2.ブリザード
越冬隊だけになって、一週間が経った。
二日前、基地の近くで、原因不明の爆発があった。
もし軍事演習なら、世界的な問題になるかもしれない。自然現象なら、世紀の大発見かもしれない。
どちらにしても、確かめないわけにはいかない。
そう決まって、調査隊が組まれた。
爆発地点は、基地から約二十キロ。
氷の割れ目を避けて遠回りするため、雪上車でも一日がかりの道のりだ。
天候を見ながら、五日間の調査計画が立てられた。
メンバーは、鈴前隊長、僕、運転手の二人、気象担当の前田さん、地質学者の石川さんの、計六人。
雪上車二台に分かれて向かう。
そして今日。
朝食をとり、雪上車の点検と整備が終わると、僕と隊長と運転手が前の車に、前田さんと石川さん、もう一人の運転手が後ろの車に乗りこんだ。
「気をつけてね〜」
小原さんが、心配そうに手を振っている。
ほかの隊員たちも見送りに来てくれた。
僕たちを乗せた二台の雪上車は、ゆっくりと基地を出発した。
出発から数時間。
雪上車は決して速くはないが、確実に進んでいた。
運転席には運転手。
後部座席には、僕と鈴前隊長。
隊長は五十三歳。
でも、鍛えているからか、見た目はとても若い。
年齢を聞かなければ、三十代でも通ると思うだろう。
こんな頼れる大人になるには、どうすればいいんだろう。
そんなことをぼんやり考えていると、静かな車内で、隊長が話を切り出した。
「るいくん、南極の生活には慣れた?」
気を遣って話しかけてくれたのだと、すぐに分かった。
そういうところも、隊長に憧れる理由のひとつだ。
せっかくの気遣いを無駄にしたくなくて、少し考えてから答えた。
「いえ、慣れないです。まだ一か月ちょっとですし」
「そうだよね。私も、六回来ても慣れないよ。でも、南極は好きなんだ。何回来てもワクワクする。まだ探検されていない場所や、見つかっていない秘密が、あるかもしれないからね。……るいくんも、その秘密を見つけたくて来たんだろう?」
「はい。今回の爆発も、僕の夢に関係があるかもしれないと思っています」
「そうか。見つかるといいね。るいくんが探している何かが」
そのとき。 ゴトン、と車内が大きく揺れて、僕と隊長は体勢を崩した。
「大丈夫ですか!」
「はい、大丈夫です」
「私も大丈夫だ。……少し、車両を見てきます」
「私も行こう」
運転手と隊長は、車の様子を見に外へ出ていった。
僕は、揺れで倒れた荷物を片づけることにした。
ふと、あの日の地震計の針の震えが、頭をよぎった。
まさか、ね。
荷物を拾っていると、椅子の下に落ちている一枚の紙が目に入った。
プリクラだった。
若いころの隊長と、長い髪の、いかにも高嶺の花という雰囲気の女性が、並んで写っている。
しばらくして、隊長たちが戻ってきた。
「どうでしたか?」
「氷の段差に乗り上げただけだったよ。問題ない」
「隊長、これ、落ちてました」
「ああ、ありがとう」
「その女性、奥さんですか?」
「そうだよ」
「とても綺麗な人ですね」
「……可愛かった。守らなきゃいけなかったんだ。私が」
隊長は、震える手でプリクラを見つめ、数秒の沈黙のあと、絞り出すように言った。
「すみません、そうとは知らずに」
「いや、いいんだ。未練がましく、まだ持っているだけだよ。忘れたくても、忘れられない人でね。……幸、というんだ」
……
あの日、ブリザードが来た。 幸は、それきり戻らなかった。 何も、残っていなかった。
……
「……すまない」
隊長はそう言って、涙を拭った。
その後、車内に言葉は少なかった。
雪上車は順調に進み、日が暮れるころ、ちょうど爆発現場の近くに着いた。
現場から五百メートルほど離れたところに車を止めて、今夜はここで一泊する。
調査は、明日の朝一番からだ。
七時に目を覚まし、朝の支度をして、八時ごろに雪上車を離れた。
運転手の二人は、車の番として残る。
向かうのは、隊長、僕、前田さん、石川さんの四人。
爆発現場までは、歩いて三十分ほどだった。
爆発の跡が見えてきた。
近づくにつれて、思わず息をのんだ。
クレーターの焦げ跡が、幾何学的な模様になっていた。
円と線が、何かの図形のように整然と並んでいる。
自然にできたものとは、とても思えない。
そして、クレーターの底では、青白い光が、脈打つようにゆらめいていた。
僕が夢で見たものと、同じ光だった。
やっぱりだ。
あの光は、夢じゃなかった。
「おぉ、これはすごいですね」
石川さんが感嘆の声をあげて、写真を撮り始める。
「なんだか、光っているところもあるな。あれは何だろう」
「そうですか? 僕には見えないですが、位置の問題ですかね」
隊長と石川さんの会話を聞きながら、僕は、クレーターの光から目が離せなかった。
そのときだった。
ゴォーッ、ゴォーッ。
二度、強い風が吹きつけた。
直後、雪と氷が混ざった吹雪が起こり、あっという間に視界が真っ白になる。
ブリザードだ。
でも、予兆なんて、何もなかった。
こんなことが、自然に起こるのか?
そう考えている間にも、雪が顔に叩きつけてくる。
何もないこの場所で、四人とも吹雪に巻き込まれた。
「隊長――!」
あらん限りの声で叫んだ。
だが、返事はない。
周りには、誰もいない。
「うっ……」
苦しい。寒い。
意識が、だんだん遠のいていく。
吹き荒れるブリザードの中、防寒具も着ずに立っている少女が、二人いた。
青い髪の少女が、不安そうにつぶやく。
「ほんとに、やってよかったんだよね?」
「だって、姉様が『あの子を連れてこい』って……。それより、とりあえず助けないと。姉様に怒られる」
紫の髪の少女が、口をとがらせて答え、青い髪の少女が倒れた銀髪の少年を抱き起こした。
「よいしょっと。この銀髪の子だよね。他の人たちはどうする?」
「簡易バリアを張っておいたから、大丈夫」
「じゃあ、早く戻らないとね」




