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悪女セシリアの述懐  作者: 詠城カンナ
第二章 魔法使いの条件
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(2)


「いいか? ようく聞け! 人間は征服するか、されるか、だ」


「なあ馬鹿犬パピー。おまえさんはたしかに爵位を捨てたおまぬけな犬かもしれないが、おやさしい家族とは今も仲良しなんだろう? わたしだって好きでおまえを苛めているわけじゃあないんだ。わかってくれるね?」


「世の中、うまく生きていく術を学ぶべきだよ、かわいそうな捨て犬さん」




***


 ――いやな夢をみた。

 ハロルド・グスターヴはいらいらしながら肉を咀嚼した。視線は護衛対象の第一王子アレックスからすこしも離れない。

 ――ああ、それに、いやな気分だ!


 自分の主が、悪女と噂のセシリア・アルバートと接触するさまを苦い思いで見つめ、ハロルドは奥歯を噛みしめ唸り声を押し殺す。

 気分は最悪だ。夜会前に一眠りしたときにみた夢のせいもある。

『人間は征服するか、されるか、だ』

『おまえは尻尾をふってご機嫌取りをする術を学ぶべきだぜ』

『ほうら、助けを呼んでみろ』

 今も耳元でささやかれているような錯覚に陥る。

 ハロルドはあわててかぶりを振った。

 昔から、きらびやかな夜会は苦手だった。男女の駆け引きも、家臣同士の探り合いも、本音と建前を使いわけ自分を売り込むことも、相手を見極めることも、実直なハロルドにとって苦痛でしかなかった。剣を振いぶつかり合い、汗を流しあえば、ある程度の為人はわかるし、日々の過ごし方や接し方で人を知るのを好むハロルドにとって、王宮の貴族間の作法は窮屈で仕方がないのだ。

 自分は根っからの軍人基質、それも軍師より兵士のほうが似合っていると、自他ともに認めている。

 本当は、国境近くで剣だけ振っているのがいちばんいいのかもしれない、と思う。さりとて。グスターヴの息子として生まれながら、兄にすべてを押し付け家を出てしまったという負い目もあり、中央から退くことは憚られた。近くにいてすこしでも兄の助けになりたかった。

 だから、アレックス王子から声をかけられたとき、チャンスだと思った――泥沼のような、もがいても抜け出せない現状からの脱却。

 果たしてそれは、見事にはまった。

 しかし、と思う。ハロルド自身、根っこは変わっていない。人と人との駆け引きは大の苦手である。第一王子の騎士としては幾分不安要素の残る性質だと反省してはいるものの、一朝一夕で人の性質が変わるとも思えない。

 ハロルドは、いつも、どこか消えない不安を抱えていた。


「今夜はね、あまり僕の護衛に専念しなくていいよ」

 夜会前にそう言われたとき、愕然とした。

「警備は万全だし、多くの人を招待しているわけじゃないし。まあ、遠くから見守ってくれていればいいよ」

「そ、そんな――それじゃあ、俺はどうすれば……」

「うん、肉でも食べてればいいんじゃない?」

 おかしいくらいうろたえるハロルドをよそに、第一王子はにっこり笑って付け加えた。

「ハロルド、君は疲れている。すこし眠ったら?」


 愚直なハロルドは――素直に仮眠をとり、夜会がはじまってからはずっと肉を咀嚼し――遠くからアレックスを見守りつつ、小さくため息をついた。

 とにかく、すべて、最悪だった。



 アルバート家が違法に奴隷を売買し、魔法研究に用いているのではないか――いつからかそんな噂が流れ、第一王子は実に慎重に調査をしていた。

 もともと、アルバート家の魔法護符アイテムはどう考えたって不自然だった。されど、魔法の専門に関してアルバート一族の右に出るものはいない。魔力が生活に根付き栄えたころはなにしろ、アルバート家が頂点に立ち栄えていたころだ。

 年々魔力は枯渇し、廃れ、今では欠片も機能していない――はずだったのに、十年ほどまえからだろうか。はじめは研究に寄付する形でアルバートから魔法道具が流れはじめた。気づけば、魔法はアルバートの独占状態。すくなくとも、カリュシイリア王国ではそうだった。

 魔力とは万能。

 昔からそう言い伝えられていたが、文献はどれも正確性を欠き、独創性にあふれていた。よって、詳しいことはなにひとつわからず、王家は枷の意味をこめてアルバートに『伯爵位』を与えるはめになった。あと数年で滅ぶだろうといわれていたアルバートが!

 これには神話好きの第二王子はじめ、研究者たちは狂喜乱舞したものだ。奇しくも、神話好きの研究者たちからアルバートは英雄視されるきらいがある。

 ハロルド自身、神話といってもある種の歴史書に通ずる事実は含まれているだろうと考えていた。アルバートが世界を統一したがやがて優れた統治者が血族から出なくなることなど多々ある。後に五つに分かれそれぞれ別の王をいだき統制されてきた世界。かつていにしえの時代には魔法はあった。それは研究者たちの論文からもあきらかだ。

 魔力とは、万能。

 その力を手にしたのが、欲望にまみれたアルバートだったら? 国家転覆を企む輩と手を組んだら?

 事態は時として深刻になる。

 どこまで娘のセシリアが関わっているのかは知れない。だが、アレックスもセシリアが『頭のなかまで花畑の少女』でないことは認めていたし、ハロルド自身も同意見だ。奴隷売買、魔力の悪用に関わっていないにしても、なにか情報を所持している可能性は大いにある。


「ああ」


 件の悪女が兄と話している姿をみて、ハロルドは思わずうめき声をあげた。

 気に入らない。

 実兄リカルドが悪女セシリアを憎からず思っていることも癪だった。なにしろ、悪女は純粋無垢な――成人男性にしかるべき表現とは言えないが――兄をもてあそび捨てたことは有名な話だ。優秀な兄の名に傷をつけたのだ。許せるだろうか? いや、許せない。

 それなのに当のリカルドは悪女を庇っているではないか!

 ハロルドは悪女セシリアがアルバートの直系というのも合間って、魔女ではないかと一時期本気で考えていたくらいだ。無理いって悪友に呪術師を紹介してもらい、リカルドに呪いの痕跡がないとわかったときは心底ほっとしたものだ。

 結局、ハロルドはセシリアを警戒するアレックスに大いに賛同している。油断ならない女だと理解している。兄が、いや、世界中の男があの魔性の女に絆されようが、自分は決して騙されないと自負していた。


 アレックスがアトウェジウッド城へわざわざセシリア・アルバートを招待したのにはいくつか理由がある。まず第一に、奴隷や魔法についての事実確認をそれとなく行うこと。それから彼女の能力と為人を確認すること。最後に、周囲の反応だ。

 第二王子ロバートがこの世のなにより神話を敬愛しており、セシリアに興味をもっていることはアレックスには好都合だったらしい。ロバートを餌にしてセシリアの反応を見るつもりだとこぼした。

 ハロルドは、セシリアについてどんなことでもいいから情報を集める任務と、見極め、そして不服ながら護衛を言いつかっていた。なにしろ、悪女は恨まれることはあれど好かれることはまれなのだから。

 だが、与えられた任務のなかで優先しなければならないのは『見極め』であるとハロルドは考えていた。

 パトリシアに招かれた避暑地にて、セシリアの従者が奴隷であることが判明してすぐ、アレックス王子は慎重に、しかし迅速に動いた。王や重臣たちはアルバートに関することを第一王子以下に一任し――なにしろ王宮にはアルバートのお仲間スパイがうようよいることが想定され、おもだって動けない――密かに事を進めるよう命じた。

 まずアレックス殿下はアルバート家当主カルロス・アルバートを召喚し、事実確認を行った。すっとぼけるだろうとハロルドはにらんでいたが、驚くことに、カルロスはまるで懺悔するがごとく身を震わせて頷いてみせた。

「ああ、殿下。たしかに娘の従者は奴隷でございます。ええ、ええ、言い訳はいたしません」

「……そのようであるな」

 動揺も驚きも微塵も見せず、アレックスは鷹揚に先を促した。

「しかし、殿下。件の奴隷は“娘が”買ってきたのです」

 カルロスはふるふると身を揺さぶった。あわれみの最大限に引き出そうと眉をこれでもかと『ハ』の字にしている。

「ああ、ああ! 心優しい娘のことです、苦しんでいる奴隷を見つけ、放ってはおけなかったのでしょう! 我が娘は心優しい娘なのです! おおっ! どうか親びいきとは思わんでいただきたい」

 観劇のような大げさな仕草でカルロスは胸に手をあて、鼻をすすった。おそらく、泣き真似がしたかったのかもしれない。


 なんてしらじらしい――ハロルドは無表情を保ちつつ、奥歯をぎりぎり噛みしめた。


 アレックスはカルロスの渾身の演技にも気づかなかったふうを装い、淡々と口をひらいた。

「ほう、では、なぜ貴殿は国に報告しなかったのだ? 奴隷の売買は法律で禁じられている。商人は見つけ次第捕縛する義務がある。仮に、娘殿が奴隷を――たとえいかなる理由があるとて――購入したとして、貴殿は『奴隷である』事実を承知していたようだ。ならば親の責任として国に報告すべきではなかったのか」

 毅然とした態度で応じるアレックスに、ハロルドはひそかに尊敬のまなざしを向けた。

 しかし。

 悪巧みに関して普段とは見間違えるほど勇敢になれるカルロスは、ただ困ったように笑った。

「殿下、おかしなことをおっしゃられる! 逆に、国に何ができたでしょう? 奴隷を斡旋しているのは貴族だと言うのに」

 アレックスの眉がぴくりと動いた。

「貴殿もその一味だと?」

「いえ、いえ。めっそうもございませぬ。ただ、事実なのです。国に報告しても揉み消されるのが落ち。国は奴隷を引き取ってくださいますか? 税で賄えますか? 殿下、現実をご覧ください。まったくもって無謀! 無理でございます」

 ケタケタと、こどもがピエロの道化ぶりをあざけるような勢いでカルロスは笑った。

「それこそ殿下も、ようくご存知だからこそ、手が出せないのでありましょう?」


 ――侮辱だ――思わず剣の柄に手が伸びた騎士を、王子は視線だけで押しとどめた。


「たしかに、そうかもしれぬ。だが、カルロス・アルバート卿。問題をすり替えてはもらっては困る。貴殿が法を犯したことは事実だ」

「いいえ、わたくしめは法を犯しておりません。買ったのは娘です――そして娘は、未成年であります」

「戯言を」

「殿下、これこそが事実です。奴隷は――いえ、奴隷は、娘に買われたとともに、自ら奴隷の身に落ちたのです。そして現在、あやつは奴隷ではありません。証拠に、首輪もはずしております」

「馬鹿な!」

 とうとう吠えた王子の第一騎士に、カルロスはひどく冷たいまなざしを向けた。

「殿下の番犬はよく吠える。それとも口出しする権限がないのにわめくのはグスターヴの特権ですかな」

 今度こそ自制をきかせつつ、ハロルドは引き下がった。

「申し訳ございません。……殿下、発言の許可をいただきたく」

「許す」

「恐れながらアルバート卿、わたくしはこの目で奴隷に首輪がついているのを見ました」

 そもそも、カルロス・アルバートのような男が奴隷の枷を外すとは思えない。臆病者は用心深さを最大限に引き出すときがあるのだから。

 カルロスは穏やかにほほえもうとして、口の端をひきつらせた。

「見間違いではありませんかな。それほどまでにお疑いなら、奴隷をこちらに連れてきてもいい」

 余裕の調子で肩をすくめたカルロスを見て、ハロルドははじめて、男の言っていることが事実であると確信した。同時に、もし奴隷の枷を外せる状況であるということは――魔力でいつでも従わせることができる状況にある、と。そういうことだと直感した。

 そうでなければ説明がつかない。

「わかった。下がれ」

 アレックスの淡々とした口調に、アルバート家当主は恭しくお辞儀をして退出していった。


「思うに、奴隷売買から攻めるより、やはり魔法売買から調べてみたほうがいいかもしれない」

「ええ、おっしゃる通りです」

「ハル、おまえはセシリア嬢を調べて」


 思わず怪訝なまなざしをむけると、アレックス王子はおもしろそうに笑っていた。

 とやかくいえばあることないことからかわれるにちがいない――ハロルドの引き際は見事だった。


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