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悪女セシリアの述懐  作者: 詠城カンナ
第二章 魔法使いの条件
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第二話 神話狂いの王子さま


 森に囲まれたアトウェジウッド城は闇夜に白く輝いて浮かびあがっていた。灯る明かりのなかでそびえたつ堂々たる姿に目を奪われつつ、レイチェルに急かされ入場する。案内された一室には、すでに殿下以外の面々がそろっていた。

 今宵は小さな夜会を催し、一日だけの滞在を許されていた。顔をわずかに伏せつつ、チラと招待客を確認うする。事前にメンバーは知らされていたので、特段驚くこともない。

 ソファに腰かけ、ゆるりとこちらに笑みを見せたのはパティさま。ふんわりとしたレースをたっぷりとあしらったドレスがとてもよく似合っている。どこぞのお姫さまと言われて違和感がない。

 ついで、ぎこちないながらも微笑したのがギルバートさま。深緑の衣装は彼に映えている。パティさまのとなりに控えているのをめざとく見とめたレイチェルの視線が鋭くなった。こーら!

 そして最後に、パッと顔を輝かせて今にもこちらへやってきそうな勢いのリカちゃんことリカルド・グスターヴ。相変わらず美人さんである。わたしの癒しだ。

 すこしだけ優越感に酔いながら、自然とほくそ笑んでしまった。ギルバートさまとパティさまがぎくりと硬直する。どうやらいまだ『奴隷効果』が持続中らしい。そんなに警戒しなくてもいいのに。

 リカちゃんだけは尻尾を振って屈託ない笑みを浮かべてくれた。天然で忠犬みたいな彼は、きっと警戒心というものをすべて弟ハロルドにあげてしまったのかもしれない。


「セシー、この間はハロルドがすまなかったね。あれから君に迷惑をかけているんじゃないかって、心配したんだよ」


 そういえば、最後にリカちゃんと会った夜会で、わたしとハロルド騎士はどう見ても妙な殺伐とした雰囲気のなかで別れたはずだ。特に進展もなく、むしろさらに悪化したように思う。ハロルドさまのなかで、わたしの印象は最悪だろう。

「リカちゃ――リカルドさまが、気にすることはないわ」

 妹レイチェルがいるので、あわててリカちゃん呼びを封印する。気をつけなくちゃ、またいらぬ噂がたっても仕方がない。

 わたしの心情を知ってか知らずか、リカルドは微苦笑した。

「ハロルドは、根はいい子なんだよ。すごく照れ屋だし、他人のことをよく考えて行動するんだ」

「ええ、そうね」

 きっと、そうなんだろう。ハロルドさまがわたしに異様に厳しいのは、きっとリカルドのことを想っているからだ。想っているからこそ、兄を騙したとされる悪女セシリアに警戒しているのだ。

 リカちゃんは弟想いだし、ハロルドさまも兄想い。とても仲が良い兄弟なのだろう。

 ちらり、と妹レイチェルに視線をやる。ぶすっとした顔でこちらをにらみかえしてきた。

 ……まあ、わたしの妹だって、とってもかわいいわよ。


 今回は第一王子アレックスさまのみならず、第二王子ロバートさまもご滞在なされるらしい。なぜだろうと訝んだが、理由はすぐにわかった。そう、彼は神話に目がないのだ。つまり、わたしたち姉妹アルバートとハロルド騎士のグスターヴがそろっている場に是非とも己も居合わせたいという、殿下たっての希望らしかった。

「ああ! セシリア嬢! 待っていたぞ!」

 大きく腕を広げロバート殿下は迎え入れてくださった。もしこれが夜会などであったら、わたしは一気に他の貴族令嬢たちの視線により蜂の巣だっただろう。

「おお、こちらは妹のレイチェル嬢? ようこそ、ようこそ!」

 レイチェルの手をとり、ぶんぶん振る。さすがの我が妹も殿下のハイテンションには目を白黒させてついていけていないよう。


 初接触の夜会から後、父さまに聞かされた噂で第二王子ロバートさまが神話好きということは知ってた。が、さすがにここまでとは。彼の前では悪女の噂など神話に比べればなんてことないのね。うれしいような、複雑な気分になるのはどうしてかしら。

「以前はあまりお話できなかったからね。今回は語りつくそうではないか!」

 鼻息荒く、らんらんと輝く眼で殿下は言うと、破顔一笑した。思いっきりの笑顔はロバート殿下をあどけなくさせる。お可愛らしい方だ。

「明日の昼食のあとに時間をあけておいてくれ。では、後程」

 こっそりと耳打ちして、ロバート殿下は軽くウインクをして去っていった。ううむ、どんどん第二王子さまのイメージが変わってきている。他人の意外な姿を見るのはちょっぴりわくわくした。

 リカちゃんが殿下が去っていったのを見計らってそっと近づいてくる。

「セシーはほんとうに交友関係が広いんだね。王族の方とも懇意にしているようだし」

 神話好きのロバート殿下は例外なく、リカちゃんにも握手をもとめ興奮たぎって話しかけていたが、当のリカちゃんは若干目を白黒させていた。傍目には気づかれない程度なので、リカルドのほうこそ、立派に物おじせず対応していたように見えるのだ。


 そうねぇ、わたし、もしかして王族に対して敬意が足りないのかしら。十数年、この国の教育を受けてきたけれど、同時に日本での価値観も授かってきたわたしには、いまいち理解しにくい価値観も多い。むしろ反感を覚えるのは、父さまや母さまの自分たちがすべてでナンバーワン精神だったりする。貴族のなかには、孤児院を訪問したり寄付をしたりしている人たちも多いのだが、如何せん我が家がそんな慈悲深い精神を持ち合わせているとは思えない。

 そう考えると、わたしってデニスのことを言える立場じゃないのかもしれないわね。

 ――友達がいればなあ、と。そんなふうに思うことは多々ある。同じ年ころの友人がほしい。が、世間一般のお嬢さまたちは、悪い噂のたつセシリアと好んで友になろうとはしない。昔父さまに、友達がほしいとお願いしたことがあったが、あきらかに弱みを握られた家の令嬢が蒼白な顔で連れてこられたときは眩暈がしたわ。お父さまって本当に悪役……というか常識外れというか。


「お姉さまは、第二王子さまを狙っていらっしゃるの?」

 ふいに、扇に口元を隠してレイチェルが尋ねてきた。

「殿方ならだれでもいいのね。あきれちゃうわ」

 な、なにを言っているのかしらこの子は!

 じと目で見てくる妹に、わたしは口を開け閉めすることしかできなかった。

 ハロルドさまより、レイチェルのほうがとんだ勘違い人間かもしれないわ。


 そうこうしているうちに、夜会がはじまった。


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