↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
7/32

7,ベーカリーのパン

 二人が落ち着くまでに、少し時間がかかった。湊も、そして練も辛い経験をしているのだし、里樹にも気持ちはよくわかる。


 だから、二人の涙が収まるまで、ゆっくり待つことにした。東吾も、隣のベンチでスマートフォンを見ている。


 ただ、帰りのバスは一時間に一本弱だ。初めはスーパーで食材を買って、次のバスで帰るつもりでいたのだが、そういうわけにはいかなくなった。


 それで、里樹は横の東吾に言った。


「どこかでお昼を食べて、それから買い物をして帰ることにしようか」


「いいっすね」


「そんなにお店は多くないけど、中華屋さんか、蕎麦屋さんか……」


 里樹自身は、どちらの店にも入ったことはないけれど。すると、東吾が二人に声をかけた。


「なあ、どうする? 昼メシ、何が食べたい?」


 しばし間があってから、練がぽつりとつぶやいた。


「里樹さんのご飯が食べたい」


 今まで、いつもしっかりして見えた彼に、そんないじらしいことを言われるとキュンとするが、今はそういうわけにはいかない。

 

 湊は、うつむいたまま何も言わない。そこで、ちょっと考えて思いついた。


「天気もいいし、ベーカリーでパンを買ってきて、ここで食べようか」


 数年前、駅の反対側に、おいしいパン屋ができたのだ。東吾が言った。


「それ、いいっすね」


 それで、東吾に二人のそばにいてもらい、里樹がみんなの分のパンを買いに行くことになった。




 情けなくて、なかなか涙が止まらない。湊がDVに遭っていたことを聞いていたのに、大声で怒って怖がらせてしまった。


 隣で湊も、まだ鼻をぐずぐずいわせている。せっかく仲良くなれそうだと思ったのに、これで嫌われてしまったかもしれない。


 練が落ち込んでいると、二人の前で所在なげに立っている東吾が言った。


「お前ら、後でちゃんと里樹さんに謝れよ。あの人だって、急に寮をまかされて大変なんだから。


 俺たち荷物持ちでついて来たのに、一人でパン買いに行かせて……」


「あ……」


 本当だ。たった今言われるまで、僕はそんなことにも気が回らなかった。


 里樹さんだって不慣れな状況に戸惑っているに違いないのに、いやな顔もせず、寮に来てから、ずっと優しく接してくれた。

 

 湊くんたちが来る前には、一緒に料理をしたりして、とても楽しかった。


 お兄さんができたみたいでうれしかったのに、僕は里樹さんにも、それに東吾さんにも迷惑をかけてしまった。


 なんて僕はバカなんだ……。そう思うと、またも涙がこみ上げる。


 思わず嗚咽を漏らすと、隣で湊もまた泣き出した。


「ごめんなさい……」


 悪いのは僕なのに。そう思うと、余計に涙があふれる。

 

 二人を見下ろしながら、東吾が嘆く。


「おいおい、二人とも、もう泣くなって。知らない人が見たら、間違いなく俺がお前らをいじめてると思われるぜ。


 あーあ、里樹さん、早く戻って来ないかな」




 パンが入った袋を提げて公園に入って行くと、東吾が駆け寄って来た。


「お疲れっす」


「二人はどう?」


 並んで歩きながら問いかけると、東吾は顔をしかめた。


「それが、まだ二人ともめそめそしてるんっすよ。まるでガキだぜ」


「そうかー」


「パン食ったら元気が出て泣き止みますかね」


「そうだといいけどね」



 近づいて行くと、二人はベンチから立ち上がった。なるほど、まだ目や鼻が赤い。


「余ったら、持って帰って後からおやつにでも食べればいいと思って、いっぱい買って来たよ」


 そう言って袋を広げて見せる里樹に、二人が口々に言った。


「迷惑かけてすいませんでした。パンまで買いに行ってもらって……」


「僕も、すいませんでした」


 真剣な様子がいじらしくて、里樹はほほえむ。


「いいよ。別に迷惑じゃないし、たまには外で食べるのも、ピクニックみたいでいいんじゃない?」


 すると、東吾が言った。


「じゃあ、二人でそこの自販機で飲み物買って来いよ。それでこの件は、すべてチャラってことでいいんじゃね?


 あっ、俺はコーヒー系な」


 二人は顔を見合わせてうなずく。


「じゃあこれ。僕もコーヒー系で」


 里樹は、二人に小銭入れを差し出した。



 自販機に向かって歩いて行く二人の背中を見ながら、里樹は東吾に声をかけた。


「どうもありがとう」


「え? 俺?」


 東吾はきょとんとしている。


「うん。うまく話をまとめてくれて助かったよ。


 僕一人だったら、まだしばらくあーだこーだ言ってそうだったけど」


 里樹の言葉に東吾が笑った。


「いや、腹が減ってたから、早くパンが食いたかっただけっすよ。うまそうな匂いもしてるし」


 里樹も笑う。


「僕のおすすめはチーズカレーパンかな。それから……」



 飲み物を手にして戻って来た二人に、東吾が声をかける。


「おーサンキュ。ほら、座れ座れ。


 パン、めっちゃうまそうだぞ。里樹さんのイチオシはチーズカレーパンだってよ」

 

「板チョコデニッシュもおいしいよ。中に板チョコを入れて焼いてあるんだ」


「へえ、うまそう」



 練と湊は、まだ気まずそうで口数も少なかったが、東吾があれこれ話して場を和ませてくれた。

 

 みんなたくさん食べてくれたので、里樹もほっとした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。