ep.20「この世界での過ごし方」
ーー朝。
カーテンの隙間から差し込む光で目が覚める。
外では人の気配が動き始めているが、この部屋の中はまだ落ち着いている。
しばらく天井を見上げたまま、思考を巡らせる。
(……慣れてきたな)
この世界に来てから、ある程度の時間が経った。
最初は違和感しかなかったが、今ではそれも薄れている。
むしろーー
(悪くない)
そう思える程度には、順応していた。
ベッドから降りてリビングへ行く。
室内を見渡す。
見慣れた光景。
ソファ、テーブル、そしてーー
テーブルの上に置かれた“光る板”。
蓮也のサブ端末。
好きに使えと渡された物だ。
「……」
無言で手に取る。
指を滑らせる。
画面が切り替わる。
(……便利だな)
改めてそう思う。
情報、娯楽、連絡。
すべてがこれ一つで完結する。
魔導具として見ても、かなり優秀だ。
少し操作していると、奥の部屋から物音がして扉が開いた。
「……起きてたの」
蓮也だった。
まだ少し眠そうだ。
「ああ」
短く答える。
「早いわね」
「習慣だ」
「真面目か」
小さく笑いながら、キッチンへ向かう。
「コーヒー飲む?」
「もらおう」
しばらくして、香りが広がる。
静かな時間だ。
悪くない。
カップを受け取る。
一口。
「……苦いな」
「そりゃブラックだもの」
「甘くはできないのか」
「カップ貸して」
呆れられた。
だが、嫌ではない。
むしろーー
(これもまた日常か)
そう思う。
その時、玄関の方から音がした。
軽く視線を向ける。
数秒後。
扉が開いた。
「……来たぞ」
嶺二だった。
「おはよ兄貴」
「ああ」
短い会話。
それだけで成立している。
俺とアイリーンもそうだっな……なんて柄にもなく物思いにふけってみたりする。
嶺二はそのままソファへ腰を下ろした。
「で?」
蓮也が振り返る。
「今日は何すんの?」
「特に決めていない」
正直に答える。
「は?」
「観察は継続している」
「それは分かるけど」
ため息。
「もっとこう……普通の予定ないの?」
「この世界での普通とは何だ」
「出かけるとか、買い物とか、そういうのよ」
「……なるほど」
少し考える。
この世界の“日常”か。
確かに、それも観察対象としては有効だ。
「では、行くか」
「即決ね」
「合理的だ」
「雑とも言う」
否定はしない。というか出来ない。
嶺二も立ち上がる。
「どこ行く」
「任せる」
「丸投げね」
「詳しいだろう」
「そりゃね」
少し考える素振りを見せてから、蓮也が口を開く。
「じゃあーーショッピングモールでも行く?」
「しょっぴんぐ……」
「色々店が集まってるとこ」
「ほう」
興味はある。
「構わん」
「決まりね」
◇
辿り着いた場所は、かなり大規模だった。
建物が大きい。
人も多い。
視線を巡らせる。
(……効率的だな)
一箇所に集約されている。
移動の手間が少ない。
合理的な構造だ。
「まずは服でも見ましょ」
蓮也が歩き出す。
後を追う。
店内に入る。
並んでいるのは、布製の衣服。
だが、種類が多い。
色も形も様々だ。
「……多いな」
「でしょ?」
「選別が難しい」
「それを楽しむのよ」
「非効率だ」
「文句が多いわね!?」
理解できない理屈だった。
だがーー
(否定する必要もないか)
「ほら」
蓮也が一着手に取る。
「これとか似合いそうじゃない?」
「……判断材料が少ない」
「着てみなさいよ」
「必要が?」
「ある」
強い。
断れないタイプだ。
「……分かった」
連れて行かれるがままに箱に押し込められた。
試着室と言うらしい。
着替えて鏡を見る。
「……」
違和感はある。
だが、動きやすい。
素材も悪くない。
戸を開ける。
「どう?」
「問題ない」
「似合ってるわよ」
「そうか」
「その反応はどうなのよ」
悪い気はしない。
嶺二も一瞥する。
「……いいじゃねぇか」
「ちゃんと見てから言え」
「視界には入ってんだよ」
もう一度鏡を見る。
(……悪くない)
そう思った。
服一つで印象が変わる。
この世界の文化の一つだろう。
着替え直してからレジで取引を終えて店を出ると、再び人の流れへ。
騒がしいが不快ではない。
隣を見る。
蓮也が歩いている。
逆隣には嶺二もいる。
自然な距離だ。
無理はない。
作られてもいない。
(……なるほどな)
小さく息を吐く。
これがこの世界での過ごし方か。
「……退屈しないな」
小さく呟いた。
誰にも聞かれることなく、その言葉は人混みに溶けた。




