君の瞳に虹がかかる
その日はどうにも忙しくなった。キロルのために、ドレスとリボンを買って戻って来たばかりではあったが、ゆっくりなんてできなかった。
天気も良く、洗濯をするのには丁度いいということで、館の掃除が本格的に行われたのだ。
エリが指揮官となって、館の各部屋の掃除を行い始めた。
布団干し、埃を叩き、炊事場を整え、風呂を磨く。
これをエマクオン、ウモナ、キロルも加えた四名で行い、空を飛べるクウゴは足りないものを買い出しに行くという分担になった。
目まぐるしい大掃除によって、幽霊屋敷はその姿を美しく整えられていく。
不気味な森の洋館という雰囲気から、森の奥のヒミツの御屋敷、という程度にはマイルドになっただろうか。
クウゴは予定通り、ここを自分たちの隠れ家として利用することを本格的に提案し、キロルにここに住んでもいいかと訊くと、寧ろずっと居てほしいとお願いされてしまった。
こうして、奇妙な幽霊少女も仲間に加わり、クウゴたちはついに拠点を手に入れたのだ。
ここは人もやってこない。
一番近い町『リィンベル』で、この森の話を聞くと、ここはかつて魔女が住んでいた森で、人を惑わせる幻覚魔法がかけられていると伝えられていた。
森に入れば、確かにどこも似たような景色になるし、方向感覚が失われる。そのせいで、森に入った人間は二度と出てこれないなんて噂が流れているそうだ。
クウゴは「しめた!」と思っていた。
森の中に館があることさえ知らないようなリィンベルの住人たちは、そもそも森には近づかないと言っている。
最高の隠れ家だった。森の中にいる魔獣は確かに凶悪なのだが、クウゴからすれば敵にはならないし、人払いをしてくれる。
いつか、この異世界でスローライフを楽しみたい。
そんな風に思っていたクウゴにとって、ここはその夢を叶える最高の館。
自分の家だった。
「夢のマイホーム……!」
あとは、この世界を平和にするだけだ。
ドラゴンを倒し、人知れずここでのんびりと暮らす。
最高だと思った。
エリたちもなんだかんだ言いながら、ここに住むことを喜んでいる様子だった。
この世界に転生してきたときは、自分の力のとんでもなさに、この世界に馴染んでいけるのかと不安になったが、今は仲間がいる。
世界観に合わない自分でも、この異世界は自分を受け入れてくれているように思った。
買い出しを済ませて戻って来たクウゴは、三階の窓から見えたエリに手を振った。
「おーい! メシの材料買って来たぞー!」
「あ、クーゴ! おかえりなさい! 下にウモナがいるから、お昼ご飯作ってもらってー!」
「分かった!」
地上に降り、一階から配膳室にいくとウモナが厨房を綺麗に磨き上げていた。
立派なキッチンで、ここなら美味しい料理が作れそうだ。
「おかえり、クーゴ。買い出しご苦労様❤」
くねくねとわざとらしく腰を振って、新妻みたいなことを言うウモナに、食材を手渡し、クウゴは呆れた顔をする。
「おめえ、料理できるのか?」
「あら、心外ね。その頬、落としてやろうかしら」
「オラ、世界が平和になったら、この世界のうめぇもんを食べまくりてぇなって思ってたから、期待はデカいぞ」
「ふふ、望むところよ。世界中回って帰って来たとき、ウモナの手料理が一番ウマいって言わせてあげるワ♪」
その自信満々の言葉に、クウゴは面白くなって笑った。
ウモナも、朗らかに笑みを浮かべていた。彼女のなかの母性をみたような気がした。
きっとウモナは良い母親になると思った。
「エマクオンはどうしてんだ?」
「ああ、あの子は薪になる木材を探すって言って森に入っていったわ。危ない森だとは思ったけど、あの子一人の方が安全っていうから」
双刃のベルセルクが顔を出したのかもしれない。
エマクオンの実力なら、森の中で魔獣に襲われても大丈夫だろう。むしろ仲間がいると、めちゃくちゃに振り回す二刀剣技で傷つけてしまうかもしれないから、彼女は一人で森に行ったのだろう。
「じゃあ、オラ迎えに行ってくる」
「お願いね」
早速調理にはいるのか、包丁とまな板を取り出し、クウゴの買って来た食材を物色し始めたウモナ。
クウゴは厨房から離れ、エマクオンを探しに行くことにし、玄関ホールまで行くと、そこには新品のドレスとリボンを身につけたキロルがいた。
「クーゴ! ねえ、遊ぼう? エリもウモナも掃除で大変だって言って、遊んでくれないの!」
「そりゃ、仕方ねぇよ。こんだけ大きな館だからなぁ。キロルもお手伝いをしてくれたら、またなんか、買って来てやってもいいぞ?」
「えーっ! ほんとに!? じゃあ私も掃除頑張るー!」
つい、キロルの愛らしさにそんな約束をしてしまった。
これではエリたちに、キロルをあまやかすなと怒られてしまうような気もするが、光を散らすようなキロルの笑顔に敵わない。
「三階にエリが居たから、手伝ってやってくれ」
「はーい♪」
無邪気な笑顔で上の階に上がっていくキロルは、親のお手伝いをする娘みたいな姿だった。
その後ろ姿を眺め、クウゴは胸がほっこりとする。
そして、玄関から庭にでると、森の奥から小枝を抱えて戻ってくるエマクオンを見付けた。
「よう、お帰り」
「ただいま。この森、なかなか興味深い」
「なんか変なモンスターがいたのか?」
「樹のモンスター、トレントが居た。だから、樹にメジルシをつけても無駄。樹が動くから」
「迷子だけは気を付けねぇとなぁ」
なるほど、迷いの森の正体が分かった。
樹自体が歩いて動き回るのでは、普通にこの森に入りこんだら迷うこと請け合いだろう。
「もし、迷子になったら、【気】で迎えに来てね」
確かに、クウゴが人の【気】を感じ取れるから、もし迷子になろうとも、迎えに行くことはできる。
エマクオンが、クウゴにお願いをする姿が、なんとも微笑ましかった。
「……なんか、ニコニコしてるね。いいことあった?」
「え? ああ、いや……。なんか、家族みてぇだなって思って」
「家族……?」
エリが「おかえりなさい」と言って洗濯中に手を振って、ご飯の支度をするウモナが挑発的にからかってくる。
小さなキロルは、まるで自分の娘みたいに甘えてくるし、出かけたエマクオンに、「おかえり」と自分が言ったことが、胸を温めていた。
「家族か……、いいね」
エマクオンも、小さな声でではあったが、くすぐったそうに言った。
どうやら、エマクオンも家庭を持ちたいと思っているようだと、クウゴはその時気が付いた。
まさか、彼女が自分に処女を捧げたいと思っているなんてことは、想像もしてないが。
――人並みの、なんでもない幸せ……。
それを、今、クウゴは感じていた。
それが欲しいとずっと願っていた昔の自分は、こんな生活を思い描いていた。
真っ白なベッドの上、寝たきりのまま、大人になれずに死ぬのだと悲しく思った。
悔しくて怖かった、どうして自分には普通の楽しみさえ与えられなかったのだろうと、苛立って、心臓病の苦しみに泣いた。
こういうものが、欲しかった。
ずっとずっと求めていたのだと、今改めて実感していた。
自分の居場所。それを、こんな異世界で感じられるだなんて、あのころは想像もしなかった。
「でも、まだ世界は平和じゃねえからな。のんびりはしてらんねえか」
空を見上げると、気持ちいいほど青空が澄みきっている。眺めているだけで勇気が湧いてきそうな空だ。
とても、この世界に狂暴なドラゴンがいるなんて信じられない。
だが、今もどこかでドラゴンに苦しむ人々がいるのだろう。
そして、それを倒すことのできる自分には、やらなければならない責任のようなものがある。
誰かから、指図されたわけではない。
それは、自分の中の正義漢からなのか、なんなのかは分からない。
クウゴはきっと、この世界が好きなんだと思った。
この世界から、悲しみを消したいのかもしれない。
だから、この世界を混沌に貶めるドラゴンを倒したいと思った。
たぶん、それだけの理由だ。
英雄になりたいんじゃないという気持ちは、そんな単純な感情から吐き出された言葉なのだろう。
クウゴはエマクオンの抱える薪を受け取ると、一緒に館に戻っていく。
これで風呂も沸かせるだろうし、暖炉も使えるだろう。
それから、部屋の中で補強が必要なところを、添え木したりして立て直していった。
やがて、いい香りがしてお腹の虫が鳴りだすと、クウゴは真っ先に食堂に向かった。
椅子に腰かけ待っていると、キロルが傍にやってきて、クウゴの膝の上に座った。
幽霊なので、まるで重さなんて感じないし、肉体の温かさも感じない。
それでもクウゴは、安らぎに似たものが心を満たすのを感じていた。
ウモナが配膳する料理の数々は、涎が止められないほど美味しそうに見えた。
彼女の言葉は確かな腕から出たものだったと感心した。
「どう? 美味しそうでしょ?」
「御見それしました」
テーブルに並ぶ料理の数々は、色鮮やかで香ばしい。
つい、つまみ食いをしようとしたところを、いつの間にかやってきていたエマクオンが素早くはたき、注意した。
「みんな揃ってから」
エマクオンはそう言うと、席について、自分も涎を垂らし始めた。
ウモナが上の階に呼び掛ける。
「エリー! 早くしないと先に食べちゃうわよー!」
「ちょっとまって、すぐ行くー!」
そんなやり取りをして、とたとたと階段を駆け下りてくる音が聞こえてくる――。
エリが食堂に入ってきて、笑顔をみせた。
クウゴは、どきりと心臓をひとつ鳴らした。エリを見ていると、なぜだか体温が上がるようだ。
エリは自分の席に腰を下ろし、ぱちんと手を叩く。
「おまたせ~!」
「これでみんな揃ったな」
「なんか、クーゴ。上機嫌?」
エリが、パープルの瞳をクウゴに向けて覗き込んで来た。
「う……っ、オラ、そんなに顔に出やすいのか?」
「出やすいっていうより、丸出しだよ?」
エリがクスクス笑った。エマクオンも、ウモナも頷いている。
「嬉しいことは、教えあった方がいいよ!」
キロルがそう言って、結わえたリボンをピコピコさせる。
「キロルの言う通りね」
エリはそう言うと、にっこりと笑顔をキロルに向けた。
「それで、クーゴ? なにがそんなに楽しいのかなー?」
「や、やめてくれよ恥ずかしいぞ……」
むず痒くなって、クウゴは口ごもってしまった。耳たぶまで赤くしてしまって、確かに、これは『丸出し』だなと自覚する。
「ほらほら、話しはそこまでにして、食べるよ」
ウモナが助け舟を出した。
「それもそうね。へえ……美味しそうじゃないの! ウモナがつくったんだよね?」
「そうよ? 少しは見直しなさいヨ」
食卓に座る仲間たちを見て、クウゴは今、『異世界生活』を始めたのだと実感した。
これから先、ドラゴン退治に、王国の闇など、色々と立ちふさがる問題もあるだろう。
だが、今は目の前にある幸せを味わってはいけない理由にはならない。
クウゴは今、確かに自分の夢をひとつ掴んだと実感していた。
七竜玉を揃え、虹のドラゴンを呼び出せば願いが叶う――。
そんな伝説もあるのかもしれないが、そんなもの頼らずとも、願いはクウゴのなかで叶えられていた。
クウゴの瞳には、もう、すでに虹がかかっていた。
クウゴは、美味しい料理を口にして、その味以上に素敵なものを堪能しながら、ひとまずの異世界冒険に休息を入れるのだった――。
◆◇◆◇◆ 一章終幕 ◆◇◆◇◆
主要メンバーがそろったところで、所謂一巻が終わり、みたいな感じにしました。
いかがだったでしょうか、本作。
需要があるなら続けるのもいいかとは思うのですが、いかんせんパロディすぎて、これを描き続けるのはありかなしか、よく分からないです。
予定としてはレッドドラゴンを倒すための冒険を二幕として描くつもりではありますが……。
皆さんの反応次第ですかね……。




