ep.16「魔獣と呼ばれないもの」
室内は静かだった。
窓の外には昼の光。
時間の流れは穏やかだ。
ソファに腰を下ろし、手元の光る板に視線を落とす。
指を滑らせる。
同じ図柄を繋げる。
消える。
また繋げる。
消える。
無駄を省いて降ってくる図柄の配置を予想する。
新たな魔法陣術式の研究にどこか似ているところがある。
「またそれやってるの?」
背後から声。
振り返ると、蓮也が呆れた顔で立っていた。
「問題あるか」
「あるわよ」
腕を組む。
「どんだけハマってんのよ」
「スマホが俺を離してくれないんだ」
「アホなの」
ため息を吐かれた。
そして。
「ほら、行くわよ」
「……どこへだ」
「外。兄貴も呼ぶから」
そのまま俺から取り上げたスマホを操作し始めた。
(……外、か)
少し考える。
この世界の観察としては悪くない。
「構わん」
◇
三人で並んで歩いていた。
人の流れに混じる。
違和感はもうない。
完全に俺自身も“この世界の一部”として扱われている。
「着いたわよ」
蓮也が足を止めた。
視線を上げると大きな門。
広い敷地。
そして。
中から感じるーー
「……何だこれは」
わずかに目を細める。
敵意はない。
だが、人間とは異なる気配が複数。
「ここが動物園よ」
蓮也が軽く言う。
「動物……園?」
「動物を飼ってるとこ」
「……動物」
入場して中へ進む。
視界に入ってきたのは。
巨大な獣。
だが。
檻に囲われている。
「……な」
思わず、足が止まる。
「なんだ……魔獣を飼育しているのか?」
「魔獣じゃないわよ」
蓮也が即座に否定する。
「ただの動物」
「ただの……?」
視線を向ける。
牙。
爪。
筋肉量。
(どう見ても戦闘向きだが)
「そして客達は愛でるんだ」
隣で嶺二が淡々と告げる。
「愛でる……?」
理解が追いつかない。
「従魔みたいなものなんだろうか……」
蓮也が笑う。
「そうねぇ……ペットとか、そういう感覚に近いのよ。ただいろんな事情で家では飼えないだけ」
「……戦わせないのか?」
「んな事させないわよ!」
「……」
沈黙。
(合理性に欠けるな)
周囲を見る。
子ども。
大人。
誰もが穏やかに笑っている。
恐怖はない。
緊張もない。
(……そういう文化か)
納得する。
「にしても兄貴」
蓮也が横目で見る。
「動物園似合わないわねぇ」
「うるせぇ」
そのまま歩く。
次々と現れる“動物”。
どれも興味深い。
だが、脅威ではない。
それが不思議だった。
檻の中の獣が、こちらを見る。
目が合う。
襲ってはこない。
ただ、見ているだけだ。
(……戦わないのか)
その在り方が、少しだけ新鮮だった。
三人並んで見て回る。
言葉は多くない。
それが、不快ではない。
風が吹く。
穏やかな空気。
危険はない。
敵もいない。
ただ、時間が流れている。
「どう?」
蓮也がふと聞く。
「面白い?」
少しだけ考える。
そして。
「……悪くない」
素直に答えた。
蓮也が笑う。
嶺二は何も言わない。
だが、その歩幅は自然と揃っていた。
視線を前に向ける。
この世界。
理解できないことは多い。
だが。
(……退屈ではないな)
「こっちのふれあい広場で餌やり出来るわよ?」
「餌を与えてなんの利益があるんだ?」
「餌食ってる所が可愛いんだ。俺は先に行くぞ……うさぎが呼んでる」
「兄貴が言うと違和感しかないけど……まぁ、そういう事よ。どうする?やってみる? 」
「……やる」
この世界の文化は興味深い。
ただーーうさぎに取り囲まれて見た事のない笑みを浮かべる嶺二に少しだけ引いた。




