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君の涙を持ち帰るのは、もう僕じゃない  作者: かざみはら まなか


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33/36

33.辺境伯領の端っこの村の村長は、辺境伯家令嬢に召し抱えられ、辺境伯家の内情を知っていく

辺境伯家の実子メザリヤ様は、静かに椅子から立ち上がられた。僕の方に真っ直ぐ歩いてこられた辺境伯家の実子様は、手に持たれていた扇子をトンと僕の右肩に置かれる。

「デニス。建国以来の歴史を重ねてきた辺境伯家の領地と領民のために励みなさい。」

実子様は、辺境伯家のために、や、ご自身のために、とは言われなかった。


「私の人生は、この土地に生きる村人や家族をはじめとする領民と領地のために。」

実子様の扇子が、トンと僕の左肩へ移動した。

「デニスは、村人と家族が先にくるんですね。ソロアと共に頼みます。」

「お受けします。」

僕の左肩から扇子が遠のく。


「デニスの作法は、厳密に言うと辺境伯家由来のものではありませんね。」

実子様が扇子を手元に戻されたのを確認して、僕は頭をあげた。

「実子様。」

「デニス、メザリヤと呼ぶことを許します。」


「メザリヤ様。辺境伯領の端っこの村々の村人は、ご領主様には歓迎されず、王家からも忘れ去られてきた開拓民の末裔です。権力の在り処を忘れたことはございませんし、権威を恐れてもいますが、萎縮しているだけでは私の代まで続いていません。」

仕えるにしても僕がソロアと同じじゃないことは、メザリヤ様も承知されている。

「デニスの作法は、端っこの村々の村長としての矜持からくるものですね。」


「メザリヤ様。村長として務めを果たしてきましたが、他に何をお求めでいらっしゃいますか?」

召し抱えられることは決まったけれど、具体的な話は何も決まっていない。

「デニス。その話をする前に話しておくことがあります。辺境伯家を名乗れるのは、わたくしが最後の一人です。お父様もお母様も、もういらっしゃいません。」


「メザリヤ様は実子様ではなく、ご当主様でございましたか。」

ソロアの夫としてじゃなく、部下として改めてお聞きした辺境伯家の実情は、楽しい話じゃなかった。

「いいえ、デニス。わたくしは、辺境伯家の最後の令嬢です。当主ではありません。」

辺境伯家の当主となられる条件を満たせなかったか、令嬢のお立場を固持されたかは分からないけれど、ご当主ではないと胸に刻む。

「メザリヤ様。失礼いたしました。ご領主の代替わりを存じておりませんでした。今はどなたがなられていますか?」

ご領主様の交代を知らなかったなんてあっていいわけがない話なのに、今日までどこからも僕に情報が入ってこなかったのはおかしい。


「デニス。わたくしがこれから話すことをよく聞いてください。お父様がお亡くなりになったと辺境伯家は発表していません。」

「辺境伯家は代替わりを伏せておられるのですか?」

メザリヤ様が権力闘争の最中だったから?


「デニス。辺境伯家は代替わりしていません。」

「後継ぎとなられる方が決まらなかったからでございますか?」

実子様は辺境伯家内の権力闘争で敗れて端っこの村々へ逃れたけれど、辺境伯家内での権力闘争はまだ続いているの?


「デニス。お父様が亡くなられてから、辺境伯家の後継ぎになれる者は一人もいません。」

「お一人もいらっしゃらないのですか?」

分家の方々も?

「辺境伯家当主のその資格があるものは、もう誰も息をしていません。」

権力闘争が苛烈になりすぎて歯止めがきかなくなったんだとしたら、領主としていきすぎている。


「デニス。お父様がお亡くなりになられてから、辺境伯領を統べる領主はいません。領主代行のわたくしが実権を失ってからは、領主代行もおりません。」

「辺境伯家のご当主と当主代行の不在の続行は、メザリヤ様が王太子妃殿下におなりになると決まっていたからでございますか?」

僕は、丁寧にお尋ねする。順序があってのことなら、取り違えのないようにしないと。


「いいえ。デニス。わたくしが当主代行を追われたのは、お父様の亡き後、領主代行をしていたわたくしの手元から、辺境伯家当主の印璽を盗み出した者がいたからです。」

メザリヤ様が手をこまねいている相手をそのままで、これからの辺境伯領を任せられても、やり辛くなる。

「辺境伯家の実子でいらっしゃるメザリヤ様の元から辺境伯家当主代行を務めるために必要な印璽を盗み出した不届き者は、どこで何をしているかご存知でいらっしゃいますか?」


「知っています。」

メザリヤ様は即答された。

「メザリヤ様。印璽を取り返しにいきませんか?」

メザリヤ様は、びっくりしながらも嬉しそう。

「わたくしがデニスに任命した仕事と、デニスがわたくしに持ちかけてきている仕事はだいぶ違いますね。」

知らなかったことをお聞きしたからです。

「メザリヤ様。私の任官を辺境伯家の令嬢の最後の仕事とされるのは早すぎます。」


「デニス。印璽を盗み出したのはエレインです。」

村娘だったときのエレインは手癖が悪くはなかった。エレイン、恵まれた場所に最初から生まれていたら、盗みを働かなかった?

「辺境伯家当主の印璽は、貴族の養女にすぎないエレインに使えましたか?」

答えは分かっているけれど、お尋ねする。

「いいえ、デニス。お父様亡き後の辺境伯家で辺境伯家当主の印璽を使えたのは、わたくしだけです。」

メザリヤ様がエレインについて話されたことに思い当たるフシがあった。

「エレインの振る舞いは、メザリヤ様のものを欲しがった結果でございますか?」


「わたくしが使っているものは、わたくしだけが使えるものだということをどうしても分かろうとしませんでした。わたくしが当主代行を務めているという意味も、辺境伯家当主の印璽をわたくしが持っていることで辺境伯領が止まらずにいた、ということも何も理解しなかったエレインは、わたくしの手元から辺境伯家当主の印璽を黙って持ち出し、独り占めは良くないとわたくしに言い放ちました。」

「エレインは学園に通っていました。印璽も学園に持ち込んで持ち歩いていたのですか?」

「エレインが学園に通う前の話です。」

エレインが学園に通うことに王太子様が積極的だったのは、学園に通っている間は、辺境伯家の城にある辺境伯家の財産やメザリヤ様の私物を欲しがれなくなるからだ。


「メザリヤ様。エレインは印璽をどこに持ち出したか話していましたか?」

「前から使ってみたいと言っていた後妻の息子に貸してあげた、とわたくしに話してきました。」

エレインのすることが、余計なことでくくれる範囲を越えていた。


「後妻の息子は、辺境伯家の分家の方でございますか?」

「分家の中で見たことがない顔でした。後妻の息子からすぐに取り返すことをエレインに命じました。エレインは、何でもかんでも自分の思い通りになると思って生きているわたくしは悪役令嬢になる、と言って取り返しにいきませんでしたわ。」


「悪役令嬢はメザリヤ様なんですか?印璽を盗み出したエレインが悪役令嬢じゃないんですか?」

頭をひねりながら、確認させていただく。

「わたくしが知っているエレインは、エレインの思い通りにならないことがあるということを最後まで理解しませんでしたね。」

そういえば、そうだった。


「エレインは、乙女ゲームのヒロインという、エレインだけが分かる理屈で考えていました。」

「エレインにかまっている時間はないわたくしがエレインから去ろうとすると、村娘らしい粗野さで追いかけてきて、わたくしのしていることがいかに悪役令嬢らしいかを話し続けたあげく、改心したかどうかを尋ねるなどの足止めにあっているうちに、後妻の息子は、辺境伯家当主の印璽を自分の寝室に隠していました。」

貴族の養女に迎えていただいておきながら、悪役令嬢なんて言葉を実子のメザリヤ様に面と向かって言うなんて、嫌がらせの意図があったとしか思えないけれど、真剣にそう思い込んでいた可能性も捨てきれない。なぜなら、自分は乙女ゲームのヒロインと話すエレインだから。


「盗み出したエレイン以外にも、命じて、印璽を取りに行かせるのは難しい状況でしたか?」

エレインの後始末をエレインはしない。

「後妻の息子は、わたくしがエレインに命じているのを聞いていました。エレインを呼んだ後妻の息子は、印璽は後妻の息子の寝室にあるから、わたくしが使いたくなったときはいつでも、寝室の中までわたくしが入って印璽を取りに来ることを歓迎する、この件はこれからわたくしと仲良くなるきっかけにしたいと、とエレインに話し、エレインの口からわたくしに伝言として伝わりました。」


「メザリヤ様が後妻の息子の寝室に入るようにという伝言をエレインは、引き受けたのですか?」

貴族の女性に勧める行為ではまずない。王太子様との婚約が決まっていたメザリヤ様が、後妻の息子の寝室に入った時点で、王太子様との婚約は破棄になり、メザリヤ様の夫は後妻の息子になってしまう。


「わたくしに独り占めされていたことも怒らないでいる優しい後妻の息子に、冷たい態度は止めて仲良くなっておかないと、悪役令嬢として断罪されたときに後悔するのは、わたくしの方だと主張するエレインとわたくしの話が噛み合うことはありませんでした。」

エレインの主張だけを聞くと、気を利かせて仲を取り持っているようかのように聞こえる。後妻の息子とメザリヤ様が結婚して、メザリヤ様の産む子どもを辺境伯家の後継ぎにと企む後妻の息子側に、エレインの振る舞いは都合が良い。メザリヤ様の実権を奪いたかった人達を喜ばせてきたエレインの死を王太子様が見届けたのは、辺境伯家にたたみかけるためだ。


「メザリヤ様。辺境伯家当主の印璽は、今も後妻の息子の寝室ですか?」

「わたくしが城にいる間、後妻の息子が寝室から持ち出したとは聞きませんでした。」

学園を卒業したエレインが王太子妃になるために王都にとどまっている間も、印璽は返ってこなかった。


「印璽は、今も、後妻の息子の寝室ですか?」

「後妻の息子を含めて、印璽を使う資格のない者が使っています。」

メザリヤ様のお言葉辺境伯家の令嬢としてのもの。辺境伯家の不始末を王太子様の部下のマルク様の前でお認めになられた。辺境伯家では、王太子様が直接介入してくるだけのことが起きていたと暗におっしゃっている。


「メザリヤ様が城を出られたことで、後妻の息子の寝室に入ってこられる機会がそのものが期待できなくなった後妻の息子が、印璽の置き場所を変えたところまでは把握済みでいらっしゃる。置き場所はいかがですか?」

僕の問いに答えられたのは、マルク様だった。

「メザリヤ様のお使いでした当主代行の執務室に戻りましたよ。」


「わたくしが欲していたときにわたくしの部屋に戻ってくることがなかった印璽は、主がいなくなった途端にわたくしの部屋に戻っていたのですね。」

メザリヤ様の声には、無念と寂しさがあらわれている。

「エレインとメザリヤ様が学園に通っておいでの期間、ときどき、印璽はメザリヤ様の当主代行の執務室に戻ってきていたようです。」


「倒れられているお父様に後妻ができたという不覚をとった日に、当主の執務室を閉鎖しておいて正解でしたわ。」

「メザリヤ様がご当主様の執務室を閉鎖した成果は、ございましたか?」


「ご当主が亡くなられたことは公表していないため、メザリヤ様が当主代行として一任されていた以上の判断は、当主代行が当主に相談する形式を必要とする。ご当主が亡くなられた後は、護衛をつけた当主代行のメザリヤ様が印璽をお持ちになって、護衛に守られた辺境伯家当主の部屋を訪問するという形式を踏んでいた。」

マルク様が説明してくださる内容は、辺境伯領の領民として喜べないものだった。


「辺境伯領の内政は、十年近く先送りと棚上げでしのいでいたのですか?」

メザリヤ様が領主代行を果たせなかった期間には、止まっていた執務がきっとある。

「辺境伯領の停滞と足踏みはデニスも感じていたか?」

マルク様が僕にお尋ねになった。

「ご領主様の判断が先送りと棚上げをしてもしのげる町しか停滞と足踏みを数えません。」

持ちこたえる体力がなければ、衰退する。


「デニス。十年前の村長の息子としての正解は、エレインを送り出すことだったと今でも思っているなら、メザリヤ様にお仕えすることは考え直せ。」

僕が村長として口に出した不満を聞いたマルク様は、メザリヤ様にもソロアにも口を挟ませなかった。マルク様の役割でもあり、人柄でもある。

「御せない村娘のエレインを差し出して王太子殿下の御判断に委ねることをメザリヤ様に召し上げていただいた身で断じると、僕は辺境伯家の低迷の元凶をメザリヤ様の元へ送り出した村長の息子ということになります。」


「メザリヤ様の意を受けた以上、デニスはその考えを変えるな。」

メザリヤ様に召し抱えられたなら、メザリヤ様を主人に持つ者として考えろとマルク様は僕におっしゃる。


「僕がエレインを村から出さなければ、辺境伯家が荒れることなく、エレインが学園に通うことも、エレインが王太子妃になることもなく、辺境伯領は、王太子妃になられたメザリヤ様のお生みなったどなたかがお継ぎになられていたはずだった、という思いが、メザリヤ様に近い方々の総意だとは理解しました。」

辺境伯家のご当主一族のお考えに、はいはい、と頷くだけでは、端っこの村の村長と言えない。


「デニス。エレインは、何も分かろうとしないまま、メザリヤ様のなさることをことごとく台無しにして、メザリヤ様の未来をねじ曲げました。」

見かねた様子でソロアが口を挟んできたから、メザリヤ様にもソロアにもマルク様にも、当時の状況を言葉にしてお伝えする。


「エレインの振る舞いを聞く限り、エレインが村娘のままだったら防げたと言われましても、端っこの村の村長の息子に、村娘を召し上げるとお決めになった王太子殿下の命を無視して村へ連れ帰ることはできませんでした。」

メザリヤ様とソロアは言葉通りに受け取り、マルク様は、僕が言わんとすることを察された。マルク様が察された内容を僕が口に出すかどうか、今後の話次第だ。


「デニス。辺境伯家は、わたくしの成婚と同時に幕を閉じることが決まっています。」

村長の息子が王太子様に逆らえないという構図を想像されたのか、エレインをどうすべきだったかの話を終わらせた。


「辺境伯領のご領主は、交代されるのですか?」

他家の貴族が新しい領主になりに来るなら、辺境伯家当主の印璽はメザリヤ様の手元に取り戻して、新しい領主へ引き継ぐ手続きがいる。マルク様が、辺境伯家当主の印璽の行方を把握されていたのは、印璽に使い道があるからだ。


「辺境伯領は、王領になります。」

メザリヤ様のお言葉を聞いたソロアは胸をつまらせている。

ソロアのような感傷は僕にはない。


王太子様の友で部下のマルク様は、辺境伯家の実子メザリヤ様に把握されないよう、辺境伯領内の別の場所に移り住んだ、辺境伯領の端っこの村の元村人を訪ね歩いている。

王太子様の計画は、辺境伯領を新しい貴族様に与えるのではなく、王家の直轄地とすること。初代辺境伯家のご当主が、辺境伯領を拡大するために辺境伯領の外側を覆うよう、痩せた土地に開拓民を置いて開拓村とすることを国策とした王家を警戒されたご懸念を後世に繋いでいれば、辺境伯家の幕はおりなかった。

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