7,ベーカリーのパン
二人が落ち着くまでに、少し時間がかかった。湊も、そして練も辛い経験をしているのだし、里樹にも気持ちはよくわかる。
だから、二人の涙が収まるまで、ゆっくり待つことにした。東吾も、隣のベンチでスマートフォンを見ている。
ただ、帰りのバスは一時間に一本弱だ。初めはスーパーで食材を買って、次のバスで帰るつもりでいたのだが、そういうわけにはいかなくなった。
それで、里樹は横の東吾に言った。
「どこかでお昼を食べて、それから買い物をして帰ることにしようか」
「いいっすね」
「そんなにお店は多くないけど、中華屋さんか、蕎麦屋さんか……」
里樹自身は、どちらの店にも入ったことはないけれど。すると、東吾が二人に声をかけた。
「なあ、どうする? 昼メシ、何が食べたい?」
しばし間があってから、練がぽつりとつぶやいた。
「里樹さんのご飯が食べたい」
今まで、いつもしっかりして見えた彼に、そんないじらしいことを言われるとキュンとするが、今はそういうわけにはいかない。
湊は、うつむいたまま何も言わない。そこで、ちょっと考えて思いついた。
「天気もいいし、ベーカリーでパンを買ってきて、ここで食べようか」
数年前、駅の反対側に、おいしいパン屋ができたのだ。東吾が言った。
「それ、いいっすね」
それで、東吾に二人のそばにいてもらい、里樹がみんなの分のパンを買いに行くことになった。
情けなくて、なかなか涙が止まらない。湊がDVに遭っていたことを聞いていたのに、大声で怒って怖がらせてしまった。
隣で湊も、まだ鼻をぐずぐずいわせている。せっかく仲良くなれそうだと思ったのに、これで嫌われてしまったかもしれない。
練が落ち込んでいると、二人の前で所在なげに立っている東吾が言った。
「お前ら、後でちゃんと里樹さんに謝れよ。あの人だって、急に寮をまかされて大変なんだから。
俺たち荷物持ちでついて来たのに、一人でパン買いに行かせて……」
「あ……」
本当だ。たった今言われるまで、僕はそんなことにも気が回らなかった。
里樹さんだって不慣れな状況に戸惑っているに違いないのに、いやな顔もせず、寮に来てから、ずっと優しく接してくれた。
湊くんたちが来る前には、一緒に料理をしたりして、とても楽しかった。
お兄さんができたみたいでうれしかったのに、僕は里樹さんにも、それに東吾さんにも迷惑をかけてしまった。
なんて僕はバカなんだ……。そう思うと、またも涙がこみ上げる。
思わず嗚咽を漏らすと、隣で湊もまた泣き出した。
「ごめんなさい……」
悪いのは僕なのに。そう思うと、余計に涙があふれる。
二人を見下ろしながら、東吾が嘆く。
「おいおい、二人とも、もう泣くなって。知らない人が見たら、間違いなく俺がお前らをいじめてると思われるぜ。
あーあ、里樹さん、早く戻って来ないかな」
パンが入った袋を提げて公園に入って行くと、東吾が駆け寄って来た。
「お疲れっす」
「二人はどう?」
並んで歩きながら問いかけると、東吾は顔をしかめた。
「それが、まだ二人ともめそめそしてるんっすよ。まるでガキだぜ」
「そうかー」
「パン食ったら元気が出て泣き止みますかね」
「そうだといいけどね」
近づいて行くと、二人はベンチから立ち上がった。なるほど、まだ目や鼻が赤い。
「余ったら、持って帰って後からおやつにでも食べればいいと思って、いっぱい買って来たよ」
そう言って袋を広げて見せる里樹に、二人が口々に言った。
「迷惑かけてすいませんでした。パンまで買いに行ってもらって……」
「僕も、すいませんでした」
真剣な様子がいじらしくて、里樹はほほえむ。
「いいよ。別に迷惑じゃないし、たまには外で食べるのも、ピクニックみたいでいいんじゃない?」
すると、東吾が言った。
「じゃあ、二人でそこの自販機で飲み物買って来いよ。それでこの件は、すべてチャラってことでいいんじゃね?
あっ、俺はコーヒー系な」
二人は顔を見合わせてうなずく。
「じゃあこれ。僕もコーヒー系で」
里樹は、二人に小銭入れを差し出した。
自販機に向かって歩いて行く二人の背中を見ながら、里樹は東吾に声をかけた。
「どうもありがとう」
「え? 俺?」
東吾はきょとんとしている。
「うん。うまく話をまとめてくれて助かったよ。
僕一人だったら、まだしばらくあーだこーだ言ってそうだったけど」
里樹の言葉に東吾が笑った。
「いや、腹が減ってたから、早くパンが食いたかっただけっすよ。うまそうな匂いもしてるし」
里樹も笑う。
「僕のおすすめはチーズカレーパンかな。それから……」
飲み物を手にして戻って来た二人に、東吾が声をかける。
「おーサンキュ。ほら、座れ座れ。
パン、めっちゃうまそうだぞ。里樹さんのイチオシはチーズカレーパンだってよ」
「板チョコデニッシュもおいしいよ。中に板チョコを入れて焼いてあるんだ」
「へえ、うまそう」
練と湊は、まだ気まずそうで口数も少なかったが、東吾があれこれ話して場を和ませてくれた。
みんなたくさん食べてくれたので、里樹もほっとした。




