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君の涙を持ち帰るのは、もう僕じゃない  作者: かざみはら まなか


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36/36

36.王太子殿下の隣は、ご寵愛だけで渡り歩ける場所ですか?

王の目、王の耳は、国中に散らばっていて、王のために情報を集め、王に求められるままに情報を差し出すが、普段はその正体をあらわさない。


王の目、王の耳という役職は王国の歴史の中で囁かれてきたよもやま話の一つだ。王の目、王の耳という単語を軽く流されなかったことに僕はホッとした。王の目、王の耳という言葉通りの役職でなく、役職名さえ違っていたとしても、王が放った密偵は何代にもわたり辺境伯領内にいて、王からお声がかかるのを待っていたという話をする相手が、王太子様に従順で盲目的なご令嬢ではお話にならない。


「デニスは、王の目、王の耳が辺境伯領に潜んでいることを知っていたのですか?」

メザリヤ様が僕の話を頭から否定しなかったのは、王太子様のこれまでに、思い当たるフシがおありだから?それとも、風の噂程度でないくらいの話を聞かれていらっしゃる?


「メザリヤ様。王の目、王の耳と無関係な開拓民の子孫は、辺境伯家と辺境伯領の内部の話を知りすぎないよう、情報から距離を置くようになりました。」

辺境伯領の端っこの村々に住む村人は、怪しまれない振る舞いを選んだ。


「無関係な村人は、王の目、王の耳と一緒に辺境伯家を探ろうとはしなかったのですか?生活を良くするために、王家に取り入ることは考えませんでしたか?」

メザリヤ様のお確かめになりたいところははっきりされている。メザリヤ様がソロアと共に辺境伯領民を託そうとしている僕の正体だ。辺境伯領民の皮をかぶった王家の犬か、王家に飼われなかった野生の狼か。


「メザリヤ様。王の目、王の耳は国王陛下の直属です。国策で集められた開拓民の子孫が国王陛下にお目見えして何かを賜る機会などございません。」

「王の目、王の耳を通じれば、かないませんでしたか?」

当たり前に王太子様と話をされ、結婚まで決まっているメザリヤ様は、国王陛下の役人を身近に感じておられる?


「メザリヤ様。王の目、王の耳と無関係な開拓民として開拓村に置かれた村人が余計な情報を知ってしまえば、辺境伯家と王家の両方から警戒されてしまいます。」

「当家は、徴税以外で端っこの村を見てきませんでした。当家が端っこの村の動向に注意しなかったのは、村を捨てていない村人が密偵でないことが明らかだったからですね。」

説明に納得がいかれたご様子。


「メザリヤ様。端っこの村など朽ちるがままに朽ちていけと放置し、開拓民の子孫の暮らしに見向きもしなかったのは、王家も辺境伯家も変わりません。村人が尊い方々に脅かされないためには、どちらかを有利にするような動きを見せないことが重要でした。」

「デニス。その話をわたくしにしても構わないのですか?」

メザリヤ様がソロアを気にするところはたびたび見ている。懐に入れた者を守ろうとされる、思いやりのある主人だ。


「メザリヤ様。端っこの村を担当していた文官に、私の祖父の代の村長の何人かが、騒乱罪で処罰された件について、私の主人になられた端っこの村々の文官でいらっしゃるメザリヤ様にお話したい推測がございます。」

「聞きます。」


「メザリヤ様。端っこの村々の村長の処罰は、王の目、王の耳についての情報を取引材料に持ちかけたか、もしくは、王の目、王の耳とは無関係なことを示して庇護下に入りたいと求めたことが原因ではございませんか?」

メザリヤ様は、扇子を動かすことなく、首だけをマルク様に向けられる。

「マルク、デニスの話していることは本当ですか?」

「メザリヤ様。マルク様に本当かどうかを確認したところで、マルク様には答えようがありません。」


「アーレンドルフ様は、わたくしのために友で部下のマルクを遣わすとおっしゃいました。」

メザリヤ様の顔はマルク様に向いたままだ。

「メザリヤ様。辺境伯家令嬢として、王太子殿下とマルク様に私の発言の真偽を確認する時期では既に過ぎています。」


「マルクは辺境伯領内にいて、調査に励んでいました。マルクが知らないことがあるなら、それはなかったも同然です。」

メザリヤ様の顔が、僕に戻ってくる。

「メザリヤ様。マルク様の主人は、王太子殿下で、王太子殿下は王家のお方です。私が私の推測をお話しているのは、メザリヤ様がご領主一族の辺境伯家のご令嬢でいらっしゃり、私の主人となられたお方だからです。」


「わたくしが主人だから、デニスはわたくしに話す気になったのですね。」

メザリヤ様は、一度目を伏せられてから、背筋を伸ばされた。

「主人がメザリヤ様だから、私はお話しております。」

王太子様が主人だったら話さなかったという含みをメザリヤ様は汲み取られた。

「わたくし、デニスの信頼に応えたいですわ。続けなさい。」

いったん扇子を閉じてから、すぐに開いた扇子で、目から下をお隠しになった。


「左遷されて担当者になった文官が、左遷先から自力で返り咲くことを良しとしなかったのか、左遷された後は静かな余生を望んだのか、手に負えない問題をなかったことにしたかったのかは分かりませんが、当時の文官の下した処分について、今日まで文官を務められてきた辺境伯家ご令嬢のメザリヤ様には伝わらず、王太子殿下の部下として調査されていたマルク様の元には集まったということをメザリヤ様は今日初めてお知りになりました。」


「辺境伯家令嬢で文官を務めているわたくしには入ってこなかった情報が、アーレンドルフ様の遣わしてくださったマルクに入って、今日まで伏せられてきたという事実について考える必要がありますわね。」

メザリヤ様の扇子の上から見える二つの瞳には、強さが宿っていた。

「メザリヤ様。考えることはございますが、考えるためだけに使う時間は、もうございません。」


「デニスが急ぐ理由は、アーレンドルフ様にありますか?」

メザリヤ様の問いに素直に答えて首が飛ばないのは、この場でメザリヤ様だけだ。

「メザリヤ様。急ぐ理由は、メザリヤ様が辺境伯家を畳むとお決めになられた期限が迫っているからでございます。」


「わたくし自身の決定が、デニスの急ぐ理由ですか?」

メザリヤ様は、純粋に驚かれていた。

「はい。王太子殿下は、辺境伯令嬢メザリヤ様の許可のもと、端っこの村々を通り辺境伯領内へ進軍されました。辺境伯家を攻め込む準備が終わるまで、あといかほどの猶予がございますか?」

「デニス。今から何をしようと考えていますか?」


「メザリヤ様。王太子殿下の兵に乗じて、辺境伯家令嬢として辺境伯領内の貴族の信用を得に行き、王太子殿下よりも先に、辺境伯家の当主代行として必要な印璽を取り戻されてください。」

「デニス。心配しなくても、わたくしがアーレンドルフ様の率いる軍についていくことは決まっています。」

メザリヤ様の目元には、王太子様への信頼が見られる。


「メザリヤ様は、辺境伯家のご令嬢で私の主人です。王太子殿下の兵士の中に紛れてついていくのではなく、辺境伯家のご令嬢として王太子殿下の前に立ち、率先して兵を率いてください。主人として。」

メザリヤ様が王太子様を恋い慕うお気持ちを壊す気はないし、王太子様とメザリヤ様の幸せを邪魔するつもりもないけれど、寵愛してくる王太子様を恋い慕っているだけでは、色々足りない。

「わたくしが兵を率いてアーレンドルフ様の前に立つのですか?」

半信半疑のメザリヤ様に僕は力強く頷いた。


「メザリヤ様、メザリヤ様の今後と辺境伯領に残る辺境伯領の領民の矜持と人間らしい暮らしを守るために、メザリヤ様が王家に膝をつくお姿をみせてはなりません。」

「デニス。わたくしはアーレンドルフ様の助けがあっても、辺境伯家内の勝者になれませんでしたわ。」

メザリヤ様のお言葉からは、現状の把握と無念さが。


「メザリヤ様。辺境伯家内の権力闘争は終わっています。メザリヤ様の次の戦う相手は、王家です。」

「デニス、危険なことを言っている自覚はありますか?」

ピリッとされて緊張感をお向けになる。


「メザリヤ様。私は辺境伯家のご令嬢メザリヤ様を主人とする辺境伯領民です。王太子殿下がメザリヤ様を助けてこられた歴史があったことはメザリヤ様のご様子からうかがえますが、念願かなって辺境伯領を王領にする王家と辺境伯家の間に蜜月だった歴史はございましたか?メザリヤ様が辺境伯家令嬢として辺境伯家を潰さないために奮闘されている間、王太子殿下ではなく王家は何をしていましたか?」


メザリヤ様は、一拍おかれ、静かに話された。

「王家は何もしていません。アーレンドルフ様はいつもわたくしを助けようとしてくださいましたけれど、王家としてではなく、アーレンドルフ様としてでしたわ。」


「メザリヤ様ご自身が王太子妃として立たれる日にはもう、メザリヤ様には辺境伯家という後ろ盾がございません。」

「デニス、たとえ、家がなくとも、アーレンドルフ様がわたくしに不安を抱かせることはありません。」

僕は、メザリヤ様ほど王太子様の振る舞いを信用していない。心は同じでも、状況が変われば?


「メザリヤ様。王太子殿下のお隣は、王太子殿下の寵愛だけで渡り歩けるところでございますか?」

「デニス。わたくし、辺境伯家を残そうとはもう思えません。」

メザリヤ様は、少しばかり申し訳なさそうにされた。

「辺境伯家を残さないとお決めになったのですから、辺境伯家令嬢らしく、王太子殿下と王家に恩を売ってから辺境伯家をお畳みください。」

メザリヤ様の心にかげりを作るための進言じゃない。


「デニスは、わたくしの身を案じているのですね。」

「メザリヤ様。王家は、王国が初代のご領主を辺境伯家とされたときから、辺境伯家と辺境伯領に無関心ではありませんでした。」


「デニス、わたくしは、辺境伯家の内向きのことばかり気にして生きていました。今日話を聞いただけで、王家の思惑を探り当てようとするデニスをもっと早くから知っておきたかったですわ。」

「メザリヤ様に年頃の異性が近寄ることは、王太子殿下がお喜びになられません。」

マルク様がすぐに口を開かれた。

「マルク様。私は、メザリヤ様の配下です。」

「旦那様は、王太子殿下がいなくて命拾いしました。」

ソロアも参戦してきた。


「メザリヤ様に異性の配下も近づけたがらないのは、寵愛を超えて独占欲が強すぎませんか?」

「その独占欲の強さが、メザリヤ様の安全を保証してきたこともたしかなのです、旦那様。」

メザリヤ様が王太子殿下を疑わない根拠は、王太子殿下がメザリヤ様の安全に心を砕いた結果なんだ。


「メザリヤ様が辺境伯家を畳む決断をなさって、辺境伯領が王領となることが決まった時点で、王家の勝ち、辺境伯家の負けは確定しました。メザリヤ様、このまま、王家の主導で辺境伯家を終わらせては、元辺境伯家の者は日陰に追いやられます。」

「デニス、話しなさい。」


「王家と辺境伯家の勝敗は決しましたが、負け方については、まだ決まっていません。これからです。」

「辺境伯家を畳むのが、わたくしの意思であることは変わりませんが、ただ畳むだけでは終わらせないのですね?」


「畳まれる前と畳まれるときと畳まれた後、辺境伯家を畳む決断をなさったメザリヤ様のなさることは、辺境伯家が王家に屈したと思わせないことです。メザリヤ様のためにも、辺境伯領民のためにも、メザリヤ様を王太子妃にと望まれている王太子殿下のためにも。」

「わたくしのため、だけではないのですね?」


「メザリヤ様がお立場が弱い王太子妃になられたら、王太子殿下が引っ張り上げて守る必要のある方が常に一人、王太子殿下のお側にいらっしゃることになります。メザリヤ様は、弱い王太子妃として、情報を隠され、守られながらも、肝心なことは何も知らされない国母を目指されますか?」

「わたくし、デニスにもっと早くに会っていたかったですわ。」

メザリヤ様は、眩しそうに目を細められた。


「メザリヤ様。デニスの命が惜しいのでしたら、それ以上のお言葉はお控えください。」

マルク様から制止が飛び、ソロアが言葉を重ねる。

「メザリヤ様。私はまだ寡婦になりたくありません。王太子殿下の目論見通りになってしまいます。」

「ソロアは最初から王太子殿下を警戒していたよね。」

マルク様に聞かれたソロアは、少しうんざりしたように答えた。

「どこにいても、メザリヤ様を独り占めしようと企んでいるのが丸わかりでしたから。」


「メザリヤ様が辺境伯領から去られた後、メザリヤ様の配下の私とソロアが領民のための仕事をすることを可能にして、メザリヤ様が気にかけていらっしゃる辺境伯家に仕える人達の今後の暮らしに何らかの支援があることをご希望されるのでしたら、王太子殿下の進軍にあわせて、メザリヤ様と共に参りますメザリヤ様の配下に活躍の機会をください。」

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