ムアル=ダステム魔法学校
「ここがムアル=ダステム魔法学校……」
口をぽかんと開けて見上げているクウゴたちは、その魔法学校の広大さに驚愕していた。
学校というので、てっきり高校……大きくても大学くらいのものかと思ったが、ムアル=ダステムはひとつの大きな都市だった。
シントーワに勝るとも劣らない広さであり、町の中央に、城ではなく、学び舎らしき巨大な塔が建っていた。
「エリ、鏡に反応は?」
「……これみて」
エリがドラゴンの鏡を取り出し、一同にその鏡面を見せた。
なんと、鏡がぼんやりと赤く光っている。一つの光点を指し示すのではなく、全体が、淡い赤で光っているのだ。
「こんな反応見たことない。多分、ここにレッド・ドラゴンがいるんじゃないかとは思うけど、妙だわ」
「……クーゴの【気】でも察知できないの? 強い【気】があったら、それがドラゴンかもしれないワ」
ウモナの提案はもっともなのだが、クウゴも奇妙な気配を感じはするのだが、それがどこからかなのか、さっぱりつかめない。
エリの見せた鏡と似たような感じだった。
「じゃあ、冒険者の基本行動にしよ」
「基本行動?」
エマクオンが小さく頷いた。
「情報集め、聞き込みだよ。レッド・ドラゴンを見かけてる人がいないか調べよう」
「なるほど、そうだな。凶悪なドラゴンだし、いたら誰かが見かけてんだろ」
クウゴたちはその意見に同意し、情報集めのために、ギルドへと赴くことにした。
ムアル=ダステム魔法学校。そこは一つの大きな町を形作っていて、宿屋や武具や、ギルドもあるらしい。
学園都市、というものがしっくりくるだろうか。
「わああ! すごいねえ! お洋服のお店はどこかなあ?」
「キロル、洋服はまた今度、今回はお仕事に来てんだからネ」
通りに並ぶ店構えに、キラキラと瞳を輝かせるキロルは、どこからどう見ても、生きている八歳の美少女だ。
だが、その姿はメタモルモンスターに憑依した、亡霊のキロルで、あの身体はミミックなのだから驚きだ。
キロルはこんなに大きな町に来たのは初めてらしく、大はしゃぎだったが、ウモナが母親みたいに、ぴしゃりと注意して、一行はムアル=ダステムの大通りを進んでいく。
ムアル=ダステムは魔法学校というだけあって、魔法に関する店が多く目につく。
杖や書物を扱う店、奇妙なマジックアイテムを販売している店、それから学徒たちが利用すると思しき、寮なんかが多い。
通りを歩くのは、ほとんど魔法使いばかりだった。
魔法使いは、基本的に妖しい装備を身に着けるので、ある意味、ハロウィンの仮装みたいな光景が目につく。
やがて、クウゴたちはギルドへと顔を出した。
冒険者ギルドは、シントーワのギルドとほとんど造りは同じだ。
カウンターがあって、クエストボードがある。
奥には測定珠の部屋もきちんとある様子だ。
シントーワと様子が違っているのは、冒険者が少ないことだ。ギルドの中はなんだか、がらんとしていた。
「いらっしゃい。冒険者さんね、ここは初めて?」
カウンターの女性は眼鏡をかけていて、大人びて見えた。
「シントーワから旅してきたんだ」
「へえ? ……あら、その勲章……、シントーワ国王のミッションを受けた冒険者ね?」
クウゴが胸に付けていた勲章を見付け、受付嬢は眼鏡を持ち上げる。
地位的にはお墨付きのA級冒険者というところにはいるので、クウゴたちは一目置かれる立場になる。
「オラたち、ドラゴン退治のミッションを受けてるんだけど、この辺でドラゴンを見かけたって話はねえか?」
本当はドラゴン退治ではなく、偵察任務だが、そこは方便だ。
どのみち倒すのだから、ドラゴン退治のほうが分かりやすい。
「ドラゴン……、特にそういう話は来てないわねぇ」
受付嬢は、カウンターから書類を取り出し、色々と見て調べているようだが、ドラゴンに関する話はまるでないらしい。
ドラゴンの話なんかが入っていたら、そもそも、こんなに調べずとも、巷で騒ぎになっているから、やはりドラゴンの目撃例などないということだろうか。
「じゃあ、なんでもいいから噂とかないか? 最近あった事件とか」
「……それはもう、一つしかないわ。魔力欠乏症は流行ってることよ」
「魔力欠乏症? 病気か?」
クウゴは魔力が元々ないので、ピンとこなかったが、エリはクウゴの疑問に頷き説明してくれた。
「魔力欠乏症は、人の中にある魔力がなくなってしまう病気ね。百人に一人発症するくらいの病気だけど、流行るなんてこと初めて聞いたわ」
「生まれながらに魔力を持たない人は、この魔力欠乏症ということになってるけど、後天的にそうなるケースもあるワ。お姉ちゃんの受け売りだけど」
ウモナも聞いたことはあるらしい。確かウモナの姉はそれなりの実力を持った魔法使いだったと聞いた。
そういう病気自体は昔からあるし、それに関してはどうしようもないことなので、魔力のない人間は魔石などに込められた魔力を用いながら、生活をしているのだそうだ。
しかし、それは感染性の病気ではないというのが一般的な見解らしく、流行る、というのは奇妙だとエリは言った。
「世界中の魔法使いが集まってくるこのムアル=ダステムで、魔力欠乏症の流行って……、キナ臭いわ」
「よし、その病気に関して調べてみっか……。もしかしたら、ドラゴンと関係してるかもしれねぇ」
一行はここでの目的を決めると、更なる情報集めに動き出した。
「それなら、まずは病院に行ってみましょうか」
「病院?」
ウモナの提案に、クウゴは眉をひそめた。
転生前のことがあって、クウゴは少し病院に関しては神経質なところがあった。
あんまり、好きな場所ではないのだ。
「魔力欠乏症のこと、医者から聞いておくべきじゃないの」
「そ、それもそうか」
「なに、クーゴ。病院が苦手なの? 子供みたいネ」
からかってくるウモナに、ぐうの音も出ない。
妖しい微笑を浮かべて、少しSっ気のある目を向けてくるウモナは、クウゴの弱点を見付けて、なんだか嬉しそうだった。
「ハチャメチャに強い人でも、弱点ってあるものなのネ。今度、お医者さんゴッコ、してあげちゃおうカナ❤」
「か、勘弁してくれ。オラ、病院にはいい思い出がねぇんだからよぅ」
「あはは、ゴメン。なんかちょっとホッとしたの」
ウモナが明るく笑った。
なぜ安心をしたのか、彼女は語らなかったが、エマクオンはその様子を見ていて、察するものがあった。
きっとウモナは、劣等感のような、引け目を持っている。
この中では一番の年長だし、なんだかんだで色々なことを気にするタイプの女性だ。
クウゴの並外れた力を頼りにしているものの、クウゴは年下だ。そんな彼に、姉の仇の件で縋ることが、きっと気にしていたのかもしれない。
しかし、クウゴの弱点を知ったことで、気持ちが少し楽になったようだ。
この感覚は、男性のクウゴにはきっと理解できないだろう。女が持つ、自意識のプライドは、色々とあるものだ。
おそらく、ウモナはクウゴの母親のような存在に自分を置いておきたいのかもしれない。
結局、それから一同は病院にやってきた。
病院とは言うが、現代の病院と随分雰囲気は違う。
奇妙な薬が並び、錬金術師たちが薬品の合成を行っていた。薬剤師のようなものだろう。
どこかの実験施設みたいな光景が広がる病院は、クウゴの苦手にしていた病院とはかけ離れていて、特に臆することもなくなった。
病院の玄関口に入ると、受付らしき白衣を着た女性がやってくる。
「御用は?」
「あ、ええと。オラたち、こういうもんだ」
まるで警察手帳をみせるように、国から渡された勲章を見せる。
それで色々と身分が証明されるので楽だった。
「魔力欠乏症の話を聞きたいんですが」
ウモナが要件を伝えると、白衣の女性は小さく頷き、「こちらへ」と一行を案内してくれた。
変な薬品の匂いが充満する研究所じみた病院は、奥に扉がいくつかある。どうもそこが診察室のようだ。
「先生。冒険者が御用だそうです。魔力欠乏症に関してのお話を希望されてます」
「どうぞ」
扉の奥から男の声がした。
白衣の女性が扉を開き、クウゴたちを中に入れる。
部屋は小さな個室だったが、ベッドや色々な器具があった。そして机の前に白衣の男が腰かけていた。
なかなか見た目がいい、青年だった。
ブルーの髪を短くしていて、理知的な目をしてこちらを見ていた。
「オッス。オラ、クウゴ。わりぃな、忙しいとこ」
「構いませんよ。私はグエンと申します。魔力欠乏症の話を聞きたいそうですが、お仲間の誰かが発症しましたか?」
そう言うと、グエンはエリに視線を向けた。
エリは少し緊張した様子で背筋を伸ばす。
「えと……、ウモナ、話してもらっていいか? オラじゃきちんと説明できねえや」
病気に関する知識や常識が欠けているクウゴでは、グエンとどう話を進めていいか分からない。
ここは【話術】の技能もあるウモナが適任だろうと、クウゴは身を退いた。
「魔力欠乏症が流行ってるって、本当なのかしら?」
「はい。奇妙なことですが、ここ数か月、患者は数を増しています。それも優秀な魔法使いばかりが発症しています」
「魔法学校の生徒や、教師ってことかしら?」
「その通り。成績優秀な生徒、実力のある教師など、強い魔力を持つものが、惜しいことにその魔力を失ってしまっています」
グエンは、淡々とした口調で語った。
先ほどの白衣の女性もだが、錬金術師という生業の人間たちは、こういう手合いが多い。
人間味が欠けていて、話していると妙に緊張する。
「感染症ではないと聞いていたんだけど、違ったの?」
「ほう、博識ですね。その通り、魔力欠乏症は感染しないはずでした」
「……でも、広まり始めている……。なぜかしら? 研究はしてるんでしょう?」
「まだ、その原因は不明です。研究はしていますが……、発症した人々の話を聞いても、気がついたら魔力がなくなっていた、という証言ばかりですので、原因探しに手を焼いてます」
眉一つ動かさず、グエンは薄い唇を動かしながら語った。
「魔力欠乏症は、不治の病で治療できないって話だけど、患者たちはもう魔力を取り戻せないの?」
「現在の医療技術では、魔力欠乏症の治療は不可能です。神秘学を司る、僧侶の回復魔法でも、不可能のようですしね」
神の奇跡さえ通用しない病気、それが魔力欠乏症。
なかなかに厄介な病気だろう。
魔力がなくなっても生きていくことはできるようだが、この世界の人間は大半が魔力をもっているようだし、それがなくなってしまうのは、ショックが大きいのかもしれない。
周りのみんなは当然にできることが、自分には出来ない。
その歯がゆさは、クウゴが誰よりも分かっている。
クウゴは、この病気の治療法が見つかることを祈るばかりだが、現状グエンの話だけでは、魔力欠乏症の原因もつかめない。
ドラゴンの話もまるで出てこない。
このムアル=ダステムで何が起こっているのか――。不気味な気配が蠢いているように思えてならない。
結局、クウゴたちは有益な情報を得られないまま、病院から出ることになった。
「ダメね……、もっと別の切り口から調べたほうがいいカモ」
「別のって言われても……」
「……」
エマクオンは病院から出た後、なにやら考え込んで口数が減っていた。
「どうしたんだ、エマクオン。腹でも減ったのか?」
「……毒……かもしれないって思って」
「毒?」
エマクオンの発言に、一同はおうむ返しになった。
「ボク、以前ドラゴンを退治したって話したよね。毒竜ニズヘグ」
「ああ、それでSランクになったんだよな?」
「毒竜ニズヘグは、その名の通り、毒を持ってるドラゴンだった。マヒの毒で身体を動けなくして、ジワジワ攻撃してくるイヤなヤツ」
それをソロで倒したというから、エマクオンが偉大に見えてくる。
しかし、論点はそこではないようだ。
「もし、この魔力欠乏症が、レッド・ドラゴンの仕業としたら、毒かもしれないよ」
「魔力を奪う毒があるのか?」
「それは分からない。そうかもしれないって想像を話しただけ」
クウゴは腕を組む。エマクオンの想像の話だったが、少し頷ける気もする。
七色のドラゴンは、通常のドラゴンよりもとんでもない力をもっているのだとか。
だとしたら、レッド・ドラゴンは人の魔力に影響を与える毒をまき散らしているのかもしれない。
もしそうなら、レッド・ドラゴンからワクチンを作れるかもしれない。
「みんな、難しいこと話してるけど、私たち、ドラゴン捜しに来たんだよね?」
「え、えぇ、そうよ」
「じゃあ、病気のことよりドラゴン捜そうよ?」
キロルの発言は、ある意味核心を付いている。
そもそも、今回の魔力欠乏症の話とドラゴンの関連性も曖昧なのだから。
「でもドラゴンの情報も何も……」
「えー? ドラゴンの情報ならひとつあるじゃない」
「え……?」
キロルに視線が釘付けになった。
「凄いドラゴンは七つの色をしてるんでしょ? それで今回はレッド。赤いものを探せばいいじゃない」
ぽかん、と一同は目から鱗が落ちた。
子供らしい純粋な発想に、クウゴたちはまた考えを改めていく。
「そうだ。キロルの言う通りだ。オラたちは、ドラゴンを見付けに来たんだ。赤いドラゴンを」
姿が見えないしレーダーは曖昧だ。
しかし、それでもひとつだけブレてないものがある。
それは目標が赤いモノだということだ。レーダーもそれを示すかのように赤く光っているのだから。
「赤いものを探す……って……」
「あれー!」
そう言って無邪気な声で指をさしたキロルは、このムアル=ダステムの中央にそびえる塔を示した。
それはこのムアル=ダステム魔法学校の本体とも言える、魔法使いたちの塔である。
そこで魔法を習得したり、新魔法を開発したりと行っているのだそうだ。
その魔法学校のシンボルが、真っ赤なリボンの形をしていた。
リボンが好きなキロルが見付けたそれは、レッド。
レッドなリボンの、タワーだった――。




