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8.帰り道

「それじゃあ、そろそろ帰ろっか」


 リオがそう言って、店の扉を開けた。

 僕は、テネ爺に向かって頭を下げる。

 

「今日は、ありがとうございました」

「なに、礼なんぞいらん」

「はい……」

「またいつでも来るといい」

「はい」

 

 僕とリオは、店を出た。

 メモリアは、まだ店の中で、テネ爺と何か話している。

 

「メモリア、早くー」

「……うん」

 

 メモリアは、テネ爺に頭を下げた。

 

「それでは、また」

「ああ」

 

 店から出てきたメモリアに、リオが聞く。

 

「何話してたの?」

「少し、るいさんのことを……」

「僕?」

「はい」

「何をですか?」

「秘密です」

「えー!」

 

 リオが、不満そうな声をあげる。

 

「私にも教えてよ!」

「リオ姉には、絶対に言いません」

「なんで!?」

「リオ姉だからです」

「ひどくない!?」

「それより、リオ姉。また箒で帰るつもりですか?」

「うん、もちろん」

「許可証、ないじゃないですか。捕まりたくないですよ」

 

 少し考えてから、僕は口を開いた。

 

「あの……帰りは、歩いてみませんか? もう少し、この村のことを知りたいので」

「それはそれで、バレたらどうするんですか」

 

 あっさり却下された。

 でも、リオは、ぱっと顔を明るくした。

 

「いいんじゃない? お父様にバレなきゃ、なんとかなるって。そのための、この服なんだし。村の人が見ても、絶対に分かんないよ」

「……はぁ」

 

 メモリアが、小さくため息をつく。

 

「……分かりました」

「やったー!」

「ただし、条件があります」

「条件?」

「絶対に目立たないこと。それから、るいさんに魔法を使わせないこと。それから……」

 

 メモリアが、リオをじろりと見た。

 

「箒には、乗らないこと」

「えーー」

「当たり前です」

「わかったよー」

「るいさんも、それで大丈夫ですか?」

「はい、もちろん」

「では、歩きましょう」

「やった!」

 

 リオが、嬉しそうに笑う。

 

「でも、箒に乗らないで、屋敷にバレずに入る方法なんて、あるんですか?」

「それは、私に一つ案があります」

「なんですか?」

「そのときまで、秘密です」


 メモリアは、そう言って歩き始めた。

 

「まあ、そういうことだし、とりあえず行こう!」


 リオは、本当に何も考えていないようだ。

 三人で、店の前の路地を抜け、少し大きな通りに出た。

 空から見たときには気づかなかったが、村の中には、思っていたよりずっと多くの人がいた。

 見上げると、箒に乗った人がたくさん飛んでいる。

 この世界では、これが主な乗り物なんだろう。

 よく見ると、好き勝手に飛んでいるわけではない。

 それぞれ、決まった方向へ流れている。

 地上でいう車線のように、空にも道があるのかもしれない。

  通りには、ときどき、車のようなものも走っていた。

 音がしない。

 エンジンの振動もない。

 

「あれは、魔導車だよ」

「魔導車?」

「そう。仕組みは分かんないけど、箒と同じで許可証がいるの。基礎魔法じゃ動かせないけど、荷物をいっぱい積めて、箒と同じくらい速く走れる乗り物なんだよ。……そうだよね?」

 

 リオが、メモリアを見る。

 

「だいたい、そうだと思います。私も、仕組みは知りませんよ」

「そうだよね」

「なんで、安心してるんですか」

「メモリアも知らないことあるんだーって思って」

「そりゃ、ありますよ」

「あの、基礎魔法って、何ですか?」

 

 さっきの言葉が、気になっていた。

 

「えーっと、基礎魔法っていうのはね。魔法タイプとは別に、どんなタイプの人でも使えるようにした仕組みを、なんかすごい人が作ったんだよ。……ねぇ、メモリア?」

 

 リオは、またメモリアを見た。

 

「基礎魔法というのは、誰でも使えるように作られた魔法です」

「誰でも?」

「はい。魔法タイプは、人によって違います。それだけだと、生活が不便になることもあるので、誰でも使える魔法が作られたんです」

「作るって?」

「魔法研究者の第一人者、ティーグレ・ララという人物が、作り出したんです」

「ティーグレ・ララ……」

「はい。この文明を作り上げた人々の、一人です。それに、ララは――」

 

 メモリアが、説明を続けようとしたとき。

 

「あっ、市場だよ!」

 

 リオが、通りの先を指さした。

 ティーグレ・ララ。

 その名前が、なぜか耳に残った。

 

 市場には、いくつもの店が並んでいた。

 野菜、果物、肉、魚。見たことのあるものばかりだ。

 

「ここで、食べ物を買うんですか?」

「うん。でも、私たちは普段、買いに行かないけどね」

「でも、おいしいよ」

 

 店の前では、たくさんの人が買い物をしている。

 店員とお客が話をして、子どもが親の後ろを走り回っていた。

 

「……普通だ」

「なにが?」

「いや……」

 

 僕は、市場を見渡した。

 

「地上と、あまり変わらないなって」

「そりゃね。だって、るいだって、地下に来ても変わらないでしょ」

「あっ、あそこのスープ屋、おいしいの。るいくん、お腹空いてるでしょ? ねぇ、行こ?」

「そりゃ、空いてますけど……帰るんじゃなかったんですか?」

「ちょっとくらい、いいじゃん!」

「メモリアさん、いいんですか?」

 

 そう言って、メモリアを見る。

 ……いない。

 

「メモリアさん?」

「あっ、あそこ! メモリア、もう並んでるー! ずるーい」

「るいくんを置いて、一人で並ぶなんて」

 

 リオは、そう言って、メモリアのところへ走っていった。

 

「ちょっと、リオ姉さん!」

 

 僕も、後を追う。

 

「メモリアさん、いつの間に……」

「……おいしそうだったので」

「さっき、帰るって言ってなかった?」

「……それとこれは、別です」

「それに、このスープ屋は、普段は五大都市にしか店を出さないんですよ。食べないと、損じゃないですか」

 

 列は、どんどん進んでいく。

 

「いらっしゃい。ご注文は?」

「アルヴェナスープを三つと、ハナブ村特製クレープをください」

「クレープも? メモリアさん……」

「何か、文句でも?」

「いえ、たくさん食べられるなぁって」

「いいでしょ、私のお金なんだから」

 

 スープは、すぐに出てきた。

 赤いスープの中に、見たことがあるような、ないような具材が、ごろごろ入っている。

 湯気と一緒に、香ばしい匂いが、鼻をくすぐった。

 

「いただきます」

 

 スプーンを手に取って、ひと口飲む。

 

「……おいしい」

「でしょ」

 

 リオが、嬉しそうに笑う。

 メモリアは、僕のことなど気にせず、目の前のスープに夢中だった。

 

「メモリアさん、そんなにおいしいんですか?」

「……はい」

 

 メモリアは、スープから顔を上げずに答えた。

 

「じゃあ、クレープも楽しみだね」

「もちろんです」

 

 僕は、何も言えなくなった。

 

「るいくん、メモリアに食べ物の話をすると、止まらないよ」

 

 スープとクレープを食べ終わって、三人は、また屋敷に向かって歩き出した。

 結局、クレープは、六割くらいメモリアが食べた。

 

「それで、メモリアさん。僕がバレずに屋敷に入る方法って、何なんですか?」

「これです」

 

 メモリアが取り出したのは、麻の縄のようなものだった。

 

「これを?」

「裏道から入って、これをリオ姉にハシゴの形にしてもらって、リオ姉の部屋に入ります」

「リオ姉さんが?」

「私、魔法タイプ、二つあるからね。髪はアスール。目は、るいくんの左目と同じ、ヴェルデ」


 リオが、得意げに胸を張る。

 

「ヴェルデは、植物を伸ばしたり、動かしたりできるの。この縄は麻だから、私の魔法で、好きな形にできるんだよ」

「植物……僕の、あの芽と同じ」

「そう、同じヴェルデだよ」

「私、毎回こうやって屋敷から出入りするとき、結界を一時的に解いてるんだからね」

 

 話しているうちに、いつの間にか、屋敷が見えてきた。

 

「じゃあ、作戦通り、行こ!」

 

 リオが、指揮をとる。

 メモリアが、前に立つ。

 

 今日一日で、たくさんのことを知った。

 ハナブ村のこと、この世界のこと。

  でも、まだ分からないことも、たくさんある。

 なぜ、僕は救われたのか。

 「姉様」とは、誰なのか。

 こうして、長い一日が終わろうとしていた。

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