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枯渇の夜明け  作者: 山田村
第二章 枯渇の代償

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9/14

第9話「優遇の理由」



 李体制の崩壊から一週間も経たないうちに、私の部署の電話は鳴りっぱなしになった。


 CPTPP加盟国、そして台湾。友好国の窓口から、資源供給に関する問い合わせが、堰を切ったように押し寄せてきた。表向きは「今後の供給計画の確認」という体裁だったが、実際の中身は、ほとんどが同じ一言に集約されていた。


「備蓄を、増やしたい」


 特に台湾からの要請は切実だった。北朝鮮情勢の混乱に加えて、韓国までもが完全に中国の意向でしか動かなくなった今、次に何が起きるか分からない、という緊張感が、文面の端々ににじんでいた。


「橘さん、台湾向けの追加供給案件、優先で頼む」


 課長にそう言われ、私はいつもより一段階多い書類の束を抱えることになった。



———



 供給配分の調整というのは、単純な話ではない。


 アメリカ、CPTPP加盟国のうち日本を除く十一カ国、台湾。合わせて十三の窓口に対して、生産量、既存契約、備蓄状況、輸送能力といった変数をすり合わせながら、配分の優先順位を組み立てていく。


 パズルのようなものだと、私はいつも思っている。ピースの数が多いだけで、やること自体は、そこまで複雑ではない。基準さえ守れば、答えは自然と決まってくる。


 その日も、いつも通り、既存の配分表と、各国の経済規模・契約年数・過去の取引実績を照らし合わせながら、優先順位を組み直していた。


 途中で、手が止まった。


 ある一国への優先度が、他の指標と比べて、明らかに不釣り合いに高かった。経済規模でも、契約年数でも、そこまでの優先度を説明できる材料が見当たらない。


 最初は、自分の計算間違いかと思った。数字を三回見直した。間違ってはいなかった。


「……何、これ」


 思わず声が漏れた。



———



 昼休み、課長のところへ、それとなく聞きに行った。


「この国、他と比べて優先度、高すぎませんか」


 資料を指差すと、課長は一瞬だけ視線をそらした。


「ああ……それは、上の判断だから」


「上、というのは」


「まあ、いろいろあるんだよ。橘さんは、そのまま反映してくれればいいから」


 それ以上は、何も教えてもらえなかった。私は「分かりました」とだけ答えて、席に戻った。


 こういうとき、たいていの人は、それ以上は追及しない。私も、普段ならそうする。効率が悪いし、波風を立てても得なことは何もない。


 それなのに、その日はなぜか、資料をすぐには片付けられなかった。



———



 夕方、別件でPMCからの警備報告書に目を通していたときだった。


 サハリン、カムチャツカ、タンカー護衛ルート。いつもの数字が並ぶ中に、見慣れない項目が増えていた。ある地域への人員配置が、直近一か月で急に増加している。


 その地域は、午前中に引っかかった、あの「優先度の高すぎる国」と、経済的に深く結びついている地域だった。


 偶然かもしれない。そう思おうとした。だが、頭の中で、二つの数字が、どうしても結びついてしまう。


 資源供給の優遇と、PMCの展開。表向きは別々の書類、別々の担当、別々の話のはずだった。それが、私の机の上でだけ、静かに符合していた。



———



 その夜、実家に帰っても、頭の中はずっとその数字のことでいっぱいだった。


「澪、お風呂沸いてるわよ」


 母の声にも、生返事しか返せなかった。


 自分の部屋で、資料のコピーを机の上に広げた。誰かに見せる予定もない。ただ、なんとなく、捨てられなかった。


 「気にしすぎかもしれない」


 声に出してみると、余計にそれらしく聞こえなかった。


 これまでの私なら、こういう引っかかりは、一晩寝れば忘れていた。世界のあちこちで起きる大きな出来事を、いつも「地図の上の話」として処理してきたように、この程度の違和感も、明日の朝にはただの書類の一枚に戻っているはずだった。


 それなのに、その夜だけは、コピーをシュレッダーにかける気になれなかった。


 引き出しの奥に、そっとしまった。理由は、自分でもうまく説明できなかった。



(第9話・了)


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