ep.33「静かな訪れ」
ーークリスタリア王国。
王都の一角。
落ち着いた雰囲気の庭園に併設された屋外席。
白いテーブル。
整えられた茶器。
穏やかな日差し。
「遅いわよ!アイリーン」
先に席についていた女性が、呆れたように言う。
柔らかな長いピンクベージュの髪。
口元にはフィナンシェの食べカス。
「煩いわね。少し立て込んでたのよ」
アイリーンは呆れながら彼女の正面の席に着いた。
「先に始めてたわよ」
「見れば分かるわ」
短く返す。
向かいに座るのは、幼馴染のミレイユ。
気を使わずに話せる数少ない相手だ。
カップに手を伸ばし、紅茶を一口。
香りが広がる。
ふと、視線を横へ向ける。
芝生の上。
小さな子供が二人。
「メリア、そっちはダメよ!」
「えー!」
「フレイ、メリアにこのお菓子渡してきてくれる?フレイも食べていいから」
「わかったぁー」
元気な声が響く。
五歳の双子。
やんちゃな姉と姉の後を着いて歩く弟フレイ、性格は正反対だ。
そしてーー
ミレイユが座る席の横。
揺り籠の中で静かに眠る小さな存在。
(……トール)
生まれたばかりの命。
エメラルドグリーンの髪と瞳を持つ父や兄とも違い、ピンクベージュの髪と深い蒼の瞳を持つ母や姉とも違う、漆黒の髪と瞳の末っ子。
「どう?」
ミレイユがふと口を開く。
「セレスの様子は」
「相変わらずよ、兄さんはどこにいても変わらないわ」
小さく息を吐く。
「必要最低限の報告と、余計な一文」
「余計な一文?」
少しだけ間を置く。
「元気にしてるのか、ですって」
「やだ珍しい!ホームシックってやつ?」
「……有り得ないわね」
「うん、言ってからそれ思った」
視線を落とす。
カップの中の液面が、わずかに揺れた。
「……?」
一瞬だけ、眉が動く。
風はない。
けれどーー
(……また)
あの違和感。
魔法陣の時と同じ。
ほんのわずかな“揺れ”。
「どうしたの?」
ミレイユが覗き込む。
「……何でもないわ」
そう答える。
だが、内心では思考が動いていた。
(なに……?)
曖昧で、だが確かに騒めくような感覚。
「……気のせいね」
小さく呟く。
完全には切り捨てられない。
「アイリーン?」
「何でもないって。それよりあんた、また愛妻弁当なんて凶器作ってないでしょうね?」
「え?作ったけど?」
「はぁー……今頃騎士団は大惨事かしら」
「どうしてよ!!」
その時。
「見てー!」
メリアが走ってくる。
「これとれた!」
小さな花を握っている。
「すごいじゃない」
自然と表情が緩む。
しゃがみ込んで目線を合わせる。
「フレイも!」
もう一人も駆け寄ってくる。
「トゲあるおはなにちかづいてないよ!」
「えらいわね」
頭を軽く撫でる。
柔らかな髪。
温もり。
確かな“今”。
その隣で、揺り籠がわずかに揺れた。
トールはまだ眠っている。
穏やかなまま。
(……)
ほんの一瞬だけ。
言葉にならない感覚が胸をよぎる。
「ほら、お茶冷めちゃうわよ」
ミレイユが声をかける。
「あんた、それ何杯目なの」
視線を一度だけ、空へ向ける。
(……兄さん)
何かが動いている。
それだけは分かる。
けれど今はーー
この時間を優先する。
それでいい。
そう判断する。
穏やかな午後。
笑い声。
紅茶の香り。
その中で。
ほんの僅かに。
世界は、静かに揺れていた。




