ep.17「妹からの手紙」
──夜。
BAR《月影》の店内は相変わらずジャズが流れ、静かに落ち着く空間だ。
店の外には街の光が広がっている。
騒がしさはあるが、この場所は切り離されている。
席にに腰を下ろし、カウンターの上に置かれた封筒を見る。
羊皮紙。
この世界の紙とは違う。
それに、わずかに魔力の残穢がある。
(……来たか)
手に取ると、これまたこの世界のものではない文字が浮かび上がる。
見慣れた筆跡。
「……アイリーンか」
小さく呟く。
視線を落とす。
内容は簡潔だった。
『兄さんへ
そっちはどう?
無事なのは分かってるけど、一応ね。
こっちは変わらず。
魔鏡の反応も今のところ大きな変化はなし。
つまり、まだ“その時”ではないってこと。
だから焦る必要はないわ。
……とはいえ。
勇者探しは進んでる?
そっちの世界、魔力がほぼ無いんでしょう?
だったら余計に時間がかかるはず。
もし、次に繋ぐ時までに勇者を見つけたなら。
今のうちに“鍛えておきなさい”。
こっちに戻って来てからじゃ、きっと遅いもの。
兄さんなら分かってるでしょ?
──無茶はしないこと。
P.s―…無事に帰ってきなさい。
アイリーン』
(……相変わらずだな)
要点だけ。
無駄がない。
だが──
(少し甘い)
最後の一文を思い出す。
口元がわずかに緩む。
「何それ」
カウンターの向こうからの声に視線を向けると、蓮也が覗き込んでいた。
「手紙?」
「ああ」
「どこから?」
「元の世界だ」
「……は?」
分かりやすい反応だった。
「そんなのアリ?」
「アリらしいな」
肩をすくめる。
嶺二も視線を向けていた。
「内容は?」
「大したものではない」
短く答える。
「状況確認と──」
少しだけ間を置く。
「勇者探しについてだ」
「勇者ねぇ」
蓮也が笑う。
「まだ言ってんのそれ」
「任務だからな」
「で?」
腕を組む。
「見つかりそうなの?」
「どうだろうな」
曖昧に返す。
嘘ではない。
というか──
(既に見つかっている)
それも二人。
しかも、目の前にいる。
視線をわずかに向ける。
気付いてはいない。
当然だ。
(……言う必要は、まだないか)
結論は早い。
「もし見つけたら鍛えとけってさ」
軽く続ける。
「へぇ?」
蓮也が眉を上げる。
「スパルタじゃない」
「合理的だ」
嶺二が短く言う。
「準備は早い方がいい」
「まあね」
軽く頷く。
その会話を聞きながら。
グラスを手に取る。
(……鍛える、か)
必要ではある。
だが。
(今すぐじゃなくても良さそうだな)
そう判断する。
この世界は安定している。
危険もない。
アイリーンの手紙によれば、クリスタリア王国でも魔王はまだ誕生していない。
ならば急ぐ理由もない。
それに──
視線を巡らせる。
この空間。
この時間。
(……悪くない)
むしろ。
(快適だ)
小さく息を吐く。
「で、どうすんの?」
蓮也が聞く。
「その勇者探し」
少し考える。
そして。
「そのうちやる」
それだけだった。
「適当すぎない?」
「問題ない」
嶺二が小さく笑った。
「まあ、そんなもんだろ」
それで話は終わった。
深くは追及しない。
それがこの距離感だ。
静かな時間が戻る。
夜は続く。
何も変わっていない。
だが──
確かに、進んではいる。
(……まあいい)
今はまだ。
始まってすらいないのだから。




