ep.15「似た者同士」
──とある日の夜。
BAR《月影》は落ち着いた光に包まれていた。
外の喧騒は遠い。
ここだけが、ゆるやかに時間の流れを変えている。
カウンター席に腰を下ろし、グラスを手に取る。
表面がわずかに揺れる。
光が反射し、静かに歪む。
「どう?」
カウンターの向こうで、蓮也が笑う。
「その味に少しは慣れた?」
「問題ない」
この世界の酒もまた美味い。
「美味いな」
「でしょ?」
満足げに頷く。
隣では、嶺二が無言でグラスを傾けていた。
会話は多くない。
だが、沈黙も重くはない。
むしろ自然だ。
「……ねぇ」
蓮也がぽつりと口を開く。
「今日のあれ」
「……何だ」
嶺二が短く返す。
「動き」
グラスを軽く回す。
「昔っぽかったわね」
一瞬。
空気がわずかに変わる。
「……ああ」
低い声。
短い肯定。
「昔はさ」
蓮也が少しだけ目を細める。
「考えなくても動けたのよね」
「……ああ」
「目で見てるわけでもないのにさ」
小さく笑う。
「勝手に噛み合ってた」
「……ああ」
嶺二も同じだった。
視線は前のまま。
だが、その奥には確かな記憶がある。
「でも今は」
蓮也が言葉を続ける。
わずかに間を置いて。
「ちょっと意識する」
静かな声だった。
軽くはない。
だが、重すぎもしない。
「……ああ」
嶺二が応じる。
「同じじゃねぇ」
短く言い切る。
それ以上は続かない。
だが、それで十分だった。
(なるほど)
内心で頷く。
表現は曖昧だが、本質は掴んでいる。
「それは正常だ」
小さく口を開く。
二人の視線がこちらへ向く。
「変化だ」
グラスを傾ける。
「以前は“当たり前”だったものが、今は“認識されている”」
「……どういうこと?」
「無意識から、意識へ移行している」
淡々と告げる。
「それだけだ」
沈黙。
言葉を噛み砕いている。
蓮也が小さく息を吐く。
「じゃあ今は途中ってわけ?」
「ああ」
頷く。
「まだ“当たり前”にはなっていない」
言葉を区切る。
「だが、遠くもない」
嶺二がグラスを置いた。
小さく氷の音が鳴る。
「……慣れるか」
低く呟く。
「慣れる」
短く返す。
蓮也が肩をすくめる。
だが、その口元はわずかに緩んでいる。
嶺二も同じだった。
グラスの中身が揺れる。
静かな時間。
(似ているな)
ふと、そう思う。
「……そういえば」
口を開く。
二人が視線を向ける。
「俺にも似たような経験がある」
「へぇ」
蓮也が興味を示す。
「妹と、な」
一瞬、間が落ちる。
「アイリーンだっけ」
「ああ」
頷く。
軽く話た事を覚えていたらしい。
「一人では届かないものを、二人で埋める」
記憶を辿る。
「幼い頃から一緒に魔法で遊んでた。宮廷魔導師の職に就いた今でも互いを補い合う。それは仕事や戦いに限らない」
「日常もか?」
「そうだ」
「……分かる気がする」
嶺二が小さく呟く。
「……ほんと、似てるわね」
蓮也が笑う。
この距離感。
この理解の速さ。
悪くない。
むしろ──
(最適に近いな)
グラスを傾ける。
静かな夜。
だが、その中で確かに。
何かは、進んでいる。
「……似た者同士、か」
小さく呟いた。




