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幽霊美少女キロルちゃん

 ついに目の前に現れた幽霊少女。

 彼女は、キロルの姿を形作り、その髪にエマクオンのリボンを結わえていた。


「ボクのリボンを、返せ!」

 エマクオンが今にも飛び掛からん勢いで怒鳴りつけた。これだけ感情を露にしているエマクオンは見たことがない。


「タチサレ」

「立ち去ってもいいけど、そのリボンは返してくれねぇか? 大事な仲間のものなんだ」

 キロルの亡霊に、クウゴは冷静に対応しようと訴えかけた。


「……デモ、コレ、カワイイシ……」

 途端、不気味な幽霊と思われたキロルは、子供みたいな我儘を言ったので、クウゴはずっこけそうになった。


「お、おめぇのリボンはそこに落ちてる水色のリボンじゃねえのか? エマクオンのリボンは返してくれよ」

「モウ、ボロボロダカラ、アタラシイノ、ホシイ」

「……ちっさな女の子そのまんまって感じね……」

 エリも半ば呆れ気味の声を出して、ジトリと汗を垂らした。


「あー……、だったら、別のリボンを持ってくるから、そのエマクオンのやつは返してくれねぇかなあ?」

「エッ、ホント!?」


 ぱぁっと笑顔を浮かばせたキロルに、完全に拍子抜けになった一行は、いつしか魔法陣を壊すという考えも吹き飛んでいた。


「ジャア、コレ、返スネ。ゴメンネ、オ姉チャン」

 そういうと、キロルはあっさりとリボンを解き、エマクオンに手渡すと、素直にお辞儀までしたのである。

 さっきまで怒っていたエマクオンも、そうなると、もう何も言えずリボンを受け取り、唖然としていた。


「ね、ねぇ? エマクオンを裸にしたのはあなたよね? ど、どうしてそんなことしたの?」

「ワタシ、オ洋服、好キダカラ着タコトナイノハ、一度ハ着テミタクナルノ」

「そ、それでエマクオンの服を狙ったのね……」


 そう言えば、あの衣裳部屋には鏡もあった。

 キロルがあそこで、洋服を着て、自分を映して楽しんでいたのかもしれない。


「サイズガ合イソウナノ、ソノ、オ姉チャンダケダッタカラ」

 なるほど、と合点がいった。

 この中でキロルの身体つきに一番近いのは確かにエマクオンだ。

 それでも、キロルの体型だとエマクオンの服は大きかったはずだ。


 エマクオンは身長145センチほどだが、キロルは125センチくらいだ。


「なあ、今日はもう日が沈むし、どこか近くの町にリボンを買いに行っても閉まってると思うんだ。明日でもいいかな?」

「エー! ヤダヤダ!!」

「だったら、リボンだけじゃなくて、洋服も買ってくるってのはどうだ? 服、好きなんだろ?」

 クウゴは、駄々っ子を宥めるために、そんな提案をした。

 なんというか、もう相手が幽霊だという感覚がない。

 あまりにも人間臭い、少女の幽霊は、自分勝手なワガママ娘という印象の方が強い。


「クーゴ、なんかこの子に甘くない?」

 エマクオンがじろりとクウゴを睨んだ。

 エマクオンからすれば、さっさと魔法陣を壊して事件を解決したほうが手っ取り早いくらいに思っているのかもしれない。


「……いや、その……ちょっと他人とは思えねえところがあってさ」


 と、クウゴは言いにくそうにして、頭を掻いた。

 クウゴは思っていたのだ。キロルが可哀そうだと。

 先ほどの日記に書かれていた事実を知り、キロルの生前の姿に、自分を重ねていた。


 キロルは幼くして不治の病で命を落としたようだ。

 それは転生前の自分と重なった。クウゴも、治療が出来ない心臓病に冒され、儚く命を散らした。

 あの時のやるせない気持ちは、今でも思い出せる。


 みんなにできることができず、学校に行けずに毎日病院のベッドの上。

 苦しみと痛みに耐えながら、いずれ来る死の恐怖に怯えていた。

 やりたいことが沢山あったのに、それもできずに悔しかった。


 きっと、この八歳のキロルもそうなのではないかと思った。

 形こそ違うが、クウゴは転生し、キロルは亡霊になって現世に戻って来た。

 だったら、気持ちは同じじゃないかと思ったのだ。生前にできなかったことをやりたい。人並みの幸せが欲しい。

 そう考えると、キロルに対して無下な態度が取れなくなったのだ。


「……仕方ないなぁ」

 エマクオンが肩を落として、溜息を吐いた。大事なリボンは戻って来たし、こんな小さな少女の幽霊を退治するのも寝覚めが悪い。


「ジャア、明日ダヨ。絶対ダカラネ。リボント、オ洋服買ッテキテヨ!」

「ああ、分かった。約束すっぞ。あと……その聞き取りにくい幽霊ボイス、なんとかならねえか? 耳にキンキンくるんだけど」

「……おほん。これでいい?」

「ああ、可愛い声じゃねえか。そっちのがイイぞ」


 奇妙なエコーが掛かったキロルの声が、ふわりとした肉声に変わった。

 クウゴの素直な言葉に、ぽっと幽霊少女は頬を染めた。


「しかし、すっかり夜になっちまったな。寝室の掃除はまた今度、か……」

 結局、この屋敷で一夜を過ごすことになったものの、寝室は埃だらけだ。

 明日は日が昇ったら、キロルの服とリボンを買いに行くことになるし、ゆっくり休みたかった。


「一部屋くらいなら掃除できるんじゃないかしら?」

 そんなことを言い出したのは、ウモナだった。

 確かに、一部屋くらいなら掃除すれば綺麗になるだろう。


「ボク、ベッドで寝たい」

「じゃあ、片付けましょ。みんなで大掃除よ!」


 そんな話がまとまって、みんなでキングサイズのベッドがある寝室を掃除し始めることになった。

 キロルさえも手伝うと言いだして、ポルターガイストみたいに家具を念力で操作して、寝室の片づけを行っていった。

 蜘蛛の巣が張っていたカーテンも、埃まみれの布団も、みんなで掃除を行うと、みるみるうちに綺麗になっていく。

 ボロが来ているところはあるのは仕方ないが、それでも一晩、ゆっくりと休めるような寝室まで掃除できた。


「うふふ! うふふ! うれしいな!」

 ある程度寝室が片付いたころ、キロルは楽しそうにベッドの上で飛び跳ねていた。


「なんだかはしゃいでるけど、キロルはずっとこの館で暮らしてたの?」

「そうだよん! 私ねぇ、お父さんとお母さんが死んでから、ずっと一人だったから!」

「……」


 無邪気な声で語るキロルに、エリは口ごもった。

 追及していいものかどうか、分からない。だが、おそらく、キロルの魂をネクロマンシーで呼び出したのは、彼女の両親だったのだろう。

 その後、両親たちはキロルを残して他界した――。

 それからずっと、キロルはこの館で独りぼっちで暮らしていた……。

 エリはその暮らしを考えると、胸が痛んだ。


「ねえ、あなた死んだのよね? 死んだ魂をこの世界に呼び出されるのって……どんな気分なの?」


 エリが何も言えないでいると、遠慮なしに訊いたのがウモナだった。

 エリは思わず、ウモナに「ちょっと!」と窘めるように注意したが、ウモナはしらんぷりを決め込み、キロルに追及をした。


「ウモナ、おめぇ……」

「ああ、もううっさいわネ。アタシは、この幽霊少女に訊いてンの!」


 クウゴはウモナの心中を察した。

 姉のことを考えているのだろうと。

 ウモナは姉の無念を晴らすために、ドラゴンを追い、シントーワの秘密に戦いを挑む覚悟をしている。

 そして、七竜玉を集めたいとも願っている様子だった。

 七竜玉を集めると、どんな願いも叶えることができると言ったウモナの目は語っていた。


 姉を蘇らせたい――。


 いくら異世界ファンタジーでも、死者を蘇らせることはできないようだった。

 むしろ、死んだものを復活させることは禁忌とされている。

 ネクロマンシーだって、禁術扱いなのだから。


 もし、ウモナが姉の魂を呼び戻そうとしているのなら――。

 その姉の魂に、シントーワ国の秘密を語ってもらえばいいのだ。

 そうしたら、国王の裏の姿を本格的に糾弾できるだろう。


「どうなの? 教えて」

「ずっとお腹が減ってるきぶん」

「…………」


 満たされることがない永遠の人格。それが幽霊。

 八歳のキロルは自分の知り得る言葉で、「空腹が続いている」と表現したが、それはどれほど苦しいものなのか想像もできない。


「ありがと、ゴメン」


 そう言って、ウモナはもう問いかけるのを辞めた。

 欲しいものがあっても満たせないのに、それを永遠に続けるのは苦行といえた。

 姉のクロムをそんな風にしたいとは思わない。


「でもねえ、今は嬉しいよ!」

「そりゃ、良かった」


 孤独の中ずっと暮らして来た館に訪れたクウゴたちは実に数十年ぶりの客だったのかもしれない。

 なにせ、キロルが死んだ766年は、今から百年以上昔なのだから。


「ねえ、早く寝ようよ! 明日にならないよ!」

 キロルは無邪気にそんなことを言う。

 まるで遠足を楽しみにしている子供だった。

 綺麗になったベッドにみんなを促して、ワクワクを抑えられないようで、明るい声を出す。

 そんなにはしゃいでいて眠れるのかと思ったが、そもそもキロルは眠る必要などないだろう。

 眠らなくてはならないのは、クウゴたちだった。


「とは言っても……ベッドは一つだけだから」

 大きなベッドなので、クウゴたち四人が一緒に横たわれる程度に広いが、エリやエマクオンたちはともかく、クウゴは男だ。

 一緒に布団に入るわけにもいかない。


「オラ、絨毯の上でいいから、ベッドは三人で使ってくれ」

 そう言って、ベッドを譲ると、クウゴは少し離れたところで腰を下ろそうとした。


「だめえ! みんな一緒に寝よう! 私、みんなとくっついて寝たいの!」

「えっ、そ、それは、その、ねえ?」

 エリもドキンとして、赤い顔をした。


「クーゴがお父さんね! ウモナがお母さんかな! それで、エリがお姉ちゃん。エマクオンは妹だよ!」

 まるで家族と一緒に眠ることが嬉しいみたいで、キロルはそんなおままごとのような事を言う。

 そこにエリが突っ込んだ。


「な、なんでウモナがお母さんなの! 私がお母さんでしょ!?」

「アハハ! キロルは見る目があるね。アタシがクーゴに相応しいってことかぁ~」

「なんでボクが妹なんだ。ボクは十四だぞ。お前より六つも年上だ」

 エマクオンもキロルの話にツッコミを入れるが、クウゴはいやいやそこじゃないだろと言わずにはいられない。


「い、一緒に寝るなんてできねぇよ!」

「だめ! 寝るの!!」


 その瞬間だった。キロルから、不思議な波動が発射されたみたいだった。

 途端、クウゴの意識が重く沈み始め、全身が気怠くなっていく。


「う……、な……なんだ……急に……ねむたく……な……」


 がくり、とクウゴはその場で気絶するように倒れ込んだ。

 エリが驚いてクウゴに駆け寄ったが、クウゴはどうやら眠っているようだった。


「こ、これは……スリープの魔法?」

「ボク、これで眠らされたんだ……」


 キロルの放った睡眠術により、クウゴはあっさりと睡魔に襲われ眠りこんだ。

 きっとエマクオンの時もこのようにして、眠らされたのだろう。


「クーゴ、寝た! みんなも、一緒に寝ようね!」

「うっ……」


 無邪気なキロルの笑顔は、子供特有の何も分かっていないものだった。

 そこには男と女という性別の差を考えたことのない、純真さがあり、その無垢さが逆にマズイのである。


「あーあ、仕方ないな。このままクーゴを床で眠らせるのも悪いし」


 そう言うと、ウモナがクウゴの身体を支えて立ち上がり、ベッドに引っ張ると、そのまま布団の上に倒れ込んだ。

 なんとも悪戯な笑みを浮かべていた。


「アタシが、お母さんだから、クーゴと一緒に寝ようかナ❤」

「ちょ、ちょっとウモナ!!」

 言うが早いか、ウモナはベッドの上で寝息を立てるクウゴの上に覆いかぶさるようにして乗っかった。

 エリは息巻いて、ウモナとクウゴを引きはがそうとするが、ウモナは身体をクウゴに絡め、離れまいとする。


「キロル? 早く寝ない子は悪い子よねェ~?」

「そうだ! エリとエマクオンは悪い子!」

「何言ってんのよ! 勝手なことばっかり言ってー!」

 エリもベッドに飛び込んで、クウゴの隣にくっつく。ウモナに渡すまいと、熟睡しているクウゴの身体を自分の方に引っ張ったが、そこにエマクオンも飛び掛かって来た。


「ボクも寝る」

 エマクオンは、クウゴの足にしがみつくようにしてベッドに飛び乗った。

 結局クウゴの右にウモナ、左にエリ。そして下半身にエマクオンが密着しているような状態になった。

 そんな姿に満足にしているキロルは、満面の笑みであった。


「わぁい! みんな一緒に寝るの、久しぶり!」


 そういうと、睡眠術の波動が発せられ、エリたちはたちまち、強烈な睡魔に襲われていく。

 眠りに落ちる最後の一瞬まで、クウゴにくっついていようと意地になっている三人は、自らの肉体をぎゅうぎゅうに押し付けて、やがてすやすやと心地よさそうな寝息を立て始めた。

 エリの寝息がクウゴの左耳にかかり、ウモナの唇はクウゴの首筋に押し付けられていた。

 クウゴの下半身にくっついていたエマクオンは、両足を交差させて離れないように、がっちりと股を押し付けていた。


 クウゴはその夜、マシュマロの中でもがく夢を見てうなされることになったのだが、翌朝目が覚めた時、悪夢の正体を全身で感じ取って、滝のような汗を流すのであった。

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