9.魔力核
外が、やけに騒がしい。
窓の外を覗くと、通りにたくさんの人が集まっていた。
箒に乗った人々が空を飛び、色とりどりの旗が風に揺れている。
パレードだろうか。
それなのに、屋敷の中は静まり返っていた。
机の上には、パンとスープ、それと手紙のようなものが置かれている。
「……読めない」
声が、部屋に響いた。
書かれている文字は、日本語でも英語でもなかった。
この世界の言葉なんだろう。
言葉は通じるのに、文字は読めない。
……どうしてだろう。
何かのヒントになればと、近くの本棚から一冊取り出してみた。
「これも……読めない」
やっぱり、だめだった。
ただ、本の文字と手紙の文字が同じだということだけは、分かった。
外から、歓声が聞こえてくる。
「エラ様ーー!」
「おかえりなさーい!」
この村の偉い人が、帰ってきたのだろう。
もう一度窓の外を見ると、昨日見た魔導車より二回りほど大きな車から、一人の女性が顔を出して、ゆっくりと通りを進んでいた。
長い髪が、遠目にも鮮やかな赤に見える。
いつの間にか僕は、その姿を、ただ眺めていた。
魔導車が角を曲がり、女性の姿は見えなくなった。
パンをかじる。
……おいしい。
それにしても、リオとメモリアがいないと、この部屋から出ることすら不安だ。
もし、二人が恐れているお父様に出会ったら。
他の執事にバレてしまったら。
そう考えると、部屋を出る気にはなれなかった。
僕は椅子に座って、机の上の手紙を見る。
やっぱり、何が書かれているのか分からない。
せめて、一文字でも読めれば……。
コツ、コツ。
廊下から、足音が聞こえた。
足音は、ゆっくりと近づいてきて、僕の部屋の前で止まる。
どうすればいい。
僕は、椅子から立ち上がった。
コンコン。
扉が、二回叩かれる。
「失礼いたします」
男の声だった。
返事をするべきか、迷う。
……どうぞ、と静かに答えた。
扉が、ゆっくりと開く。
黒いテイルコートに、白いシャツ。
まさに執事という格好の男が立っていた。
「おはようございます、るい様」
「……おはようございます。どうして、僕の名前を?」
「リオ様から、るい様のことを伺っております」
「……そうなんですか。じゃあ、僕がここにいることも」
「存じ上げておりました」
思わず、身構えた。
男は、穏やかに微笑む。
「ご安心ください。リオ様から、るい様のお世話をするよう、仰せつかっております」
「お世話……?」
「はい。必要なものや、お聞きになりたいことがございましたら、遠慮なくお申しつけください」
「……分かりました」
少し迷ってから、僕は手紙を差し出した。
「あの、これを読んでもらえませんか。文字が、読めなくて」
「かしこまりました」
男は、手紙に目を通す。
……ふっ、と小さく息が漏れた。
「何て書いてあるんですか?」
「リオ様からの、伝言です」
男は、手紙を読み上げた。
「『るいくん、おはよー! 姉様の儀式が終わって、無事に帰ってきたよ! 歓迎のパレードに行ってくるから、あとは執事のアルバートに頼んであるので、適当に使ってね!』」
「……適当にって。読めなかったら、意味がないですよね」
「確かに。しかし、そこもリオ様の良いところでございます」
二人で、小さく笑った。
部屋の空気が、少しだけ軽くなった気がした。
「アルバートさん」
「はい」
「エラ様は、どんな方なんですか?」
「そうですね……。とても明るいお方です。困っている人を、放っておけない方でもあります」
窓の外を見る。
そんな人が、僕を……。
「手紙にあった、儀式というのは?」
「この村は、魔力核によって、この大きな空間と、村の仕組みが作り出され、維持されています」
「魔力核……」
「その魔力核に、年に一度、代々受け継がれてきた者が、村中の余った魔力と、自分の魔力を蓄えるのです。それが、儀式でございます」
「それを、エラ様が?」
「はい。儀式は、三ヶ月ほどかかります。今年は、ちょうど昨夜で終わったところでございます」
「三ヶ月も……」
「長い儀式です。エラ様は、この村にとって、なくてはならないお方なのです」
空間と、村の仕組みが、作り出されている。
……だから、地下なのに、朝と夜があるのか。
「他の村や都市にも、魔力核が?」
「ございます。ただ、魔力の集め方は、それぞれ異なります」
少し迷って、僕はもう一つ聞いた。
「どうして、エラ様は僕を呼んだんですか?」
「申し訳ございません。そこまでは、私も伺っておりません」
「……そうですか」
エラ様。
さっき、窓の外を通っていた女性の姿が、頭に浮かぶ。
八歳のころに見た夢。光り輝く場所と、そこで暮らす人たち。
ただ、その人たちの顔は、どうしても思い出せない。
「……そろそろ、お話はここまでにいたしましょう」
「どうしてですか?」
「エラ様が、こちらへ向かわれているようです」
「え?」
再び、歓声が聞こえはじめた。
アルバートが、窓の外へ目を向ける。
「それでは、私はお出迎えの準備をいたします。るい様は、しばらくこの部屋でお待ちください。……きっと、リオ様から、良い知らせがあるかと」
「ありがとうございます、アルバートさん」
アルバートが、部屋を出ていく。
僕は、もう一度、窓の外を見た。
エラ様。
なぜ、僕を呼んだのだろう。




