずいっ!」


 八つの口から一斉にエネルギー砲を発射するつもりなのだ。

 隙があるし、回避はできるだろう。しかし、それをするわけにはいかなかった。

 ヒドラの攻撃が外れたらその先にあるのは、エリの大切な身体なのだから。


 クウゴはとっさにその場でガードを固めた。


「くたばれッ! 八首赤竜殺法ーっ!!」


 ズギャァアアッ――!

 八つの首から一斉に、その数に等しい鋭い光線が発射された。それらは全てクウゴに向かって直撃する。


 バチバチバチバチぃっ!!


「うぎゃあああっ!」


 流石のクウゴも絶叫し、レッド・ドラゴンの必殺技に痛烈なダメージを受ける。

 来ていた服が裂け、所々に穴があく。


 クウゴの全身に凄まじい電流のような痛みが走り、ぶすぶすと皮膚を焦がした。


「く……くぅ……!」

「あれを食らって死なんとは、大したタフさだ」

(やべぇ……、やっぱりエリの中じゃ思う存分戦えねぇ……! な、なんとかしねえと、あんな攻撃を何度も受け切れねぇぞ!)


 【気】をコントロールしたままに、このレッド・ドラゴンを相手にするのは厳しい戦いだと言えた。

 なにより、この戦場が危険すぎた。

 戦いによって、自分が傷つくのなら、何も怖くはないが、仲間が傷つくのは耐えられない。

 クウゴはそういう男だった。


「フン、なんだ。どうやらこの娘の身体のことを気にしているようだな?」

「……だったらどうだってんだ」

「ククク……。だったら、こうしたらどうだ?」


 ヒドラは不気味な笑みを浮かべ、空中からまた肉壁に張り付く。

 そして、その触手の口ひとつを、内壁に吸い寄せた。


「これでお前は手を出せまい。反抗すれば、この女の肉を、食いちぎるぞ?」

「ち……、ちきしょう……! き、きたねえぞっ……!」


 そして、残る七つの首をクウゴに向け、また口を開く。


「さあ、今度こそ、死んでもらおう」


 グゴゴゴゴ……!

 七つの口に、エネルギーが集まっていく。またさっきの技を使うつもりだろう。

 避けるわけにはいかない。かといって攻撃に出れば一本の口が、エリの身体を食い破る。


 絶体絶命――。

 万事休す――!


 クウゴは一瞬、全てを諦めてしまいそうになった。

 脳裏に浮かぶのは、エリとの思い出だった……。


(すまねえ、エリ……!)


 エリが見せてくれた魔法。マジック・ミサイルは本当に見事だった。

 それに最近教えてくれた、キャンプを温かい光で満たしてくれた火の魔法も……。


「赤竜殺法ッ! 死ねェェエッ!」


 ズァオッ――!!


 七つの光線が、クウゴを襲った。

 強烈なスパークと共に、クウゴの全身を引き裂くような暴力がエネルギーになって弾け飛ぶ。


 ヒュウ――……。


 どさっ。


 空に浮いていたクウゴの身体が、力を失い墜落する。

 エリの体内で、暖かい肉の床に沈んだクウゴはぴくりともしない。


「くっくっくっ……! 奇妙な奴だったが、所詮は人間。くたばりおったわ」


 ヒドラはそんなクウゴに勝利を確信し、嘲笑しながら接近していく。

 完全に息の根が止まっているのか調べるつもりだ。


 にじり寄って来たヒドラが、クウゴの死を確認しようと覗き込んだ瞬間――。


 ばっ――!

「なにっ!?」

 クウゴが目を開き、旋風のように飛び掛かった。そして、ヒドラの尻尾を捕まえる。


「き、きさま! まだ死んでなかったか!」

「へへ……。オラ、いっぺん死んでっから、死に真似は得意なんだ」

「な、なんだと!? しかし、我を捕まえたところでっ!」


 八つの触手頭が尻尾を捕まえるクウゴに殴りかかろうとした。


「で、できればこの技は、つ、使いたくなかったんだが……」

「わ、技だと!?」

 服装がもうボロボロになっているクウゴは、ニタリと笑みを作った。

 その不敵さに、今度はドラゴンのほうが驚愕する。

 なにか奥手のがあったのか……! なにか離れなければマズイと予感した。


「よ、よせ! 何をする気だ!?」

「も、もってくれよ……、オラの身体……!」

「や、やめろーっ!」


 ふっ……。


 レッド・ドラゴンの悲鳴のあと、二人の姿は一瞬にして、その場から消えた。


 シュンッ!


「は……っ!?」


 そして、また、全く同じ状態で別の場所に姿を現していた。


「な、なにが起こった……?」


 てっきりすさまじい攻撃でもしてくるのかと思ったドラゴンは、呆気に取られていた。

 そして見覚えのない空間に自分たちが移動してきているのに、気が付いた。


「こ、ここは……!?」


 レッド・ドラゴンは、自分の傍にいる少女に驚愕した。八歳くらいの小さな少女だ。

 ブロンドの髪と青い瞳が愛らしい。


「う、うまくいったみてぇ、だ……」


 よろよろと、クウゴはドラゴンから離れてしりもちをつく。


「こ、ここは外だ!? い、一瞬にして、女の身体から外に出てしまっているぞっ……!?」

「【瞬間移動】って能力さ……。ま、魔法学校でワープ魔法を見かけて、見様見真似だったが、う、上手くいったぞ」

「瞬間、移動……だとぉっ!?」


 クウゴは、魔法学校の魔法陣でワープを体験した時、考えていたのだ。

 この技術を自分の技にできないだろうか、と。

 力だけをもとめる成長ではなく、エリのように、冒険を楽にするための技。そういうものを、習得してみようとクウゴも努力をしていた。


「た、ただこの技は、か、身体に負担が大きいのが、もんだ……ううぇっぷっ」


 クウゴはとたん、蒼い顔をして口元を抑えた。


「げろげろげろー」


 そして、耐えがたい転移酔いに晒され、吐き気を催す。

 クウゴは、転移魔法に酔ってしまう体質なのだ。


「そ、そんなバカな……」


 ヒドラは、たらーり汗を垂らして、クウゴの罠にまんまとハマったことに今更気が付いたのだった……。

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