10,湊からのメッセージ
夕食後、部屋に戻った練は、シャワーを浴びながら、今日一日の出来事を思い返す。
バスを降りた直後に、道路に飛び出そうとした湊くんをきつく叱ってしまったのは失敗だった。
その後、過去の出来事を話して思わず泣いてしまったことも、湊くんを泣かせてしまったことも、里樹さんと東吾さんにさんざん迷惑をかけてしまったことも。
でも、里樹さんは優しかったし、東吾さんはうまくとりなしてくれたし、湊くんともなんとか仲直りできて本当によかった。
里樹さんが作ってくれたカレーはおいしかったし。カレーって、何度食べても飽きない。
それにしても、ずいぶん風が強い。昼間はとてもいい天気だったのに。
パジャマを着て、ベッドに腰を下ろしたのとほぼ同時に、ベッドサイドに置いたスマートフォンが震えた。
父からだろうかと思って開くと、ここに来た日に連絡先を交換したばかりの湊からのメッセージだ。
―― こんな時間にすいません。もう寝てましたか?
「寝てましたか」と聞かれて、「寝てました」と答える人はあまりいないだろうけれど。
そう思いながら返信する。
―― さっきシャワーを浴びたところだよ。まだ起きてる
―― これからそっちに行ってもいいですか?
何か用事だろうか。
―― いいよ
約一分後、部屋のドアがノックされた。
「どうぞ」
ベッドにかけたまま声をかけると、やはりパジャマを着た湊が、ドアを開けておずおずと入って来た。
「特に何か用事があるってわけじゃないんですけど……」
「どうかした?」
あえて明るく問いかけた練に、湊は気まずそうに言った。
「風の音を聞いていたら、なんだかだんだん怖くなって来て。ここの部屋、素敵だけど、ちょっとホラー映画に出て来そうな感じもするし」
たしかに、まるで中世のヨーロッパにでもいるかのような洋館は、とても風情があって美しいのだが、夜になると、どことなくおどろおどろしい雰囲気を感じなくもない。
それに、この洋館は、人里離れた森の中に建っているのだ。中学を卒業したばかりの湊が心細く感じるのも無理はない。
「そうだね、僕も慣れるまでは、ちょっと怖かったかな。もちろん、実際には怖いことなんて一度も起こっていないけどね」
「そうですよね」
「あ、ここ、かけたら?」
練がベッドの自分の横をポンポンと叩くと、湊は素直に近づいて来て腰かけた。そして、自分の膝の辺りに視線を落としたまま話し始める。
「僕、ここに来るの、すごく不安だったんです。大学生の人たちばっかりのところに、一人だけ入るのはいやだなって。
でも、来てみたら寮生は一人だけで、来るのはあと一人だけって聞いて、しかもいたのが練くんだったから、うれしかった。
練くんも高校生だっていうし、それに、すごく優しかったから」
「えへ、照れるな」
「だけど、今朝、あんなことがあったから……」
バスを降りたときのことを言っているのだろう。練は、今日すでに何回も言ったセリフを言う。
「あれは、僕がいけなかったんだ」
湊が「違うよ僕が」と言い、また同じやり取りの繰り返しになってしまうかと思ったのだけれど、そうはならなかった。
湊は言った。
「練くんに嫌われたらどうしようと思って、ていうか、もう嫌われちゃったと思って悲しかったんだけど、仲直りできて、すごくうれしかった」
「あ……」
胸が熱くなって、練も打ち明ける気になった。
「僕、弟を事故で亡くしたって言ったでしょう? 二歳違いで、もしも生きていたら、湊くんくらいになるんだなあと思って。
だから、その……」
「そうだったんですね」
しんみりしてしまったと思い、練は話題を変える。
「里樹さんも言っていたけど、東吾さん、僕たちのこと『泣き虫兄弟』だなんて、ひどいよね。
たしかに泣いたけど、普段はそんなに泣いたりしないし、人前であんなに泣いたのは初めてなのに」
湊がくすりと笑う。
「でも僕、練くんと兄弟ならうれしいかな」
「え、ホントに?」
「ホントに」
「へ、へえ……」
なんだか照れるけれど、練も、とてもうれしい。すると、湊が言った。
「僕、年の離れたお姉ちゃんがいるんです。でも、今は外国にいて、もうずっと会っていなくて」
「そうなんだ。どこに住んでいるの?」
「それが、仕事で海外をあちこち飛び回っていて」
「そうか……」
湊が、ちらりとこちらを見て言った。
「父親がDVだって言ったじゃないですか」
「うん」
「だから、いつかお母さんと僕とお姉ちゃんと、三人で暮らせたらいいねって言っているんですけど」
「そうなんだ」
答えてから、練はふと思って尋ねた。
「お母さんは、今お父さんと二人でいるの?」
湊がうなずく。
「ええと、その……」
練が言いかけて口ごもると、察したように湊が言った。
「ああ、お母さんは、今のところは大丈夫みたいです。なんていうか、父親の暴力は、特に僕に対してひどくて」
「そう……」
かわいそうに。母親は、なんとか父親の暴力から湊を遠ざけようと、必至で逃げ場を探したのだろう。
「でも、お母さんがここを見つけてくれてよかった。里樹さんも東吾さんもいい人だし、練くんに会えたし」
湊は、あどけない笑顔で練を見た。
その後も二人は、遅くまで話した。




