ep.32「受け取った言葉」
ーークリスタリア王国。
魔導師棟。
静寂に包まれた空間の中央。
淡く光を放つ魔法陣が、ゆっくりと脈動していた。
「……来たわね」
アイリーン・サイラスは、小さく呟く。
月に一度。
異世界とこの場所を繋ぐ、僅かな時間。
その“道”が開く瞬間だ。
手をかざし魔力を流す。
するとーー
光の中から、一枚の紙が現れた。
すっと空中に浮かび、そのまま彼女の手元へ落ちる。
「……」
無言で受け取り視線を落とす。
見慣れた文字。
癖のある筆跡。
「兄さん」
小さく息を吐く。
封もない。
上質な紙。
静かに読み始める。
異世界。
共鳴。
対象。
現状。
簡潔にまとめられた報告。
「……相変わらずね」
必要最低限。
無駄がない。
だがーー
最後の一文。
「……」
視線がそこに留まる。
ーーアイリーン、お前の事だから心配はないだろうが……元気にやっているのか?ーー
「……なによ、それ」
思わず、零れる。
小さく笑う。
「心配してるのかしてないのか、はっきりしなさいよ」
だが。
その口元は緩んでいた。
紙を軽く撫でる。
その仕草は、どこか優しい。
「……元気に決まってるでしょ」
小さく呟く。
「私を誰だと思ってるのよ」
顔を上げる。
いつもの、凛とした表情に戻る。
けれど、いつもよりもほんの少しだけ、柔らかい。
「それより……」
視線を戻す。
報告の内容。
“共鳴”。
“複数”。
“距離に阻害されない感知”。
「……やっぱり、普通じゃないわね」
指先で紙を軽く叩く。
思考し、分析する。
「勇者が二人……それも同時に“繋がる”なんて」
あり得なくはない。
が、前例はない。
「……面白いじゃない」
小さく口元を歪める。
興味が勝る。
それが彼女の性質だ。
だが、その時。
ーーピシッ
「……?」
わずかな音。
魔法陣の縁。
ほんの一瞬だけ、光が乱れた。
「……今の」
目を細める。
すぐに元に戻る。
異常はない。
……はずだが。
(……気のせい?)
いや。
違う。
今のは確かにーー
“揺れた”。
魔力の流れが。
「……」
無言で魔法陣に手をかざす。
探り解析する。
だがーー
「……分からない」
異常は検知できない。
違和感だけが残る。
(……兄さん?)
一瞬、思考がよぎる。
だがすぐに否定する。
「……違うわね」
セレスなら、こんな中途半端な乱れは起こさない。
ならばーー
別の要因。
「……」
再び、紙へ視線を落とす。
そこに書かれている情報。
“共鳴”。
“繋がり”。
「……関係あるのかしら」
小さく呟く。
答えは出ない。
確実に、何かが動いている。
それだけは分かる。
紙を丁寧に折りたたんで胸元に仕舞う。
「……次の報告、楽しみにしてるわよ」
誰に聞かせるでもなく呟く。
そして。
視線を前へ向ける。
魔導師としての顔に戻る。
「さて」
軽く肩を回す。
「こっちも準備、進めておきましょうか」
静かな魔導師棟。
だがその中で。
確かに、何かは動き始めている。
それはまだ小さく。
無視できるものではなかった。
「その前にミレイユとアフタヌーンティーだったわね」
幼馴染の元へ急ぐ軽やかな足音が魔導師棟に響いた。




