ep.59「帰る理由」
「行くぞ」
ーー山中。
何度目かの模擬戦。
嶺二と蓮也が同時に踏み込む。
雷と風、そして共鳴。
全てを乗せた動き。
いつものように捌き、崩す。
だが、いつもとは違う。
速く、重く、噛み合っている。
「まだだっ!」
嶺二の踏み込みが深くなると同時にーー風が重なる。
一瞬、フェイントにより俺のタイミングがズレる。
その隙を二人が見逃すはずもなくーー
「ーーっ!」
衝撃。
蓮也の風圧を乗せた嶺二の拳が確かに、俺の脇腹に入った。
身体が揺れ、その場に片膝を付く。
「……入った」
嶺二が呆然と呟く。
「当たった……?」
蓮也が目を見開く。
「ああ、届いたぞ」
口元が僅かに緩む。
「十分だな」
「……は?」
「え?」
「山籠りはここまでだな」
「ちょっと待って、そんな急に!?」
「まだ勝ててねぇんだけど」
「一撃入れただろう。それで十分だ」
二人が黙る。
「最初は俺に触れる事すら出来なかった。だが、今は違う」
それが俺の答えだった。
魔王討伐するわけではない、この世界でなら嶺二も蓮也も敵無しだろう。
十分に強くなった。
◇
ーー山を下りて数日。
俺たちは日常に戻っていた。
街も、空気も、行き交う人々も。
そしてーーBAR《月影》
「そろそろ店開けるわよ」
「ああ」
変わらないやり取り。
グラスを磨き、酒を注ぐ。
(戻ってきたな)
そう思う。
だがーー
(……ここに居る理由は、もうない)
任務は中止。
役目ももうない。
自然と答えは出る。
(帰るしかない……クリスタリア王国へ)
グラスを磨いていた手が止まる。
胸の奥がざわつく。
◇
ーー閉店後。
「嶺二を呼んでくれ」
「え、兄貴?別にいいけど」
「話がある」
◇
少しして嶺二が到着した。
「それで、話ってなんだ」
「まぁ、大体察しは付くけどね」
「俺は……クリスタリア王国に帰る」
「だろうとは思ってた」
「明日の朝だ」
「随分と急ね」
「……そうだな」
「そういうもんだろ、セレスは」
「……否定はしない」
「またこっちにも遊びに来るの?」
「それは……まだ何とも言えない」
「そう……」
「ま、いいさ」
◇
ーー翌朝。
マンション前。
「じゃあね」
「魔王の件、気を付けろよ」
「ああ」
空間が歪み、二人の顔が光で徐々に見えなくなっていく。
そして俺は完全に光に包まれた。
「……いきなり現れて……帰るのまで急だなんて、セレスらしいわね」
「まったくだ。めちゃくちゃな奴だったな」
「でも、悪くなかったわね」
「そうだな」
その場にはもう、兄弟二人だけ。
だがーー
確かに、何かが残っていた。




