ep.3「共鳴の片鱗」
店内に落ちた静寂は、ほんの一瞬。
だが、その一瞬で十分だった。
(……確定だな)
グラスを傾けながら、内心で結論付ける。
目の前にいる二人の男。
片方は、柔らかな笑みを浮かべながらも底を見せない。
もう片方は、露骨に警戒心を向けてくる。
性質は違う。
だがーー
(“同じもの”を持っている)
それが分かる。
「……で?」
沈黙を破ったのは、あの鋭い目の男だった。
「ただの通りすがり、か」
疑うというより、確かめる声音。
「そうだと言ったはずだが」
肩をすくめる。
「この街に来たばかりでな。少し様子を見ていただけだ」
「様子見ねぇ……」
カウンターの男がくすりと笑う。
「その割には、落ち着きすぎてるけど?」
「慣れているだけだ」
「何に?」
「異質な場所に立つことに、だ」
ほんの僅か、空気が変わった。
(伝わったな)
理解まではしていない。
だが、“何か”は感じている。
「兄貴」
カウンターの男が、視線を横に流す。
「この人、普通じゃないわよ」
「見りゃ分かる」
短い返答。
「だから聞いてる。何者だ」
再び向けられる視線。
先ほどより、少しだけ深い。
「ただの通りすがりだ」
同じ言葉を繰り返す。
嘘ではない。
ただ、“それだけではない”だけだ。
「……ふん」
それ以上の追及はなかった。
「蓮也、いつもの」
「はいはい」
軽い調子で返しながら、グラスがもう一つ用意される。
「で? セレスさん」
にこり、と笑う。
「この街、どう?」
「妙だな。魔力が存在しないにも関わらず、成立している」
「魔力?」
首を傾げる。
「何それ、ファンタジー?」
「……知らないのか」
「知らないわね」
あっさり否定された。
もう一人の男も、特に反応はない。
(やはりか)
予想通りだ。
この世界には、魔力という概念そのものが存在しない。
けれどーー
(それでも、“ある”)
グラスをテーブルに置く。
「お前たち」
視線を向ける。
「気付いていないのか?」
「何に?」
「自分たちの“異質さ”に、だ」
一瞬。
空気が止まった。
今度は、違う意味での沈黙。
「……どういう意味だ」
低い声。
「そのままだ」
淡々と続ける。
「この世界には存在しないはずの“力”が、お前たちから感じられる」
「はぁ?」
眉をひそめる。
「何言ってんのあんた」
「理解していないなら、それでいい」
肩をすくめる。
「だが──」
言葉を切る。
わずかな間。
「先ほど、触れただろう」
視線は、あの男へ。
「……」
反応が止まる。
「何の話?」
明らかにとぼけている。
(確信しているな)
あの瞬間。
確かに“何か”が触れた。
無意識でも、感覚はある。
「気のせいじゃないの?」
軽く流そうとする。
だが、その奥にある緊張は隠せていない。
「そうかもしれんな」
あっさり引く。
「……だが」
小さく呟く。
「面白い」
「は?」
露骨に顔をしかめる。
「何がよ」
「お前たちだ」
はっきりと言う。
「この世界で初めて、“観察する価値がある”と判断した」
「……」
沈黙。
だが、先ほどとは違う。
警戒ではない。
ーー興味だ。
「ねぇ兄貴」
横から声が入る。
「この人、連れて帰っていい?」
「やめろ」
「冗談よ」
笑う。
だが、目は笑っていない。
「セレスさん」
改めてこちらを見る。
「あなた、本当に何者?」
「さっきから言っている」
立ち上がる。
「通りすがりだ」
「帰るの?」
「用は済んだ」
グラスを軽く持ち上げる。
「酒は悪くない」
「それはどうも」
微笑みが返る。
そのまま扉へ向かう。
「おい」
背後から声。
止まらない。
「また来い」
短い一言。
それだけで十分だ。
「……気が向いたらな」
軽く手を上げる。
扉を開ける。
外の喧騒が戻ってくる。
(……二人で一つ、か)
確信はまだない。
ただ強く思うのはーー
(当たりを引いたな)
小さく笑う。
「面倒なことになりそうだ」
そう呟きながら、夜の街へと歩き出した。




