邪悪な予感
クウゴたちと別れた後、エリとウモナは魔力欠乏症になってしまった魔法使いのもとに話を聞きに行っていた。
発症した魔法使いたちは、以前訪ねた病院のグエンからリストを貰っていたので、そのリストから手当たり次第に当たっていった。
結果として分かったのは、すでに分かっている魔力の高い魔法使いが被害に遭っているという共通点だけだ。
「……でも、ここが逆に妙なのよね」
ウモナが魔力の高いものしか、魔力欠乏症にかかっていない点に関して、奇妙だと見解を述べた。
エリも、そこは同意する。
「作為的よね。『病気』なのに」
「そう。このやり口は、盗人と同じなのよ」
「え? どういう意味?」
「アタシらシーフって、盗む相手を選ぶとき、キッチリその対象のことを調べてから手を出すのが基本なの」
「貧乏人のサイフを盗んでも、儲けにならないから?」
「そう。だから、盗みをする相手はしっかりと見極めて狙う。この……病原菌って言っていいか分からないけど、ウィルスも魔力を持っている人間を『選んで』襲ってるって思えるのヨ」
そんなことがあるのだろうか。魔力欠乏症の病気は、獲物を狙って発症している。
まるで、感染源に明確な意思があるようだ。
「……そもそも魔力欠乏症は、人には感染しないはずの病気だったはず。なら……、やっぱりこれはウィルスが犯人じゃないかもしれない。真犯人がいるはずよ」
ウモナの推理は、突拍子もない話にも思えるが、否定はできないものだった。
「じゃあ、発症した人たちは、その犯人に会ってるんじゃない?」
「……でも、特にそういう怪しい人物の話はなかった」
そこで二人はまた腕を組む。まだ何かヒントが足りないのだろう。
「もし、本当にウィルスが、魔力が高い人間を狙っているとしたら、そういう人間を見張っていたら、なにかヒントを見つけられるかもしれないわ」
ウモナはそういう提案をしたが、エリは首を横に振った。
「ここは魔法学校よ? 魔力の高い人間なんてゴロゴロいるわ。誰かに絞るなんて無理よ」
「……アラ、いい案だと思ったんだけど……」
その時だ。どこからか、激しい爆発音がした。
エリとウモナは弾かれたように、周囲を見回す。
「なに?!」
「分からないけど、音は向こうからしたわネ」
「行ってみましょう」
エリとウモナは駆け出す。
どうやら、爆発音は町の奥まったところから発生したようだ。
音のした方に目を向けると、粉塵があがっていた。
「誰かが破壊魔法を使ったのよ!」
エリはその様子を見て、原因が何者かが破壊魔法で攻撃をしたことによるものだと判断した。
町はざわついていて、誰もがその粉塵のほうをみているものの、動き出すような人間はいない。
結構な騒ぎのはずなのに、自分におおよそ関係がないことには、無関心な様子だった。
魔法使いや錬金術師特有の、自分の研究以外には興味を向けない性格によるものかもしれない。
エリとウモナは、その騒ぎのあった方に向かうと、続いてビリビリと空気が振動するような凄まじい波動が感じ取れた。
「うっ……! こ、これは……!?」
「クーゴの【気】だわ!」
エリは、以前【気】の修行の時に受けたクウゴの感触を、その波動に感じ取り、この原因がクウゴにあると察知した。
もしかするとレッド・ドラゴンを見付けたのかもしれない。
急ぎそっちへと駆け出していくと、通路の角から飛び出して来たクウゴと鉢合わせする。
「ク、クーゴ!」
「エリっ!?」
両者とも慌てていて、何事なのかと問いただす。
「ど、どうしたのよ、クーゴ! この騒ぎ……」
「話はあとだ! レッド・ドラゴンの反応があったんだ! キロル、どっちにいった!?」
クウゴの声に、キロルは持っていた鏡を確認する。
「だめ、消えちゃった!」
「に、逃がしたか……」
キロルの持つ鏡には、またぼんやりとした赤い光だけになっている。
「ちょ、ちょっとまって。レッド・ドラゴンが居たの?」
「ああ、鏡に反応があったんだ。それを追ってこっちまで来てたのに、また消えちまったみてぇだ」
クウゴが悔しそうに奥歯を噛みしめる。
エリはキロルから、鏡を受け取ると、もう一度光を確認するが、赤い光が鏡面全体から淡く零れるだけの状態になってしまっている。
雲隠れしたレッド・ドラゴンの状態に、戻ってしまったということか。
「……でも、アタシたち、向こうからこっちに来たけど、ドラゴンなんてまるで見かけなかったわ」
ウモナの言葉に、エリも同意する。
レッド・ドラゴンなんて存在が居たのなら、すぐに気が付くはずだ。
「ボクたちも、鏡の赤い丸を追って来ただけで、ドラゴンの姿は見てないんだ」
エマクオンも奇妙な状況に、怪訝な顔をしていた。
「……どこに消えちまったんだ?」
「そもそも、本当に赤い竜なんているの? この町にきて、ドラゴンの目撃情報なんてまったくないのよ? 私たちがいると思い込んでるのは、鏡の反応を信じてのものなのに」
エリが鏡を怪しんで覗き込んでいた。
この鏡自体が壊れてしまっているのではないか、そんな風に考えてしまう。
「ところで、ボクたち、変な魔術師の集団に襲われたんだけど、そいつらは見てない?」
「えっ、どうかな。魔術師ってどんな人たち?」
「真っ黒なローブを着込んでて胡散臭い感じの」
「……うーん」
そう言われても、この町の人間はほとんどそういう服装の人間ばかりだ。見かけたと言えば見かけたし、見かけていないと言えば見かけていない。
木を隠すには森の中、ということだろうか。
「あいつら、シントーワから来たオラたちを邪魔みてぇに思ってる感じだったぞ」
「……それってつまり、ドラゴン退治のミッションを受けた冒険者がいると、迷惑になるってこと?」
「ますますキナ臭くなってきたわネ。何が起こってるの、この町で……」
クウゴとエリは、そこでとりあえず、現状の見解を述べ合った。
ドラゴン退治が邪魔に思う魔術師たちがいること、レッド・ドラゴンの反応があったがすぐ消えたこと。
そして、魔力欠乏症になにか作為的なものがあること、だ。
陰謀の影が濃厚になって来た魔法学校の町で、クウゴたちは厄介なことに巻き込まれてきたと、緊張を走らせた。
一同は魔術師集団に襲われたことを考慮して、二つの班のメンバーを変えることにした。
クウゴと、ウモナ、キロル。そして、エリとエマクオンだ。
クウゴとエマクオンならば、そんじょそこらの魔術師が束になってかかって来ても相手にならないから、戦力的にこう分けるのが一番だということになった。
そうしてもう一度、町のことを調べていく。
今度は、あの奇妙な魔術師集団のことを含め調査を行った、しかし、結局その日、大した情報は獲得できなかった……。
クウゴたちは、寮である宿舎に戻り、明日はもう一度、捜査をしようと話し合って、休むことにした。
――そして、翌朝のことだ。
とんでもない自体に陥ることになったのだ。
「……うそ、でしょ?」
朝、目覚めたエリは、自分のステータスを確認して、愕然としていた。
MPゼロ――。
エリは魔力欠乏症にかかってしまったのだ。
「どうして……? 患者たちに聞き込みに回ったから? 私も発症したの……?」
どれだけ魔法を繰り出そうとしても、まったくその力を具現化できない。
魔力が塵ほども、体の中に感じ取れないのだ。
高い魔力を持つ存在が、発症する。
それはエリとて例外ではなかったらしい。
エリは、天性の魔術の素養があったため、ある意味最上級の魔法使いになる可能性を秘めていた。
そんな彼女の魔力は、高水準のものだっただろう。
だが、まさか、この町に来てたった二日だ。
そんな早さで魔力欠乏症になってしまったのは、おかしすぎる。
「エリ、どうしたんだ? もう起きてんのか?」
クウゴが、朝になっても顔をみせないエリを気遣って、部屋に訊ねてきたようだ。
エリは、クウゴを招き入れると、表情を取り繕うことさえできずに、くずおれた。
「え、エリ……? 何かあったのか?」
「私の、魔力が……消えちゃった」
あまりに突然すぎて、どこか他人事のようにさえ思える。
ぽつりと零したエリの言葉に、クウゴは表情を固めてしまった。
「魔力欠乏症にかかっちまったのか?」
「多分……」
「……こんなの病気じゃねえ」
「……え?」
クウゴは、エリのことでいよいよ確信を持った。
この魔法学校周辺で発祥している魔力欠乏症は、病気ではない、と。
心臓病で死んでしまったクウゴには、そのことがよく分かる。
仮に感染症だとしても、病原菌の潜伏期間から発症までが短すぎる。
即効性の病原菌だということになる。
それはもう、病原菌というより、『毒』だ。
そして、クウゴの頭の中で、急速に一つの仮説が浮かび上がる。
「そ、そうか……どおりでレッド・ドラゴンが見つからねぇわけだ……!」
「クーゴ……? なにか分かったの?」
「ああ、多分な」
クウゴは、蒼い顔をしているエリに真剣な顔をして、その肩を掴んだ。
「レッド・ドラゴンは、この町に居る。そして、鏡に反応があったりなかったり、すぐに消える。そして魔力欠乏症。昨日の出来事、オラとエリが鉢合わせたこと……。どう考えても、オラにはこうとしか思えねぇ」
「…………」
「レッド・ドラゴンは、見えないんじゃねえ。そこに居たけど、気が付かなかったんだ」
「どういうこと……?」
「赤い竜は、小さすぎて気が付かなかった。普段は、人の身体の中に入り込んでるから、鏡にもはっきりと反応しねえんだ」
クウゴのその言葉に、エリはいよいよぞっとした。
発狂しそうになって、叫びそうになったが、肩をしっかりと捕まえているクウゴの力強さがあったから、それをなんとか堪えることができた。
「まさか……」
「ああ、レッド・ドラゴンは、細菌みてえにちいせえんだ。そして、それは人の身体の中に入って、魔力を喰う。そして魔力欠乏症になっちまうんだ」
つまり、いまレッド・ドラゴンは……。
「おめえの身体の中にいるかもしれねぇ、エリ」
がくり、とエリはショックで意識を手放した――。




