森の洋館
シントーワから旅立ち一週間が過ぎた頃だった。
かなりの距離を進み、クウゴたちは緑生い茂る、深い森の中を歩いていた。
安全な街道から外れ、こんな森の中を歩いているのには、理由がある。出発時に計画したように、隠れ家を作るためだ。
この森は入り組んでいて、人が立ち入らないだろうし、何よりも、クウゴが西のドラゴンを倒して来た帰りに、その森の中に打ち捨てられた無人の館を発見していたのだ。
上空から発見した古びた館は、見たところ無人だった。クウゴはざっと調べてみた。
随分長いこと放置されているようで、中は埃まみれで手入れが必要なところもあるが、生活するのには十分な状態だ。
ここを隠れ家にするのが良いかもしれない。そう考えて、エリたちを連れてきたのだ。
「ほんとに、こんな森に館があるの?」
「ああ、空から見付けた。そろそろ見えるぞ」
木々を抜けていくと、ついに四人は開けた土地に出てきた。周囲を森に囲まれていて、異様な雰囲気に満ちている。
「ほ、ほんとだ。随分古いけど……、立派な館だね」
エリはその場に静かに建っている館を見て、感嘆の声を漏らした。
かなり大きくて、手入れがされていたら、さぞ美しいことだろう。
昔、どこかの富豪が利用していたのかもしれないが、クウゴの言う通り、まるで人の気配がない。
クウゴが無遠慮に敷地に入っていき、大きな扉を開く。鍵もかかっていないようだ。
「本当に誰もいないの?」
エリはおっかなびっくり中に入っていく。
大きくて静かな森の洋館。それはすこしだけ不気味な雰囲気もあった。
かなり立派な館なのに、この館の所有者はなぜ放棄したのだろう?
「こんなところに館を建てるなんて、かなり変人ネ」
ウモナも館の内部を物色しながら怪訝な顔をしていた。
うっそうと茂る森は、魔獣などもいるし、危険だ。人は近寄らないだろうし、何かあったとしたら救助を求めにくい。
「井戸は使えるみたい。地下水が豊富に流れている……」
エマクオンは水を調べたようだが、問題なく使えるようだ。
だとしたら、まさに隠れ家としては最高の場所だろう。
「食料は森で果物が取れるし、野獣を狩れば肉も手に入るぞ」
クウゴはこの館で生活できることを喜び、ここを隠れ家にしようと三人に訴えた。
三人とも、その意見には否定せずに頷いてくれた。
「でも、色々と手入れしないといけないところや、お掃除したいところもあるね」
「手分けして館の探索をしようか。何か変なところがないか調べましょう」
「外観から察するに、屋根裏込みの三階建てだったな。地下室もあるだろうから、一階ずつ担当を決めよう」
四人は館の玄関で話し合い、それぞれの館探索の範囲を決めた。
クウゴは三階。ウモナが二階で、エリが一階。そして地下をエマクオンが担当することになった。
クウゴは念のため、館に人の気配がないか、【気】を使ってみたが、やはり誰かがいるとは思えない。
「大丈夫だとは思うが、なんかあったら、大声を出して報せること」
「わかった」
声の小さなエマクオンに、大声が出せるのか疑問だったが、そもそもエマクオンなら、多少の危険があっても自分の力で対処できるだろう。
クウゴは三階へと進んでいき、たくさんある部屋の一つ一つを調べて回ることにする。
部屋の数は六つもあった。そのうちの一つに入って内装を確認すると、そこはどうやら寝室のようだ。
大きなベッドがあり、クウゴが寝転んでも十分な余裕があるキングサイズのものだ。
流石に埃被っているので、利用するなら布団を外に干して、埃を叩いて手入れしないといけないだろうが。
くたびれている戸棚や箪笥も開いて中身を確認したが、中はほとんど空っぽだった。
「とりあえず、掃除しねぇと、どこもかしこも埃だらけだなー」
換気だけでもしておこうと、部屋の窓を開き、外の空気を招き入れる。
そして、別の部屋に移動して、三階の間取りを調べて行った。
結果として、三階は寝室が四つ。どれも似たような造りの部屋だった。
そして書庫が一つと、衣裳部屋だった。書庫にはたくさんの本が入ったままになっていたし、衣裳部屋も多くの服と鏡が設置されてある。
掛けられている服を見ると、どれも婦人服なので、この屋敷を使っていた奥方のものなのかもしれない。
それから屋根裏に行けるはしごがあった。登ってみると、真っ暗な屋根裏部屋にいけたが、そこは特に何もない。
ネズミくらい入り込んでいるのではないかと思ったが、そんなこともなく、ただただ埃だけが敷き詰められていた。
三階をざっと見て回ったクウゴは一度一階に戻ることにした。
階段を下り、一階の玄関まで向かう途中でガッシャン! という大きな音が響いた。
「! 一階か!?」
何かが割れる音がして、それがエリの担当している一階からだと思ったクウゴは、すぐさま音のもとへと駆け出した。
「でえじょうぶか!?」
音のした部屋は、厨房だった。
そこにはエリがいて、足元に食器が割れて散らばっていた。
「だいじょうぶ、戸棚の食器を落としちゃったの……」
エリが割れた食器の欠片を拾い集めながら、申し訳ないという表情をした。
クウゴの後ろに、同じく物音に反応したらしいウモナが駆けつけてきた。
状況が分かり、ほっとしている様子だった。
「一階は、厨房と配膳室に食堂、トイレとバスルームがあるみたい」
「へえ、バスルームがあるなんてすごいわネ」
風呂場まであるような館は、この世界では珍しいようだ。
とはいえ、それは嬉しいことだ。ゆっくりと湯船につかって疲れを取れるというのは、元日本人であるクウゴにはありがたい話だからだ。
「二階は、ギャラリーやサロン、遊戯室なんかがあったわ。ダンスホールなのか、大きなピアノが置いてある部屋もあったわネ。相当な金持ちが建てたんでしょうね、ココ」
「三階は寝室と書庫、衣裳部屋だった。屋根裏もあったけど、何もなかったぞ」
それぞれに担当した階の報告をして、ふと気が付いた。
エマクオンがいない。地下を見に行った彼女が、顔を見せなかった。
三人は顔を見合わせ、すぐに地下室へと向かった。
「エマクオン! いるのか?」
地下への階段を下っていく。石造りの地下室はひんやりとしていて、不気味な屋敷を更にゾクゾクするものに感じさせた。
一つ目の扉があり、そこを開くと、セラーになっていた。おそらく、そこにはかつて色々な食材やワインなんかを貯蔵していたのかもしれないが、今はがらんどうであった。
エマクオンに声をかけても、返事がない。妙だと思いながら、地下室を三人は進んでいく。
すると、通路の奥で倒れ込んでいるエマクオンがいた。
「エマクオン!?」
思わず駆け寄ろうとしたが、その前にクウゴは足を止めた。
なんと、冷たい石の廊下に倒れているエマクオンは、全裸だったのだ。
クウゴの代わりにエリとウモナが彼女に駆け寄り、抱き上げると、エマクオンはすやすやと呑気に寝息を立てていた。
「ね、寝てるだけか……驚かせないでよ、もう!」
「い、いや、でもなんで裸になってるのよ。それはそれで異常なんだけど?」
エリとウモナはふと、クウゴに振り向いた。
「エマクオンほどの手練れから服を剥ぐなんてできるのは……よっぽど強い冒険者くらいよね?」
「え?」
「まさか……クーゴ……」
「ま、待て! 誤解だ! オラじゃねえって!?」
じとりと睨むエリたちだったが、それは冗談だったようで、すぐに表情を切り替えた。
「クーゴがそんなことするとは思ってないよ、冗談」
「でも、エマクオンはなんで全裸になってここで寝てるのかしら?」
「と、とりあえず、オラのマントを貸すからエマクオンにかけてやってくれ……、い、色々見えちまってる……」
クウゴは慌ててマントを脱ぐと、エリに手渡した。
エリはエマクオンにそれを被せながら、彼女に呼び掛ける。
「エマクオン! どうしたの? なにがあったの?」
「うーん……」
エマクオンの身体を揺すり、頬を軽く叩いて、やっとエマクオンは気だるげに瞼を開けた。
「……? あれ?」
「起きた? ねえ、どうしてこんなところで寝てたの? しかも裸で……」
「裸?」
むくりと起き上がりエマクオンは自分の状態を確認した。身に着けていたものが全てなくなっていたことに自分で驚いている様子だった。
妖刀『血桜』も、首切り正宗も、反逆の衣も、頭に付けていた桃色の、可愛いリボンもない。
まさに生まれたままの姿になっていた。
「ボクのリボン!」
エマクオンは弾かれたように駆け出した。
「あっ、ちょっとエマクオン!」
周囲を探って、自分の装備を探すが、どこにも見当たらず、エマクオンは滅多に見せない焦った表情をしていた。
「け、結構貴重な武器や防具だったけど、真っ先に心配したのが、リボンのほうなんだ……」
ウモナが、エマクオンの様子を見て、少し呆れ気味に言った。実際エマクオンの装備は武器と防具がかなりのものだった。むしろ、なぜかリボンだけは不釣り合いに、一番価値が低いアイテムだった。
そんなリボンを、いの一番に気にしたエマクオンの様子は少し奇妙だとは思った。
「ちょ、ちょっと落ち着いて。まず何があったか、教えて!」
自分の身体を満足に隠そうともしないで、リボンを探し出したエマクオンを宥め、エリが問い詰めたが、エマクオンはほとんど涙目になっていた。
「ボクのリボン……、どこぉ」
「そんなに大事なものだったの?」
「うん……」
金色の瞳を潤ませ、目尻に大粒の涙を溜めるエマクオンは、とてもS級冒険者とは思えない。
それは年相応の少女で、大きく感情を露にしない普段のエマクオンからは想像もつかない表情だった。
「ボク、地下室を探索しようとして……、セラーを覗き込んだところで、急に眠気が来て……」
「急な眠気……。もしかして……魔法?」
対象を眠らせる魔法がある。あまりに不自然な眠気の原因はそれではないかと、エリが勘繰った。
「でも、確かエマクオンは【状態耐性〇】があっただろ? 眠りなんかのステータス変化には強いんじゃねえのか?」
「【状態耐性〇】は、状態異常になりにくいってだけで、絶対に防げるってわけじゃないもの。それに、耐性無視ができる強力なスキルもあるわ」
「……ってことは、何者かにエマクオンは襲われたってことで間違いねえな?」
「エマクオンの装備が目的だったのかしら……」
エマクオンが全裸になっていた理由は、その装備を奪いたかったからという理由くらいしか思いつかない。
「……でも、変だぞ。オラ、この館には人の気配はないって言いきれる。【気】を感じねえからな」
クウゴの気配察知に引っかかる存在はこの館には存在しない。
間違いなく無人の館だと言い切れる。
なのに、エマクオンが何者かに襲撃されたのは妙だ。
「でも、エマクオンはこうして被害に遭ってるわ。何かあるのよ、この館……」
「……ボクのリボン……」
「とりあえず、エマクオンの奪われた装備を探してみない? もし犯人がいるなら、この館のなかにまだいるかもしれないワ」
ウモナの提案に、クウゴは頷いた。
奇妙な森の館で始まった、奇妙な追いはぎ事件――。
一行は、気を取り直し、改めて一階から探索をやりはじめることにした。
しかし、一階、二階と捜索しても、エマクオンの装備は見当たらなかった。
そして、三階に上がった時、クウゴはふと思いついた。
「そういや……、この階には衣裳部屋があったっけ」
そこは婦人服を沢山集めているような、服をたくさん並べている部屋だった。
エマクオンの装備、すなわち服が盗まれたことから、衣裳部屋のことを連想した。
「ボクのリボン、そこにあるかな?」
エマクオンは不安そうな声でクウゴに訊ねてきた。
クウゴは分からなかったが、エマクオンのしおらしい姿に、安心させたくて、軽く頷いて見せた。
三階の衣裳部屋に来ると、その部屋の服を見まわした。
どれもドレスだとか、舞踏会で着込むようなものばかりだったが、そのなかにエマクオンの反逆の衣が着飾ってあった。さっきはなかったものだ。
「あっ、ボクの装備!」
そこには二刀の武器も揃えておいてあり、ほっと一安心した。
しかし、リボンは見当たらない。エマクオンはとりあえず、奪われた装備を着込みなおして、改めて部屋のなかを探して回ったが、リボンだけはどこにもないようだ。
「……やっぱり何者かがエマクオンの装備を盗んでいったのネ」
「ここに飾るために?」
「だって、他に理由は分からないじゃない。何かがいるのよ、この館には」
ぞっとすることを言ったウモナに、エリはさぁっと血の気をひかせて蒼い顔をする。
「なにかって……なに?」
「だから……幽霊よ。ここ幽霊屋敷なんじゃないの?」
幽霊。
現実世界ならそんなものはいないと言い切ってしまうが、ここはファンタジー異世界だ。
ゴーストが存在するのは当然のことで、こういった打ち捨てられた館にはよく住み着いているものだと、ウモナは言った。
「そ、そうか……オラの【気】は生命エネルギーを察知するから、死んでる幽霊には気が付かねえんだ!」
「じゃ、じゃあ……ほんとにこの館のどこかにいるの……?」
ぞっとしたエリは身を強張らせ震えた。
言われてみれば、さっき食器を落とした時も、何か不自然だった気もする。何者かに食器を落とされた、……ような気がした。
「だったら、ボクのリボンは、幽霊が持ってるんだな」
ぎらりとエマクオンの金色の目が鈍く光った。
ぞっとする眼光で、本気でエマクオンが怒っているみたいだった。
よほど、あのリボンが大切なものだったのだろう。
「ど、どうするの? 幽霊を退治するには、【霊媒】の技能がないと除霊できないのよ?」
エリが困惑していた。
このパーティーには、【霊媒】を所持する仲間がいない。クレリックやセージといった職業の冒険者がその手の技術に長けているが、残念ながら、ここにはいないのだ。
「なんか、ヒントがねぇか?」
「ヒント?」
「あ、ああ……こういう時、館の中に幽霊を退治するヒントがあって、それに従えば館から脱出できるって、見たことがあるんだ」
クウゴは、現代のホラーゲームの知識を持ってきて、そんなことを言ってみた。
大抵、こういう時は、館の中に色々な仕掛けだとか、亡霊に関するヒントがあって、きちんとした手順を踏めば、幽霊を成仏させたりできるものだ。
ホラーゲームの知識が、この異世界で役に立つかは分からないが、このファンタジー世界は、いわゆるゲーム風ファンタジーだ。
レベルがあったり、スキルがあったり、そういうものがある、ネクストファンタジーなのだ。
だったら、現実世界のホラーゲームの知識が活かせるかもしれない。
「……そうね。クーゴの言う通りかも。何か幽霊退治のヒントになるものがあるかもしれないわ」
「んじゃ、オラにひとつ心当たりがあるんだ。この階には書斎があったんだよ。そこに何か隠されてるかもしれねえ」
クウゴの提案に、否定するものはいなかった。
四人は、ホラーゲームに参加したプレイヤーさながら、緊迫した表情で、書斎へと向かったのだった――。




