ep.28「零れた力」
「いやー、面白かったわね」
蓮也が伸びをする。
「そうか」
「そうかじゃないでしょ」
軽く笑われる。
擦れ違う人の流れ。
騒音。
日常の中に戻ってきた感覚。
「ちょっと休んでく?」
蓮也がふと立ち止まる。
「近くにカフェがあるのよ」
「そうか」
◇
店内は静かだった。
外とは違う。
曲は流れているが音が抑えられている。
空気も落ち着いている。
(……こういう場所もあるのか)
案内された席に着く。
「セレス、何にする?」
「映画館では甘い物にしたからな……今度は甘くない物がいい。何かあるか?」
「そうねぇ……じゃあ任せて」
ーー注文から少しして目の前に置かれた飲み物。
「これは?」
「ホットコーヒーよ」
一口飲む。
「……苦いな。だが、悪くない」
「そうでしょう?ここのは格別良い豆使ってるのよきっと!」
香りが残る。
それが不思議と嫌ではない。
寧ろ心地良い。
「すっかり慣れたわね」
「順応は早い方だ」
「それは見てて分かる」
軽く笑う。
静かな時間が流れる。
会話も少ない。
(落ち着くな)
そう感じた。
その時だった。
カップが、わずかに揺れた。
「……?」
視線を落とす。
波紋。
ほんの一瞬。
だが確かに揺れた。
(風ではないな)
店の扉は閉じている。
原因がない。
その直後。
空気が微かに変わる。
「……っ」
隣を見ると蓮也の様子がおかしい。
「どうした」
「……え?」
本人は気付いていない。
(……零れ出ているな)
力が。
無意識に。
「……何これ」
蓮也が眉を寄せる。
「なんか、変じゃない?」
「感じるか」
「ちょっとだけ」
その瞬間。
空気がさらに揺れた。
密度が増す。
「……」
俺は静かに目を細めた。
(強いな)
今までとは違う。
偶発ではない。
“出ている”。
それもーー
(制御されていない)
映画の余韻で高揚しているからか……
「蓮也」
「なに?」
「落ち着け」
「は?」
「いいから」
短く言う。
一瞬の間。
そしてーー
すっと、空気が戻る。
「……あれ?」
蓮也が周囲を見る。
「今の何?」
「……気のせいじゃないな」
小さく呟く。
「何よそれ怖いんだけど」
「問題ない」
そう言うがーー
(実質、問題はあるな)
確実に、段階が進んでいる。
これはーー
◇
ーー同時刻。
別の場所。
「……おい」
低い声。
嶺二だった。
目の前の男が動きを止める。
「どうしたんですか」
「……いや」
一瞬だけ、間が空く。
(……蓮也、か)
分かる。
覚えのあるあの感覚。
あの重なり。
「……少し外す」
「え?」
「すぐ戻る」
それだけ言って、歩き出す。
足は迷わない。
理由も、説明もない。
それでも確信している。
◇
ーーカフェ。
再び静かな時間。
だがーー
先程とは異なる。
(……来るな)
「どうしたの?」
蓮也が覗き込む。
「いや」
短く答える。
そしてーー
入口の方へ視線を向ける。
まだ、誰もいない。
だが。
(……間違いない)
近づいている。
その感覚だけが、はっきりとあった。




