ep.6「価値の概念」
指が止まらない。
画面の上をなぞる。
消える。
音が鳴る。
連鎖する。
「……なるほど」
配置を読む。
最長を選ぶ。
効率を詰める。
「ねぇ」
横から声がかかる。
「それ、まだやるの?」
視線は動かさない。
「暇な時にやる程度だ」
「今それ何分やってると思ってるのよ」
「……知らんな」
これを始めてから時間の感覚は曖昧だ。
だが、悪くない。
「……そろそろいいでしょ」
ひょい、とスマホが取り上げられる。
「……何をする」
「一旦中断」
ため息混じりに言われた。
「大事なこと教えてないでしょ」
「大事なこと?」
「そう。生活する上で一番大事なやつ」
少し間を置いて、続けた。
「お金」
「金か…… 価値が分からん」
「でしょうね」
蓮也はソファに座り、テーブルの上にいくつかの物を並べた。
長方形の紙。
金属の円。
「これがこの世界の“お金”」
指で示す。
「紙と金属で価値を表してるの」
「……素材の価値ではないのか」
「違うわね」
あっさり否定された。
「これは“決まり事”よ」
「決まり事?」
「これに価値があるって、みんなで決めてるの」
なるほど。
理解はできる。
「不安定だな」
「まあね」
肩をすくめる。
「でも、それでこの世界は回ってるのよ」
紙を一枚持ち上げる。
「これは千円札」
別の紙。
「こっちは五千円札、それと一万円札」
硬貨を指す。
「これは一円玉、五円玉、十円玉、五十円玉、そして百円と五百円」
並べていく。
「で、これが全部“違う価値”」
「……分かりにくいな」
率直な感想だった。
「最初はね」
蓮也が笑う。
「で、問題はここから」
指をこちらに向ける。
「セレスさん、今いくら持ってるの?」
「……持っていないな」
「でしょうね」
予想通りの返答だったらしい。
「じゃあ質問」
蓮也がにやりと笑う。
「水一本、いくらだと思う?」
「……銅貨一枚」
「違うわ」
「じゃあ、パン」
「銀貨一枚」
「聞いてた!?説明した中に無かったでしょ!?」
「言われてみれば……」
「基準が違うのよ」
軽く笑う。
「この世界、銅貨とかないから」
「……そうか」
根本から違うらしい。
「ちなみに」
蓮也がスマホを操作する。
画面を見せてくる。
「これ、水」
「……」
「百八円」
「……安いな」
思わず呟いた。
「そう思うでしょ?」
「だが、貨幣価値が分からん以上、判断は難しい」
「正しい」
蓮也が頷く。
「だからーー」
そこで言葉を切る。
「一回、外出るわよ」
「外?」
「実物見た方が早い」
蓮也が立ち上がる。
「コンビニ行くわ」
「……こんびに」
「補給施設みたいなもの」
「なるほど」
分かりやすい。
立ち上がる。
その時だった。
「財布」
蓮也が布製の小さな袋を俺に差し出した。
「とりあえず貸すわ」
「借りる必要があるのか」
「あるわよ。この世界、“無一文”は普通に詰むから」
「……合理的ではないな」
「そうでもないわよ」
軽く笑う。
「ちゃんと決まり事があるだけ」
財布を受け取る。
中を見る。
紙と金属。
「……重さと価値が一致しないのは、やはり妙だな」
「慣れよ慣れ、でも一円玉は一枚一グラムよ」
蓮也が肩をすくめる。
「で、これからそれを覚えるの」
「……面倒だな」
「でしょ?」
くすりと笑う。
「でも、やらないと生きてけないわよ?」
「……それは困るな」
小さく息を吐く。
「なら、覚えるしかないか」
「そういうこと」
扉へ向かう。
「ほら、行くわよ」
「分かった」
後を追う。
(この世界、“力”だけではどうにもならんか)
「……面白い」
結論は変わらない。
未知は嫌いじゃない。




