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君の涙を持ち帰るのは、もう僕じゃない  作者: かざみはら まなか


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35.王の目、王の耳。

ソロアは落ち込んでいる。ソロアが落ち込んでいるのを見るのは初めてだ。過去を振り返って後悔しているソロアを僕は見たことがない。

「メザリヤ様。一族で一丸となって、メザリヤ様をお支えしようと盛り上がってきましたが、メザリヤ様が辺境伯家の実子でいらっしゃり、辺境伯家の実子の方々に平民が侍女として直接お仕えした歴史がなかったという事実の意味を考えてからお仕えしなければならなかったことに思い至りませんでした。私も一族の誰も、です。」


ソロアが今、後悔してやまないのは、ソロアの人生の区切りがついてしまっているから。僕がソロアと過ごしてきた時間は、ソロアの現在。ソロアの生活は、もう過去の、メザリヤ様の侍女としての娘時代の延長にはない。ソロアの娘時代は、ソロアの中で振り返って懐かしめる過去になるはずだったんだ。今日という日が王太子様の計画通りであれば、メザリヤ様とソロアの過ごした時間は、ソロアの宝物として人生の中で、何度も抱きしめながら思い出していられた。


「わたくしはソロアを大事にしてきたことを後悔していません。わたくしの敗因は、辺境伯家の掌握が思い通りにいかないときに味方を作るという目先のことに気を取られすぎ、作った味方は絶対に手放すまいと意固地になっていたため、周りが見えなくなっている姿を見せて、自らの求心力を下げていることさえ気づいていなかったことです。」


メザリヤ様に、ソロアのような落ちこみは見られない。落ちこみを見せないように振る舞われていらっしゃるのか、悔しい気持ちの持っていき場をまだ見つけられないでおいでかまでは分からない。


「メザリヤ様の一番お近くに私がいたことや平民の私の一族がメザリヤ様に一番重用される体制ができあがってしまっていたことが、辺境伯家に仕える貴族を遠ざけてしまっていたと、今日になって知りました。」

落ちこんでいるソロアは、今にも懺悔を始めそうだけど、ソロアの懺悔は離れ離れになるソロアとメザリヤ様の心を追い詰めるだけだ。


「貴族の信頼を勝ち取り、辺境伯家を掌握したかったのなら、ソロアには侍女以外の役割をふり、貴族令嬢を侍女に任じていたら、わたくしは劣勢のまま終わらなかったはずだとソロアは後悔していますが、辺境伯家の実子でありながら辺境伯領内の貴族の信用を勝ち取れず、辺境伯家を掌握できなかったのは、わたくしの視野の狭さに問題があったのです。」

メザリヤ様は、辺境伯家の掌握に失敗したのは不出来な自分のせいだとソロアに繰り返している。


戻せない過去への後悔でどん底に沈んでしまっているソロアの心は、僕が引っ張り上げる。

「ソロアの後悔から得られる情報をメザリヤ様からいただいて、今から立てる作戦に役立てようよ。」

僕はソロアに声をかける。振り返ったソロアは、伏し目がちにしていた顔をあげた。


「旦那様には、私の失態を巻き返せるお考えがありますか?」

ソロアが、真正面から僕を頼ってきたのは初めてだ。僕を頼れる夫だと認識した妻の期待に応えるからには、今日は期待以上の成果をあげてみせる。もっと僕を頼っていいんだよ、と言えるように。僕がいるから大丈夫だとソロアが安心できるようにするんだ。


「僕、ソロアの憂いの原因を聞いて、ソロアが後悔し続けないで済むにはどうすればいいかを考えたよ。僕はソロアの夫だし、村長としてだけではない、これからの辺境伯領の土地のお仕事もメザリヤ様に託されて任される辺境伯領民として。」


「旦那様。メザリヤ様にも協力していただく作戦ですか?マルクにも。」

今のソロアの信用は、僕より断然メザリヤ様とマルク様にあるんだと思い知らされる。


僕の頑張りは認めていても、僕だけじゃ不安だと思うソロアの信用を僕は自力で得ないといけない。ソロアと生きたい僕と僕と生きると決めたソロアがこれからも元気に過ごすために、僕は、夫として、これから王領になる辺境伯領の領民をソロアと一緒に守り支える者として、ソロアと二人で互いを引っ張り合える心意気を持てるようにする。王領になってからの僕達の居場所は、すぐに片付けられてしまう用意された椅子に座って待たない。実力でつかみ取る。僕は、僕の背負うものと守りたいものを守れる立場になる。


「作戦の主導者は僕とソロアで、メザリヤ様は僕達の主人としてドーンとぶつかっていただき、マルク様には協力を仰ぐ作戦だよ。」

「旦那様は、何をしようと考えていますか?」

メザリヤ様は王家の意図にまで、考えが及んでいらっしゃらないけれど、ソロアは何か気づいた?


「メザリヤ様が辺境伯家を畳んで、辺境伯領を立たれる前に、メザリヤ様とソロアが気づいた失敗の敗因である、メザリヤ様と僕達は辺境伯領内の貴族の指示を得るよ。」

「デニス、マルクは仲間に入れないのですか?」

メザリヤ様が、マルク様をチラッと見ながら聞いてこられた。マルク様は何もおっしゃらない。


「メザリヤ様。マルク様と親しくされていることは、メザリヤ様の安全な生活の役に立ってきましたか?」

ソロアは考え込み、メザリヤ様は考え込まれなかった。 

「デニス、わたくしに何を言わせたいのですか?」


「王太子様の友で部下で、忠告もしてくれる親切な平民のマルク様は、辺境伯領の中に入っていって調査にも熱心だったとしても、辺境伯領の平民じゃありません。」

マルク様の立場は、僕とソロアとは違うとお伝えすることから始めてみる。

「デニスは何が言いたいのですか?」


主人に問われたなら、配下は答えるのみ。

「メザリヤ様。辺境伯家のマルク様の主人は王太子殿下で、マルク様は王太子殿下がお抱えになった平民。辺境伯領にいても、マルク様は王家側の人です。」

「デニス、マルクは、最初から王太子殿下の友で部下です。今日まで、わたくしとソロアのために働いて、明日からは、アーレンドルフ様とわたくしの願い通りに、この土地と民のために。」


「メザリヤ様。マルク様が今日まで辺境伯領におられたことも、明日から王領となるこの土地に残ることも、メザリヤ様のご意思だけで決まったお話ではなく、王太子殿下のご意思とご決定に基づくものだというのなら、マルク様が王領となるこの土地に残ることは王家の意向です。」

メザリヤ様は手に持たれている扇子を顔の前に広げられた。

「デニス。王家のご意向でマルクがいることに、問題があると言うのは、今だけにしなさい。」


「メザリヤ様。今しかないからこそ、お伝えしています。」

「デニス。わたくしがアーレンドルフ様とお話するだけでは足りませんか?」

メザリヤ様の口元は扇子で隠されている。

「辺境伯家令嬢でなくなられるメザリヤ様は、辺境伯家を畳まれた後についての予測がまだでございましたか?」


「デニス。わたくしが辺境伯家を畳むことは決まっています。それは覆りません。」

メザリヤ様は、辺境伯家がなくなることを僕が残念がっているとお考えのご様子。


「辺境伯家を畳まれたメザリヤ様には辺境伯家の名の下で使えていた手足もいなくなり、辺境伯領だった土地について知る情報には幾重にも制限がかけられ遠ざけられていくことと存じます。」

メザリヤ様は、扇子を動かされない。

「デニスは、わたくしがお尋ねしたことにお答えを得られないことを心配していますか?」

心配じゃなく、懸念です、メザリヤ様。来たるべき未来の話をしています。


「王太子妃殿下の職務に王領になった元辺境伯領の統治が含まれないとご存知でいらっしゃったからこそ、メザリヤ様はソロアの身を案じられたのではございませんか?」


「デニス。ソロアのことは、もう心配していません。ソロアには、デニスとマルクがいます。」

メザリヤ様から視線を向けられたマルク様は、にこやかに微笑みを浮かべていらっしゃるが、無言を貫いていらっしゃる。

「メザリヤ様。メザリヤ様が置いていくソロアを心配されていた状況は、メザリヤ様がソロアを置いていくとお決めになったときと何も変わっておりません。」


「デニス、心配しなくても、わたくしは必ずアーレンドルフ様とお話します。アーレンドルフ様はわたくしを裏切ったりはなさりません。」

僕では、メザリヤ様の扇子の奥まで見通せない。婉曲的に話していては、間に合わない。

「メザリヤ様。王太子殿下がメザリヤ様を大切に思う心をお疑いはしていませんが、王家と辺境伯家の関係ではいかがですか?」


ソロアがマルク様に漂わせていた気安さが、スッと整っていく。メザリヤ様の目は、話している僕じゃなく、マルク様に注がれていた。

「デニス。言い過ぎだ。」

マルク様の制止に、僕は好機をみた。マルク様との勝負をかけるとしたら、今だ。


「マルク様。マルク様が話を聞きにいった辺境伯領の中に散らばっている、村を捨てた端っこの村の村人と、開拓村にギリギリまで残ろうとしても叶わず村を捨てていった村人や、まだ村に住んでいる私達の役割が同じだなんて、私は思っていません。」


「マルク、デニスを止めることは許しません。デニス、今のはどういう意味ですか?辺境伯領の端っこの村の村人には二種類の村人がいると言っていますか?」

メザリヤ様の眼光が鋭くなった。


マルク様は、何もおっしゃらない。メザリヤ様に止められたからとはいえ、僕の口を閉じさせる手段がおありのマルク様がこの場で制止されないのは、いずれメザリヤ様のお耳に入る情報だから?


辺境伯家を畳まれるメザリヤ様は、もう辺境伯領に戻られない。辺境伯家ご令嬢から王太子妃になられ、国母におなりになられるメザリヤ様のお住まいは王都の王太子様のお側。メザリヤ様が、この先、王の目、王の耳に気づくことなく天寿をまっとうされる保証はない。


元々、メザリヤ様は辺境伯家の存続をお望みでいらした。辺境伯家の存続を王家が望んでいなかったとお気づきになられるなら、いつがいいか。王太子妃になられてからお耳に入れるよりも、王太子妃になられる前、辺境伯領内で辺境伯令嬢でいらっしゃる今、配下になった僕から話す方が、メザリヤ様にとっても、王太子様にとっても悪い結果にならないとマルク様はお考えになった。


「メザリヤ様。誰とか、どこの村という特定まではいたしかねますが、王太子殿下の部下で平民のマルク様が、辺境伯領内の調査に赴いた先で情報を得るにあたり、村を捨ててきたという元端っこの村の村人を訪ねてすんなりと辺境伯領内の話を聞けたのは、その村人達が、最初期に王の目、王の耳として辺境伯領の端っこの村の開拓ではなく、辺境伯領内に散らばることを目的に派遣されてきた者の子孫だからです。」


僕も、マルク様が僕を止めることはしないとふんで話し始めている。マルク様と僕の会話は、僕が話すための一応の手順に近い。マルク様が、王太子様のより良い未来には何が最善かをお考えになりながら動かれていることを知っている僕。僕の大事なものが何かをご存知のマルク様。僕とマルク様は、どちらも王太子様と辺境伯令嬢メザリヤ様の不和を望んでいない。主人が違うから同じ目標を掲げることはできなくても、主人のための協力はできる。譲歩も。


「辺境伯領内に王の目、王の耳がいるのですか?」

扇子で口元をお隠しになっているメザリヤ様のお心は分からないけれど、童謡は見られない。話されるお声は落ち着かれていて、眼差しは力強くいらっしゃる。

「メザリヤ様。開拓村に開拓民を置くことを推し進めたのは、王家です。端っこの村の大半は、王の目、王の耳とは無関係な国策で集められた開拓民でした。初代の辺境伯家ご当主が、開拓村と開拓民との関わりを最低限にとどめようとされてきたのは、王の目、王の耳と、それとは無関係な開拓民の区別がつかなかったからです。」

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