絡み合うハートコーティング
クウゴたち四人は王都シントーワから、ついに旅立つことにした。
目指すのは北西だ。そっちに赤い竜が出現する兆候があるという話だった。
魔術師ウォーレンから受け取ったドラゴンを見つけ出せる鏡は、貴重なアイテムであるため、エリに手渡しレーダー担当をしてもらうことにした。
シントーワの城の内部に渦巻く暗闇の濃さは気になったものの、今はどうしようもない。
まず、自分たちにできることを済ませてしまうのがいいだろうと結論をだし、クウゴたちはそのドラゴン探索の旅を始めた。
「アタシ思ったんだけど、赤い竜を本当に倒せたら、アタシたちで赤竜玉を確保しちゃえばいいんじゃない?」
ウモナが名案だと言わんばかりに手を上げた。
確かに、竜玉は七つ揃うことで願いを叶えるから、国王の願いが悪しきものだった場合において、抑止できるだろう。
「オラもそう思ってる。だから、オラは一つ計画してることがあるんだ」
「なに?」
「まず、その鏡に映ってる点のドラゴン、本当にその場所にいるのか調べてぇから、一匹倒してみようと思うんだ」
「ええっ!? だ、大丈夫かしら……」
エリがクウゴの話に目を丸くしたが、クウゴは本気のようだ。
実際、クウゴならドラゴンくらい倒せてしまうだろうから、問題はないとは思うが。
「んで、王都からある程度離れたら、どこかで隠れ家を作ろう」
「隠れ家?」
エマクオンがきょとんと首を傾げた。
クウゴはそれに頷き、言葉を続ける。
「オラたちは多分、これからシントーワの国とひと悶着あるだろ? だから、先に隠れ家を作っといて、そこを拠点に活動していくのが良いと思うんだ」
「備えあれば憂いなしってことね。アタシはいい案だと思うわ。そこに七竜玉を隠すことも出来るかもしれない」
ウモナは賛成してくれた、エリもエマクオンも、その案には頷いてくれた。
「っちゅーわけで、まずはシントーワからある程度距離を取るまで、旅を続けよう。エリ、近くにドラゴンの反応はねぇかな?」
「えっと……」
エリは荷物袋から手鏡くらいの竜探知機を取り出すと、魔力を操作し鏡面にドラゴンの反応を表示させる。
今いる場所から一番近い場所でも、歩いて一週間はかかるような場所だ。
「ここから西にずっと行ったところが一番近いけど、それでも歩いていくと一週間はかかるわ」
「一週間か……。オラが全力で飛べば半日くらいで着くな」
「えっ、まさかクーゴ!?」
ふわっとクウゴは空に飛びあがった。
「西は、あっちか。行って倒して戻ってくるので一日って感じだな」
「エリ! オラ今から、そのドラゴンのところまで行って倒してみる! その鏡の反応が消えるかみててくれねぇか?」
「ちょ、ちょっと待って! いくらなんでも危ないわ!」
「オラは大丈夫だ。それより、オラは丸一日戻れねえから、そっちこそ気を付けろよ!」
クウゴはそう言うと、ぐっと両手に力を込め、呼吸を吐き出す。
「ハァァァッ!」
ボウゥッ!
「っ!!」
クウゴの身体から凄まじいオーラが立ち上った。その【気】の強大さに、地上にいた三人は度肝を抜いた。
ギュウゥ――……ン!!
そしてクウゴは超スピードで雲を切り裂き、あっという間に西の空に消えて行った。
「……は、はやい……。な、なんなの、あの速さ……!」
呆気にとられたのはウモナだ。
エリは静止の声も聞かずに飛び出していったクウゴに「もう!」と声を荒げ、エマクオンはひらひらと手を振っていた。
「ほ、ホントに人間なの? クーゴって……」
たらりと汗を垂らし、ウモナは茫然と空を見上げていた。
後に残された三人は、暫し西の空を見ていたが、我に返ると、移動を開始した。
クウゴが言っていたように、隠れ家になる場所を見付けたいし、シントーワからも離れておきたい。
女三人だけの旅になったが、クウゴは一日もすれば戻ってくると言っていた。
それまでの辛抱なので、無茶をしなければなんとかなるだろう。
それに、Sランクのエマクオンもいることだし、よほどのことがない限りは問題ないだろう。
エリはクウゴのことを気にしながら、時折鏡の様子を探り、点が消えてないか調べた。
やがて、日が沈みだす頃、野宿できそうな場所を見付け、三人は簡易テントを張った。
見張りが二人、休憩一人というローテーションを組み、夜をしのぐことにした。
火を起こし、キャンプを整えた。
幸い周囲は見通しのいい場所で、近くに川があったので、水場としても利用できるだろう。
最初の火の番は、エリとウモナが担当することになった。エマクオンはテントの入り眠っている。
エリは鏡を覗き込み、ずっと西にある白い光点を見ていた。
「ずっと見てるのね、そんなに気になるんだ。クーゴのこと」
「……べ、別にいいでしょ」
茶化すようにウモナがエリに話を振った。
エリはふい、と顔を背けてみせる。正直なところ、エリはウモナが少し苦手だった。
「悪かったわね。変なことに巻き込んじゃって」
「え……」
ぱちり、と焚火の火の粉が跳ねた。
ウモナは、じっと火の揺らめきを見つめていた。その表情は、少し寂しそうに見えた。
「アタシが出て来なきゃ、こんなややこしいことにならず、クーゴと楽しく冒険者できていたんじゃないの?」
「……」
ウモナは皮肉な笑みを浮かべていた。
少なからず、エリやエマクオンを巻き込んだことを申し訳ないと思っているのだろうか。
エリとて、ハッキリ言うと、そんな風に思ったことはあった。
ウモナがクウゴに目を付けなければ、単純にドラゴンを倒して回るような冒険になっていたかもしれない。
王国の闇に踏み入って、面倒なことにならずに済んだかもしれないのだ。
「クーゴは、世界を平和にしないと、のんびりできないって最初から言ってた」
だから、きっとウモナが出て来ようが来まいが、こうなっていたのかもしれない。
「別にウモナがそのこと気にすることはないわ。私だって、ドラゴンを倒して世界を平和にしたいって思って冒険者になったもの。それを王様が裏で糸を操ってるんだったら、王様を、国を何とかしなくちゃだめだって、私も思っただろうし」
「なぁーによ、いい娘じゃん。つまんなー」
「はぁ!?」
不意に、愁いを帯びたウモナがつまらなそうな顔で言ったので、エリはウモナに噛みつきそうになった。
「アンタが嫌な女だったら、クーゴの気持ちもこっちに持ってきやすいのに」
「な、何言ってんのよ」
「フフ、アタシは七竜玉が欲しいの。そのためには、クーゴのとんでもないパワーが絶対必要だわ。あの子、とっても純情そうだしぃ……、女の耐性低いみたいだから、アタシの可愛いカレシにしちゃったら、色々ラクだなって思ったのよね」
「ク、クーゴはそんな人じゃない!」
「ほらほら、大きな声出さないの。オチビちゃんが起きちゃうわよ」
テントで眠るエマクオンのことを指さして、苦笑するウモナは余裕たっぷりの態度だった。
「あんた、クーゴのこと、好きなんだ?」
「べ? べちゅにー?」
噛んだ。
誤魔化しスキルなど持っていないエリは、あうあうと口を縺れさせた。
「分かりやすいわね、どこまでシたの?」
「だ、だからっ……そういうのじゃないからっ……」
「じゃあ、アタシ、クーゴとちちくりあっちゃおうかな~」
「ううっ、どいつもこいつもー!」
エリは気恥ずかしくて、逃げたくなってしまった。
エマクオンの時も思ったが、男女の仲になることの行為を想像すると、エリは恥ずかしくて、血液が沸騰しそうになる。
ウモナみたいに、赤裸々にそんな発言ができることが信じられない。
「アハハ。ごめん、なんかお姉ちゃんと話してた時のこと思い出しちゃったわ」
「あ……、クロムさん、だっけ」
「うん、Aランクの冒険者。魔法使いとしてかっこよかったんだ。でも、奥手で好きな男に告白できないまんまだった」
「……」
「あんたは、ちゃんと言っておきなよ」
「私は……死ぬつもりないから」
「そうね。アタシも、絶対に死なない。お姉ちゃんの仇を取るまでは」
パチパチ、と焚火が鳴る。
沈黙が続き、エリは何気なく鏡を確認した。
「あ! 消えてるっ」
クウゴが向かった先の白い点が消えていた。
ドラゴンの反応がなくなった……つまり、倒されたのだろう。
「ほんとにクーゴ一人で倒しちゃったんだ……」
「とんでもない奴ね……ほんと……」
「……良かった……」
ほっと胸をなでおろした。クウゴが死んでしまったらどうしようと、自分が怯えていたのだと、今になって気が付いた。
あとは無事に戻って来てくれることを祈るだけだ。
「そう言えば、アイツってばアタシたちの居所、ちゃんと分かるのかしら?」
「分かると思うわ。クーゴには【気】があるから」
「キ……?」
「私たちの生命エネルギーのことらしいんだけど、分かりにくいから魔力のことなのかなって私は認識している」
「ふーん」
それからは沈黙が続いた。
冷たい夜風をやわらげる焚火の火に当たりながら、エリとウモナはまだどこか打ち解けられない壁のようなものを感じて、居心地悪くするのだった。
やがて、エマクオンが起きてきて、エリと交代した。
ウモナは、静かに星空を見上げていた。
「見張り、ボクだけでもいいよ」
「え?」
「寝ていいよ」
「大丈夫よ、アタシ大人だもん」
幼いエマクオンが言葉少なくも、ウモナを気遣った。
それがウモナは少しむずむずした。
「そんなに参ってるように見えるの? アタシ」
「城で魔術師が出て来てから、動揺してるのが続いてる」
「すごいわね、S級って。そんなことも筒抜けなの?」
「虚勢を見抜くのは、基本中の基本」
エマクオンはつらつらと抑揚のない声で語ると、ウモナはいよいよ大きなため息を吐き出した。
「あんたら、ほんと人が良いわね」
「そうでもない。ボクは双刃のベルセルク。近づくものは全部斬る」
「……アタシなら斬っちゃっても構わないわよン」
と、軽口を吐き出してから、すぐにウモナは後悔した。
これでは【話術】の技能が腐って消えてしまう。
エリにも、エマクオンにも、申し訳ないという気持ちがあって、自己嫌悪が渦巻いているのだと伝わってしまうようなことを言ってしまった。
それが、パーティーの中に気持ちの悪い幕みたいなものを作ってしまうのだ。
今夜の見張りだって、自分は休むつもりなんかなかった。
ウモナは、このパーティーの中で罪悪感でこの場にいるからだ。
そして、このメンバーの中で最も最年長でもある。だからこそ、ウモナは気持ちを張り詰めていた。
「……ねえ、ウモナ」
「なによ?」
「教えてほしいんだけど……」
エマクオンが、小さな声で訊ねてきた。またエリみたいにこちらを気遣うような事をいうのだろうか。
それが今のウモナには、一番堪える言葉だと、若い彼女たちには分かっていないかもしれない。
「どうやったら、そんなおっぱいになる?」
「……はい?」
「ボク、これしかない。赤ちゃんできたとき、おっぱいあげられないかもしれない」
エマクオンが自分の胸を小さな手で包んでいた。
実際、エマクオンの胸の膨らみはとても小さい。
だが、まだ彼女は成長期なので、これから大きくなっていくだろう。焦ることはない。
「大丈夫よ、アンタもいつかそれなりに膨らむから」
「ウモナは何したらそうなった?」
「う゛っ……センシティブなことを、ズケズケと……」
無遠慮にウモナの胸を指さすエマクオンに、ウモナは脱力した。
そして、少しだけ自分の心を緩ませて、笑った。
「教えてあげようか? 子猫ちゃん」
「知りたい」
ついつい悪戯心に火がついた。
純朴な少女の目がキラキラと自分の胸を見ているのが、なんだかおもしろかった。
なので、楽しくなって、エマクオンに吹き込んでしまう。あることないこと吹き込んで、なんだかバカみたいに思えた。
深刻な顔をしていても、もう仕方ない。事態は動き出してしまったから、ポジティブにいこう。
ウモナはそう考えるようにした。
――翌日、昼前に戻って来たクウゴに対し、エマクオンが、自分の胸を揉んでほしいとお願いして、エリがウモナを叱ることになるのだが、その時にはもう、壁のようなものは感じなかった。




