ep.41「いつもと違う一日」
この日もいつも通り、昼間は特に予定もなく、ソファに腰を下ろしていた。
視線は手元のスマホ。
図柄を繋げる。
消える。
また繋げる。
(……面白い)
ハイスコアを更新して蓮也の方を向く。
「蓮也」
「なに?」
キッチンの方から声が返る。
「どこか面白い所に連れて行け」
「……なに?唐突ね」
呆れたような声。
「気分だ」
「まったく……」
小さくため息。
何かを考える気配。
数秒の沈黙の後ーー
「あー……店を休みにして兄貴も誘ってキャンプでも行くかぁ」
「きゃんぷ?」
「外で過ごすのよ。泊まりで。テントは使うけどね」
「……外で泊まる?」
少し考える。
環境。
安全性。
利便性。
「……合理性に欠けるな」
「そういう問題じゃないのよ!まあいいわ、行けば分かるから」
「……なるほど」
未知は経験するのが一番早い。
◇
「もしもし兄貴?今暇?まぁ暇じゃなくても付き合ってもらうんだけどね」
蓮也がスマホで嶺二と連絡を取る。
「……うん、じゃ決まりね」
どうやら通話は終えたようだ。
「OK、行くわよ」
「早いな」
「こういうのは勢いが大事なのよ」
◇
マンションの外でしばらく待つと、黒い鉄の箱が目の前で止まる。
「乗れ」
窓が開き、嶺二が顔を出した。
いつものボタンをいくつも開け放ったワイシャツ姿ではなくラフな服装。
なのに裏の人間感が拭われない嶺二。
「……これが」
視線を向ける。
滑らかな曲線。
黒い外装。
光を反射している。
「車よ」
蓮也がドアを開けて中へと促される。
「……」
言われるがまま乗り、座席に座る。
柔らかい。
だが沈みすぎない。
妙に安定している。
(……構造としては優秀だな)
「シートベルト締めなさい」
「これか」
体を固定する。
拘束具に近いが、不快ではない。
◇
振動。
そしてーー
滑らかに動き始めた。
「……」
視界の外側。
景色が流れる。
「……速いな」
「車だからな」
嶺二が短く答える。
しばらくして。
体の感覚を確かめる。
揺れ。
安定性。
馬車との違い。
比較、そして分析。
「……」
そして、ぽつりと。
「……馬車ほど揺れないのだな……」
「比較対象そこなの!?」
「馬じゃねぇからな」
嶺二が淡々と返す。
「……快適だな」
背もたれに体を預ける。
無駄な力が抜ける。
(……これは良い移動手段だ)
◇
「ちょっと寄るぞ」
嶺二がハンドルを切る。
広い場所へ入る。
多くの車。
建物。
人の流れ。
「ここは?」
「サービスエリア」
蓮也が答える。
「移動の途中で休む場所よ」
「……規模が大きいな」
視線を巡らせる。
飲食店や売店。
全てが整っている。
「……一時的な拠点としては優秀だな」
「だからそういう場所じゃないのよ」
車から降りて中へ入る。
食べ物の匂い。
人の声。
雑多な音。
「……情報量が多い」
「慣れなさい」
棚には多種多様な商品。
「……多すぎる」
「こっちよ、何か食べましょ」
「選択肢が多いのは非効率だ」
「はいはい」
適当に選ぶ。
串焼きと飲み物。
「……美味いな」
「でしょ?」
「……効率は悪くない」
「もういいわよそれ」
軽く流される。
◇
休憩の後、車に戻った。
再び走り始める。
しばらくすると車の速度が緩やかになった。
「速度を落としたのか」
「高速降りたからな」
徐々に景色が変わり、建物が減る。
自然が増える。
視界が開ける。
「そろそろよ」
◇
車が止まると外へと出る。
空気が違う。
静かで清らかだ。
風の音。
木々の揺れ。
人の気配はあるが、遠い。
周囲を見る。
簡易的な設備。
焚き火の跡。
「……なるほど」
一拍。
「……つまりこれは」
さらに一拍。
「野営か!」
「キャンプよ!!」
蓮也のツッコミが響く。
「まあ似たようなもんだろ」
嶺二が肩をすくめた。
「……確かに」
頷く。
休息か娯楽かの違いだけで、本質は同じだ。
「……悪くないな」
見慣れない景色。
新しい環境。
だが、不安はない。
むしろーー
(……面白い)
そう思いながら。
“日常の外側”へと足を踏み入れた。




