9,起きて来ない二人
「あの……」
突然声をかけられて、練は我に返った。湊が、上目遣いにこちらを見ている。
「さっきはホントにすいませんでした」
「ううん、僕のほうこそごめん」
「あの、これからも仲良くしてもらえますか?」
練は思わずほほえむ。
「もちろん」
フォレストハウスに帰り着くと、練と湊が言った。
「これからすぐに夕食の支度に取りかかるんですか?」
「僕たち、手伝います」
みんなで荷物を手にキッチンに向かいながら、里樹は答える。
「気を遣わなくていいよ。これが僕の仕事なんだから」
「でも、まだ学校は始まらないし、里樹さん、本業じゃないんだし」
里樹は思わず笑ってしまった。
「それはそうだけど」
すると、後ろから東吾が言った。
「手伝わせてやればいいじゃないですか。二人とも、罪滅ぼしがしたいんですよ」
「いや、罪ってほどのことじゃ……」
だが、練は言う。
「僕たち、里樹さんを手伝うつもりでついて行ったのに、かえって余計な手間をかけさせることになっちゃって」
「悪いのは僕です」
そう言った湊の目がじわりと潤む。これはまずいと思い、里樹はあわてて言った。
「わかった。じゃあ、ありがたくお手伝いしてもらうことにするよ」
「よかったな、泣き虫兄弟。じゃ、俺はちょっと部屋で休ませてもらいま~す」
そう言って、東吾はキッチンを出て行った。呆気に取られたように東吾の背中を見送る二人に、里樹は声をかけた。
「『泣き虫兄弟』はひどいよね。じゃあ、とりあえず、今使わない食材は冷蔵庫にしまってもらって……」
「うめー」
カレーを一口食べた東吾がつぶやいた。里樹は言う。
「二人が手伝ってくれて、すごく助かったよ」
すると、湊が言った。
「練くん、野菜を切るのとかすごく上手なんだよ」
「家でもときどきやっていたからね。このサラダのドレッシングは湊くんが作ったんだよ」
「里樹さんに言われた通りにやっただけだけど」
一緒に作業をするうちに、二人の間のわだかまりもすっかり解けたようだ。
やはり手伝ってもらってよかったと里樹は思う。
「みんな、たくさん食べて。お代わりもたくさんあるからね」
ふと窓の外に目をやると、木々が大きく揺れている。夜になって、風が出て来たようだ。
翌朝、キッチンで朝食の用意をしていると、東吾が入って来た。
「おはようっす」
「あっ、おはよう」
「ダイニングルームに行ったんだけど、まだ二人とも起きて来ないから、ちょっとこっちに来てみたっす。
なんか手伝うことあります?」
「ありがとう。じゃあこれ、ワゴンに載せてくれる?」
「はい」
東吾がポットを手に取りながら、キッチンを見回して言う。
「ここも結構広いんですね。四人だったら、キッチンで食べてもいいんじゃないっすか?
わざわざダイニングルームに運ぶの、めんどくさくないっすか?」
里樹は苦笑する。
「そうなんだけどね、伯母さんの方針で」
伯母が細かく決めて、長年の習慣としていることを、ピンチヒッターで来ているだけの自分が勝手に変えてはいけない気がするのだ。
「あー、なるほど」
「よし、できた。それじゃ行こうか」
料理や食器をすべてワゴンに載せ終え、二人はキッチンを出る。
「あれ……」
ダイニングルームを見回しながら、東吾がつぶやいた。練も湊もまだ来ていない。
「練くんはいつもは早起きなんだけど。そのうち来るかな」
里樹がワゴンのものをテーブルに載せると、東吾がそれぞれの位置に配置してくれる。
それから五分ほどが過ぎた。
「来ないねえ。まだ寝てるのかな」
「腹減ったな」
「先に食べてもいいよ」
「いや、それはさすがに……」
そんな会話をしながら、里樹はだんだん心配になって来た。寝坊をしているだけならいいが、二人とも現れないというのはただ事ではない。
すると、東吾が言った。
「起こしに行きますか」
「そうだね」
手分けをして、それぞれの部屋を見に行くことになった。里樹は、湊の部屋へ行き、ドアをノックしながら声をかける。
「湊くん、おはよう」
だが、返事はない。
「湊くん、まだ寝ているのかな。開けてもいい?」
やはり返事はない。しかたがない。
「湊くん、開けるよ」
そう言ってドアを開け、中に入ったのだが。
寝乱れたベッドに彼の姿はない。トイレかバスルームかと思い、ノックをしてからドアを開けてみたが、やはり彼はどこにもいない。
そんな……。まさか、どこかに出かけたのだろうか。
規則で、門限の八時には玄関に施錠することになっているのだが、それ以前に外に出たということはあるだろうか。
そんなことがあるとは思いもせず、存在確認もしなかったが、まずかっただろうか。
だが、夜にはバスもない辺鄙な場所から、中学を卒業したばかりの少年が、いったいどこへ行くというのだ。
もしも何かあったら、伯母に顔向けできない。いや、そんなことよりも湊のことが心配だ。
どうしよう……。呆然と立ち尽くしていると、里樹を呼ぶ声がした。
「里樹さん、来てください!」




