ep.56「揺らぎ」
ーー夜。
山の中は昼間とは別の静けさに包まれていた。
「……」
一人、外に出る。
ロッジの灯りから少し離れた場所。
空を見上げると、街にいた時よりも星がよく見える。
(静かだ……)
昼間の訓練を思い出す。
暴走した雷。
制御の甘さ。
(まだ危ういな)
だが、それ以上に俺の思考を占めるのはーー
(……トール)
意識がそっちに持っていかれる。
あの子がーー魔王の生まれ変わり。
……小さく息を吐く。
(本当、なのか……)
信じたくない気持ちが渦巻いている。
「まだ可能性の段階だ……だがアイリーンが俺に告げてきたって事は確定も同然、か……」
あいつは、そういう奴だ。
軽い推測をわざわざ、この任務に就いている俺に伝えてくるはずがない。
視線を落とし、拳を握り締める。
昼間の光景が蘇る。
強くなっていく二人。
(あいつらを鍛えるということは……)
自然と、その先に繋がる。
何度も繰り返し脳裏を過っては振り払ってきた未来。
(……あの子を)
思考が止まる。
言葉にはしない。
したくない。
考えたくもない。
「……」
小さく頭を振る。
(迷うな……これは、俺の役目だ)
宮廷魔導師として。
王命を受けた者として。
(任務を全うする、ただそれだけの話だ)
そう、自分に言い聞かせる。
それでも、納得出来ない自分がいる事も確かで。
(……割り切れというのか)
答えは出ない。
「なにしてんのよ」
後ろから聞こえた声に振り返ると、蓮也が立っていた。
「起きてたのか」
「なんか出ていく気配がしたから」
隣に来た蓮也が、空を見上げた。
「……星、綺麗ね」
「ああ」
少しの沈黙の後、蓮也が口を開いた。
「今日のあれ」
「嶺二の雷か?」
「そう。ちょっと焦ったわよ、流石に」
「だろうな」
「でもさ」
蓮也が少しだけ笑う。
「なんか、ワクワクもしたのよね」
「……そうか」
「魔法なんて物語の中だけのものだと思ってたし。それに……出来なかったことが出来るようになるのって、単純に楽しいじゃない?」
「……」
「ま、死にかけるのは勘弁だけど」
そう言って蓮也は軽く肩をすくめた。
「……なぁ」
少しだけ、言葉を選ぶ。
「もし、もっと強くなれるとして……その先に危険があるとしても、それでも進むか?」
俺の問いに、蓮也は少し考えてから真っ直ぐに俺を見た。
「なにそれ、急に」
そして、ふっと笑った。
「当たり前じゃない」
「……」
「細かいことは分からないけど、色々と面白そうだし。それに、危ないことがあるなら対処出来るくらい強くなればいいだけの話でしょ」
「……」
「逃げる理由にはならないわ。少なくとも、私と兄貴にとってみればね」
「そうか」
蓮也の言葉が、妙に重く胸に残る。
「変なこと聞くわね」
「参考になった」
「ふーん?」
それ以上は聞いてこない。
蓮也らしい。
再び、空を見る。
(進む、か)
まだ、答えは出ない。
けれど、ほんの微かにーー
揺れていた何かが、俺の中で固まっていく気がした。




