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4.ハナブ村

 リオとメモリアは、村の入口の森を、迷いなく進んでいく。

 

「こっち、急いで」

「分かってるって、もう」

 

 しばらく進むと、森の中に石の階段が現れた。

 その先は、さらに下へと続いている。

 

「二階層は人が多いから、気をつけてね、リオ姉」

「よし、行こう!」

 

 二階層の中腹には、商店や食堂が立ち並ぶ、にぎやかな通りが広がっていた。

 二人は、その裏道をこそこそと抜けていく。

 そのとき、裏路地にたむろしていた若者たちが、こちらを向いた。

 いぶかしげな目で、じっと見ている。

 

 ――なぜだろう?

 小さな引っかかりを覚えたまま、二人はそこを通り抜けて、三階層へと向かった。

 三階層に降りると、こちらに目を向ける人が、どんどん増えていった。

  そのうち、巡回隊の隊員が、住民に何かを告げられて、こちらを指さした。

 そして、一直線に向かってくる。

 

「リオ姉、巡回隊が来てる!」

「うん、そうだね。走るよ!」

 

 二人は、住民たちと巡回隊を振り切るように走った。

 だが、巡回隊はどんどん距離を詰めてくる。

 リオは、近くに立てかけてあった箒をつかんだ。

 

「ちょっと借りるね!」

 

 魔力を流し込むと、箒は白緑色に光り、あっという間に宙に浮いた。

 リオは、るいを背負ったまま、メモリアと一緒に箒にまたがり、空へ飛び上がった。

 空を飛ぶ人々のあいだを縫って、とてつもない速さで、下の階層へ続く道まで駆け抜ける。

 はためく布の裾から、オレンジ色の服と箒だけが、猛スピードで動いているのが見えた。

 まさに怪奇だった。

 

「ようやく着いたー」

「なんで、向かってきたんだろうね? 透明化が溶けていたのかな……」

「もう、いいよ。着いたんだし。とりあえず、マーガレットさんにバレずに、私たちの部屋に入らないと」 「そうだね。それに、お父様に見つかったら、どうなるか分からないしね」

 

 四階層に降りると、二人はそのまま箒に乗って、屋敷の窓から部屋へ入った。

 

「とりあえず、どうする? この子」

「姉様に会わせないと」

「でも、今日は無理じゃない? だって、まだあの儀式の期間でしょ?」

「うん。この子が見つからないように、終わるまで待つしかないね」

「大丈夫かな……生きてるよね?」

「生きてるよ!」

 

 ……温かい。

 ゆっくりと目を開ける。 眩しい。見知らぬ天井。

 柔らかな寝具の感触が、体を包んでいる。

 ……生きている。

 

 前を見ると、僕と同い年くらいの女の子が二人、何か言い合いをしていた。

  何を話しているのかは、分からない。

 やがて、こちらに気づいて、二人とも僕を見たまま、固まった。

 僕を助けてくれたのは、この二人なのだろうか。

 

「あの、二人が助けてくれたんですか?」


 一か八か、日本語で話しかけてみた。

 

「そうよ! 私たちが助けたのよ」

「まあ、助けたというか……」

「日本語、わかるんですか?」

「日本語? うん。そうね、わかるわよ」

 

 通じた。……なんで?

 

「ここは、どこなんですか? 南極には見えないんですけど」

「……ここは、南極大陸の地下」

 

 紫の髪の少女、メモリアが、静かに答えた。

 心臓が、どくんと鳴った。

 

「……本当に、南極の地下に、人が」

 

 声が、少しだけ震えた。

 言葉が、うまく出てこない。

 笑えばいいのか、泣けばいいのか、分からなかった。

 ただ、胸の奥が、じわじわと熱くなっていく。 あの夢は、夢じゃなかった。


「それより、姉様があなたを呼んでいるわ。それと、あなたは姉様に会うまで、外には出ないで」

「僕を……?」

「そう。ところで、あなたの名前は?」

「僕は、るい。田中るい。あなたたちは?」

「私はリオよ。そして、この子はメモリア」

 

 メモリアは、片足を引き、膝を曲げて、お辞儀をした。

 ふと窓の外を見ると、宙に浮かぶ物体が、ゆっくりと通りを横切っていた。

 杖を持った少年が、杖の先から炎を出して遊び、宙に浮いたまま談笑している少女たちもいる。

 ここは、本当に地球なのか。

 けれど、よく観察してみると、浮いているものや、杖から出る火を除けば、石畳の道も、店先に並ぶ看板も、道行く人々の服も、地上の街とあまり変わらなかった。

  少なくとも、僕が知っている人類の文明から、かけ離れた世界には見えない。

 それが、逆に不思議だった。


 

「隊長! 隊長! 起きてください!」

 

 肩を激しく揺さぶられて、鈴前隊長は目を開けた。

 そこは、雪上車の中だった。

 

「どうした……」

「るいさんがいません!」

 

 運転手が、青ざめた顔で言った。

 

「吹雪がやんだあと、倒れている隊長たちを車へ運んだんですが、るいさんだけ、どこにも……」

 

 その一言で、眠気が吹き飛んだ。

  隊長は、外へ飛び出す。

  ブリザードは跡形もなく消え去り、白銀の大地だけが、静かに広がっていた。

 

「るいくん!」

 

 叫んだ。返事はない。

 雪原を見渡しても、人影はどこにもなかった。

 隊員たちは、手分けして周囲を探した。

 だが、見つかったのは、爆発跡に残る、奇妙な幾何学模様だけだった。

 前田が、無線機を握る。

 

「基地、応答願います。こちら調査隊。遭難者一名。繰り返します、遭難者一名」

 

 しばらくして、雑音まじりの声が返ってきた。

 

『こちら基地! 調査隊、無事ですか! そちらとは、昨日の朝から連絡が取れていませんでした』


 隊長は、眉をひそめた。

 

「昨日……?」


 石川が、腕時計を見る。

 

「時計は、止まっていません。でも、日付が、一日進んでいます」

『繰り返します。そちらとの通信は、一日、途絶えていました』


 その言葉に、その場の空気が凍りついた。

 一日。

 誰一人、その時間を失ったことに、気づいていなかった。 隊長は、静かに雪原を見つめる。

 

「るいくん……必ず、迎えに行く」

 

 その決意だけが、白い大地に残った。

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