3.南極の地下
雪原の上で、スノーモービルに似た乗り物が、低くうなりを上げて動き出した。
ハンドルとスキーの先が、青く光る。
白い冷気がふわりと漏れ、車体の下の雪が、みるみる凍っていく。
ハンドルを握るのは、青い髪の少女、リオ。
その後ろに、紫の髪の少女、メモリアが座っている。
二人のあいだには、気を失ったままの銀髪の少年、るいが挟まれていた。
メモリアは、彼が落ちないように、るいごとリオにしがみつく。
座席の下の収納から、丸めた布の端がはみ出していたが、二人とも気づかなかった。
「メモリア、早く乗って。行くよ」
「はーい」
「リオ姉、気をつけてね。運転、荒いんだから」
「大丈夫、大丈夫」
「ほんとに気をつけてよね。私、この機械は扱えないし、行きもそのせいで、あんなことするハメになったんだから」
「はーい。安全運転で行きまーす」
乗り物は、低い音を響かせて、雪原を滑り出した。
しばらく走ると、前方に雪の丘が見えてきた。
「もうすぐ、村だよ」
「はーい。結界を解くから、少しスピード落としてよね」
メモリアは右手を前に出し、左手を右手首に添えた。
ふう、と息をついて、頭の中に思い描く。
見えない「糸」を、一本ずつ、ほどくように。
村の警報糸に触れないよう、慎重に、指先で辿っていく。
「……いけた」
言葉にした瞬間、イメージが体を駆けめぐった。
右手に光が集まり、紫色の魔力が、奔流となってあふれ出す。
結界は、バターのようになめらかに溶けていった。
「メモリア、さすが私の妹! 振り落とされないでよ、いくよ!」
リオが、乗り物を一気に加速させる。
そのまま、丘の下の洞窟へ飛び込んだ。
「もう、リオ姉のバカ! そんな勢いで突っ込んだら、ばれるじゃん。たとえ裏の洞窟でも」
「大丈夫だよー。このへん、地上には誰もいないし」
洞窟の奥で、乗り物が止まる。
ここは、村の裏手にある、二人だけの抜け道だ。
「それより、どうやって戻る? 行きと同じ? あれ、嫌なんだけどなー」
「帰りもそれで行きたいけど、その子がいるからなぁ」
「じゃあ、この機械で正面突破?」
「そんなことしたら、ばれるに決まってるじゃん」
そのとき、座席の下で、ゴトゴト、と何かが動いた。
「……これ、なにか入ってる」
「なにそれ」
メモリアが収納の蓋を開けると、ブルーシートほどの大きさの布が出てきた。
「何かの魔道具かな」
「でも、見たことないよ」
「とりあえず」
リオが、布に魔力を込めてみる。
……何も起こらない。
「えー」
「何も起こらないね。私もやってみていい?」
「いいよ。はい」
リオが布をメモリアに渡そうとした、そのとき。
二人のあいだで座り込んでいた銀髪の少年が、すっと手を伸ばした。
目は閉じたままだ。 彼の手が、布をつかむ。
布が、銀色に光った。
洞窟の壁がその光を反射して、あたり一面が、まばゆく包まれる。
布が三人の姿を包み込むように広がった。
次の瞬間、三人の姿が、洞窟の景色に溶け込んだ。
リオとメモリアは、驚いて顔を見合わせた。
自分たちの手が、洞窟の壁と同じ色に透けている。
メモリアは、るいの顔を見た。
起きる気配は、ない。
眠ったまま、魔法を発動させた?
そんなことが、あり得るのだろうか。
背中を、ひやりとしたものが走った。
「この布をかぶって行けば、中に入れそうじゃない?」
「そ、そうだね」
リオが、るいを背中におぶった。
裏の洞窟から村へ入るには、「行きと同じ方法」を使うしかない。
でも、気を失ったるいを連れては、とても使えない。
だから、遠回りでも、正面の入口から入るしかなかった。
二人は洞窟を出て、正面の洞窟のほうへ回り込んだ。
「正面の入口にも、結界、張ってあるよね?」
「うん。しかも、さっきの外の結界より、解くのは大変かも」
正面の洞窟は、思っていたより広かった。
「うわー、ひっろ。正面の洞窟って、こんなに広いんだね」
「えーと、確か、この辺に……」
メモリアは、地面の雪を払いながら、入口を開ける鍵を探した。
「おっ、あった」
地面に、幾何学的な模様が刻まれていた。
メモリアがそこに魔力を込めると、洞窟の壁の一部が、ゆっくりと動き出し、扉が現れた。
「うげ、旧結界魔法だ。解けるかわからないかも」 「大丈夫、解けるよ。メモリアが解けないなら、村で解ける人なんて、片手で数えるくらいしかいないし」
メモリアは、大きく息を吸って、扉にかけられた結界と向き合った。
複雑に絡み合った光のパズルを、一つずつ、慎重に組み替えていく。
一か所でも間違えれば、警報が鳴り響く。呼吸が、浅くなる。
どれくらい時間が経ったのか、分からない。
気づけば、額に汗がにじんでいた。
最後のひとつが、かちりとはまる。 扉が、音もなく開いた。
「あ、開いた」
「さすが、メモリア、私の妹! じゃあ、早速行こう!」
「待ってよ、リオ姉。この布をかぶらないと、正面から行く意味ないじゃん」
「あ、そうだった」
三人は、布をかぶって、村の入口へ向かった。
――連れていかれる。 どこかへ。
意識の底で、僕は、温かな何かを感じていた。
扉の向こうは、村の入口だった。
木々が生い茂り、風が葉を揺らしている。
遠くでは、水の音が響いていた。
見上げた先には、空のような淡い光が広がっている。
もし、るいが目を開けていたなら、きっとこう思っただろう。
ここが南極の地下だなんて、とても信じられない、と。
「うあー、戻ってきたー」
リオが、るいを背負ったまま、うーんと伸びをする。
「外に出てたの、二日間だけですけどね」
メモリアが、あきれたように言った。
「それは、そうだけどー」




