ドラゴン・ソウル
気絶してしまったエリをベッドに寝かせて、クウゴは、仲間たちのところに戻っていった。
寮のホールにはみんなが揃っていて、クウゴが戻って来るなり、エリのことを問い詰めてきた。
「なにかあった?」
「エリが、魔力欠乏症にかかった。今、部屋で寝てる」
「えっ……」
「……キロル。ちょっと訊きてぇんだけど、今、おめぇの憑依が解けちまった場合、どうなっちまうんだ?」
「え? なに突然?」
クウゴの突然の質問、キロルはきょとんとした表情をした。
しかし、クウゴは妙に真剣な顔をしていたので、素直に回答する。
「他に宿主を見付けないと、たぶん、消えちゃう。魔法陣から随分離れてるし」
「いきなりパッと消えちまうのか?」
「ううん、一分か二分くらいは大丈夫だと思う」
クウゴはキロルの意見に、少し考えるような素振りをした。
一同はそんなクウゴに眉を顰める。
「それよりも、エリは大丈夫なの?」
「エリはショックで寝込んじまってる。でも、今は誰もエリに近づかない方がいい」
「どうして? 魔力欠乏症がウツっちゃうから?」
「ちょっと、人が来ねえとこまで行くか。そこで話す――」
クウゴはみんなを促すと、自分の部屋に入り、カギをかけた。
そして、神妙な顔をして、エリの中にいるだろうレッド・ドラゴンのことを話して聞かせた。
エマクオンたちは、流石に驚愕の表情で、クウゴの推理に絶句していた。
「キロルの憑依の話を聞いたのは、そのレッド・ドラゴンの感染の仕方が、憑依と似てると思ったからだ。ごく短い時間だけ、外に出て、直ぐに身体に入れそうなターゲットを見付け、そこに移動する感じだ」
「じゃ、じゃあ……今、エリの中にドラゴンがいるってこと?」
「ああ、今んとこ、エリの傍に近寄ったのはオラだけだ。でも、オラは魔力がねぇ。きっとドラゴンは、オラの中には入れねぇんだ」
魔力を喰っているレッド・ドラゴンは、次々に上質の獲物に潜り込み、魔力を奪っていくのだろう。
そして、レッド・ドラゴンに入り込まれてしまった被害者は、レッド・ドラゴンの毒が残り、その後も永続的に魔力が枯渇してしまう。
それがクウゴの考えだ。
「オラたちを襲った魔術師たちの中に、レッド・ドラゴンは潜り込んでたに違ぇねぇ。でも、オラの【気】のデカさに驚いて、魔術師の身体から飛び出た。そして、そこに鉢合わせちまったエリに、入り込んだんだ」
「どうするの? エリの身体の中にはいってるドラゴンをどうやって倒すの?」
エマクオンが流石にそれではどうしようもないと、悔しそうな顔をした。
強敵と刃を交えてきたS級冒険者とて、このような手合いにはどうしようもない。
それはクウゴも同様だ。とんでもない力があろうと、まさか相手が細菌レベルの相手では、どうするべきか答えが出ない。
「……あの校長なら、いい知恵が出せるかもしれないワ」
「魔法学校のか? なんでだ?」
「あの人、例のウォーレンって魔術師のことを知ってたし、ドラゴン関係の知識もあるみたいだった。この鏡の仕組みを分かってたようだしネ」
ウモナの意見に、みんな、なるほどと頷く。
「魔力欠乏症の正体がドラゴンだって、クウゴから話してみたら、対抗策を考えてくれるかもしれない」
クウゴはその言葉に強く頷いた。レッド・ドラゴンを倒すのは勿論だが、エリを助けたかった。
そして、いよいよ強く思った。
強大な力を持っているだけでは、何もかもを救うような事はできないんだと。
それに気が付かせてくれたエリを、見捨てるつもりは全くなかった。
一同は連れ立って魔法学校に行くと、すぐさま校長への面会を求めた。
クウゴの剣幕に、受付の魔術師はすぐにデネブへと取り次いだ。
魔術書だらけの校長室にワープして、クウゴはこれまでのことをデネブに語った。
「ふむ……特殊なドラゴンが、身体に入って魔力を……か。とんでもない話だが、筋は通るね。確かにその魔法の鏡は、ドラゴン・ソウルの感応を表示させているようだが、ドラゴン・ソウルは人体に入ると、魔力反応が消えちまうんだ」
デネブは、かなりドラゴンに関する知識が詳しいようだ。少なくとも、この中の誰よりも知識が豊富だろう。
「お前たちが来るまでは、ドラゴンの可能性なんて考えもしなかったが……。まさか、人の体内に潜り込む極小ドラゴンがいようとは……」
「七色のドラゴンは、みんな特殊だって話だ。めちゃくちゃな力を持ってるもんだって、思い込んでたけど、『特殊』って意味がオラも分かった」
常軌を逸した存在であるというのは、想像もつかない姿をしている、という意味もあったのだろう。
クウゴも、デネブも、まさか病気の正体がドラゴンとは、直ぐには思いつかなかった。
「気になるのは、アンタたちの邪魔をした魔術師集団だね……。もしかすると、と思う連中に心当たりはあるが」
「……? なんか知ってんのか?」
「シントーワの冒険者を毛嫌いして、ドラゴン退治の邪魔をしたがっていたんだろう? だとしたら、旧ムアル=ダステム思想の連中かもしれん」
「旧ムアル=ダステムって……、昔シントーワと戦争して、負けたって連中か?」
「そうだ。今はここもシントーワの領地だが、戦争が済んで数百年過ぎても未だに遺恨を持つ旧家はある。純粋な魔力を持っていると自負している一族やもな」
そんな大昔の戦争の恨みつらみも代々に引き継いで、今もシントーワを疎ましく思う家系があるようだ。
「そ奴らは、今のムアル=ダステムの姿さえ快く思っておらん。もしかすると、奴らがドラゴンを利用し、魔力を奪ってムアル=ダステムの名を落とそうとしているのかもな」
「……そうか。でも、悪ィけどオラはそんなの、どうでもいいんだ」
デネブ校長の黒幕の話に頷きはしたが、クウゴははっきりと、そんなものには興味がないと言ってのけた。
そのクウゴに、デネブは少し目を丸くする。
「オラ、エリを助けてぇ。この国のいざこざは、おめぇらで何とかしてくれ。レッド・ドラゴン以外に倒したい奴はいねぇんだ」
「クーゴ……」
エマクオンが、クウゴの宣言に胸を突き動かされた。
エマクオンは、これまで自分に襲い掛かってくるものなら、問答無用で叩き潰すくらいのやり方を貫いてきたが、クウゴはあの魔術師達を歯牙にもかけていない。
クウゴは、純粋にドラゴン退治と、仲間を助けたいと願っているだけに過ぎない。
その姿が、本当に清々しく、エマクオンには格好良く見えた。
クウゴの考え方は、復讐を生まない戦い方なのだ。
「たのむ、オラの仲間を救いてぇんだ」
クウゴの必死な訴えに、デネブはじっと見つめ、椅子から立ち上がった。
「その赤い竜、細胞レベルの大きさだが、実力は並みのドラゴンを遥かに超えてるんだろう。お前に倒せるのかい?」
「ああ、オラがやらねぇで、誰がやるんだ」
「……面白いね。驕りたかぶった若造ってわけでもない。お前は、病気で苦しむ仲間の気持ちに寄り添ってる」
クウゴの内側を見透かしたデネブの言葉に、クウゴも自分で、はっとした。
そうか、これは自分が持っていた苦しみを、エリにも味わってほしくないと思っての熱意だったのかもしれない。
「だったら……試してみるかい? 秘術とされた魔法を、ね」
「秘術だって?」
ウモナがぴくりと耳を動かした。シーフの心を突く言葉だったし、なにか手だてがあるという事にも反応した。
「【ミニマム】さ……。身体を変化させる変性術のひとつ。肉体を小さくする魔法だよ」
「か、身体を小さくするなんてできんのか!?」
「ああ、その魔法で、その娘の体内に入り……、レッド・ドラゴンを見付け、倒すのだ」
魔法で身体をマイクロサイズにして、エリの体内に入る……。
そんなとんでもないことができるとは、クウゴは素直に驚いていた。
「普通の魔法使いなら、【ミニマム】を使ってもせいぜい掌に乗るネズミくらいまでしか小さくできないが……。私の秘術【ミニマム】ならば、極小レベルまで小さくできる。人の体内に入るのに、問題ないくらいにね」
「……分かった。それでオラを小さくしてくれ」
「ちょっとホンキ!? そんなに小さくなったら、何があるかわかったもんじゃないわ!?」
「それに……エリの中に入るなんて、エリにも影響があるかもしれない」
「もちろん、ある」
ばっさりと答えたのはデネブ本人だ。
「人の身体は神秘の造りをしている。その中に入り、レッド・ドラゴンと戦うのは、危険極まりない。お前も、その仲間もね。だから、お前はできうる限り、体内を傷つけず、闘わなければならんぞ」
「……」
クウゴはここにきて、初めて自分の力を恐ろしいと思った。
とんでもない力を持っている自分の【気】を細心の注意でコントロールしなければ、エリを救うどころか逆に彼女を傷つけ殺害してしまうかもしれないのだ。
「勝機はある。キロルの話にヒントがあった」
「……まさか、レッド・ドラゴンを体外に追い出して……?」
おそらく、レッド・ドラゴンは人の身体の中を住処にしているから、外には長い時間出てこれないのかもしれない。
だからこそ、鏡にはごく稀にしか、反応がなかったのだ。
布団を干して太陽光に当てると、殺菌作用があると聞いたことがある。
ひょっとすると、レッド・ドラゴンもそうかもしれない。いつの世も、大抵悪しき存在は太陽に弱かったりするものだ。
「オラの命に代えても、エリは助けて見せる」
「よく言った。覚悟はいいな」
デネブが杖を用意し、クウゴへと構えた。
魔法学校を束ねる長の、秘術が披露されるのだ。
「いいかい? この魔法は時限式で解ける。タイムリミットは一時間。その間にレッド・ドラゴンを倒し、体内から出ないと、娘の腹を破裂して元の大きさになるよ」
「分かった。わりぃみんな、小さくなったら、エリのところまで連れてってくれ」
「う、うん……」
緊張した顔で返事をしたウモナだったが、これはどれほど勝算のある作戦なのか分からない。
クウゴが全力で戦えるなら、レッド・ドラゴンなんか一瞬だろうが、今回はそう言うわけにもいかない。
クウゴが常日頃、自分の力を制御する修行をしているのを知ってはいるが、人の身体の中で戦うなんて、自分のことでもないのにぞっとする。
「では、行くぞ」
「おうっ」
デネブは詠唱を行い、杖の先に魔力を集めていく。
とんでもない魔力だった。エリの魔法をみたことがあったが、デネブのそれはまるで質が違う。
クウゴは、ゴクリと生唾を飲んだ。
「【ミニマム】!」
杖から閃光が走り、クウゴの身体を包み込んだ。
ピンクに似た光に包まれ、クウゴは徐々にその身体を小さくしていく……。
たちまち、クウゴの姿は目に見えないほどになった。
「ク、クーゴ……? いるの?」
迂闊に動いて踏み潰したらと思うと、エマクオンは動けなかった。
すると、プゥーン、とハエでも飛ぶかのような音と共に、なにかが耳元に止まった。
「聞こえっか? オラはいま、ここだぞ!」
鼓膜に響いた声に、エマクオンはぎょっとした。
どうやら、エマクオンの耳に、クウゴはいるようだ。
「さあ、いけ。時間はそう長くないぞ!」
校長の声に、全員ハッとした。
驚いている場合ではない。急いでエリのもとへ向かわなくてはならない。
エマクオンたちは、小さくなったクウゴを連れて、もう一度宿舎へと戻るのだった――。




