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枯渇の夜明け  作者: 山田村
第二章 枯渇の代償

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第11話「ドル箱」




 羽鳥SSを訪ねてから、二週間ほど経ったころ、中国関連のニュースが、急に慌ただしくなった。


 北朝鮮を巡る戦争の後始末と、油田の共同開発への継続的な関与を抱え込んだ中国で、各地の軍管区が、中央の指示を無視して独自に動き始めている、という報道が流れ始めた。最初は「一部地域の混乱」という控えめな扱いだったが、日を追うごとに、その範囲は広がっていった。


「橘さん、これ、うちの契約先にも関わってこないか」


 課長に呼ばれて渡された資料を見て、私は思わず息を止めた。


 私が半年前から供給調整を担当していた、中国東北部のエネルギー関連企業。書類上は国有企業だったはずのその会社が、いつの間にか、特定の軍管区の管轄下に事実上組み込まれていた。



———



 調べれば調べるほど、状況は込み入っていた。


 北朝鮮を巡る軍事作戦、そして停戦後の油田共同開発のために投入された人員・資材は、当初の想定を大きく超えていたらしい。中央政府はその負担を、各地の軍管区に肩代わりさせる形で乗り切ろうとした。その結果、資源を産出する地域を任された軍管区が、次第に「自分たちの取り分」を主張するようになっていった。


 石油や天然ガスが出る土地は、今や、単なる国有財産ではなく、各軍管区にとっての「ドル箱」になっていた。


 私が担当していた企業も、その一つに過ぎなかった。



———



 中国東北部の混乱を調べる過程で、省内の共有フォルダに、定期更新される「中東地域・情勢概観」という資料があることに気づいた。担当外ではあったが、何かの参考になるかと思い、目を通してみた。


 読んで、しばらく手が止まった。


 あの、すべての始まりだった土地は、資料の中では、驚くほど静かな言葉で綴られていた。


 かつての油田やパイプライン、プラント群は、今も砂漠のあちこちに、遺跡のように残っているという。動かす燃料も、動かす理由も、もうない。自動車は、公共の車両を除いて、ほとんど走らなくなった。人や荷物の移動は、今は主にラクダや馬といった家畜が担っている。何十年も前の暮らしに、逆戻りしたようなものだと、資料は淡々と記していた。


 海水淡水化の設備も、電力とともに止まったままだった。大都市には、もう人が住んでいない。水を得られる、ごく一部の地域にだけ、人口が寄り集まって暮らしているという。


 王族と呼ばれた人々の多くは、辛うじて過去に蓄えた資産で命脈を保っているらしい。だが、以前のような暮らしはとうにできない。定期的な収入そのものが、もう存在しないのだから。


 イランについても、短い一文があった。かつて武器と原油を交換する形で、周辺の武装勢力を支えていたが、その原油そのものが尽きたことで、その関係も途絶えた。指導者層も、以前のような豪奢な暮らしはできなくなっている、と。


 貧しい層からは、当然のように餓死者が出ていた。人口自体も、緩やかに減り続けているという。


 資料の中で、私が最も奇妙に感じたのは、次の一文だった。


「武装勢力の保有する銃器は、多くが弾薬を欠いており、殴打のための道具として使用される例が報告されている」


 撃つものではなく、殴るもの。それが今の「銃」の役割になっているらしい。皮肉なことに、争いそのものは、以前より少なくなっているという。武器も、燃料も、人も、足りない土地では、大きな戦争を続けることすら難しいのだろう。


 個人での聖地巡礼の数も、大きく減少していた。車で移動できないのだから、無理もない。


 資料は、最後にこう締めくくられていた。


「地域全体として、階層を問わず貧困化が進行している。ただし、これを『神に見放された』と表現する者は確認されていない」


 私は、その一文を、何度か読み返した。


 すべてがなくなった土地でも、人は、そこに意味を見出すことをやめないらしい。私が数字と地図でしか触れたことのない場所に、そうやって、今も誰かが生きている。



———



 ふと、以前引っかかった、あの「優先度の高すぎる国」への供給案件を思い出した。


 引き出しから、あのコピーを取り出す。優遇されていた国向けの積出記録を、輸送記録まで遡って洗い直してみた。


 すると、奇妙な点に気づいた。積荷の最終仕向地は、確かにその国になっている。だが、その手前で、一度、シンガポール籍のタンカーへの積み替えが挟まっていた。書類上は「精製・ブレンド目的の一時寄港」となっていたが、寄港期間にしては短すぎるし、積み替え量が妙に半端だった。


 シンガポールは、世界有数の石油の中継貿易拠点だ。そこを経由させれば、来歴のはっきりしない原油や燃料も、書類の上ではきれいに「シンガポール産」として洗い直される。制裁逃れの手口として、昔からよく使われる方法だと、研修で聞いた覚えがあった。


 もしかして。


 私は、PMCの警備報告書を、もう一度引っ張り出した。人員配置が急増していたあの地域——中国東北部のあの企業の拠点——と、シンガポールを経由した積荷の追跡記録を突き合わせてみる。輸送のタイミングが、不自然なほどきれいに一致していた。


 資源供給の優遇。シンガポール経由の積み替え。PMCの展開。そして今、表面化してきた軍管区の独立的な動き。四つの点が、少しずつ、一本の線になりかけていた。



———



「橘さん、また難しい顔してる」


 同期の女性職員が、給湯室で声をかけてきた。


「ちょっと、担当してる企業が、面倒なことになってて」


「ああ、あの中国東北部の……。うちの部署でも噂になってるよ。あそこ、もう国の企業っていうより、軍のものみたいになってるって」


「詳しいんですね」


「詳しいっていうか、みんな噂してるだけ。橘さんはいつも、そういうの一歩引いて見てるから」


 そう言われて、私は、いつもの自分ならそうだっただろうな、と思った。噂話として処理して、書類だけ淡々と片付けて、次の案件に移る。それが、これまでの私のやり方だった。


 でも今回は、なぜか、それができなかった。



———



 その夜、資料をまとめながら、私は一つの仮説にたどり着いていた。


 羽鳥SS事件の記録にあった「本当の黒幕」——渡辺という人物の上位にいたとされる、正体不明の存在。それは、当時から、この中国東北部の企業、あるいはそれに連なるネットワークと関係していたのではないか。


 証拠と呼べるものは、まだ何もない。ただの、点と点をつないだだけの想像に過ぎない。


 それでも、その夜、私は珍しく、仕事のことを考えながら眠れなくなった。


 これまでの私なら、「気にしすぎ」の一言で片付けていたはずだった。



(第11話・了)


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