6,それぞれの事情
「あっ」
思わず声を上げてしまい、里樹はあわてて口元を押さえた。それを非難ととらえたのか、湊が頭を下げた。
「すいません……」
「違うよ」
里樹はあわてて首を横に振る。
「実は、僕も同じで」
「え?」
みんなが驚いたようにこちらを見る。その視線に、ちょっとひるみながら、里樹は説明する。
「僕が小学生の頃からここで暮らしていたのは、父親の暴力のせいなんだ。伯母さんは、父親の姉で」
あまり詳しいことを話すのは、この場にふさわしくないと思ったのだが、それ以上のことは言わなくても、とりあえずは納得してもらえたようだった。
湊は、涙ぐみながら里樹を見つめる。
「そうなんですね」
冷蔵庫から出してきたデザートのプリンを配って、席に着きながら里樹は言った。
「食べながら聞いてください。契約のときに聞いていると思うけど、ここの規則について、もう一度確認しておくね。
まず、食事は基本的に、朝夕は、ここでそろって食べてもらいます。用事や何かで参加できないときは、事前に言ってもらえるとありがたいです。
貴重品は、各部屋の鍵付きロッカーに入れて管理してもらって、洗濯は、キッチンの隣の洗濯室に洗濯機があるので、交代で使ってください。
部屋の掃除は各自行ってもらいますが、ええと、一応週に一回、寮母が部屋をチェックすることになっています。
今は、僕がさせてもらいます」
伯母が言うには、これも、部屋を見たり、そのときに言葉を交わすことで、何か異変があれば早めに気づくことができるし、困っていることや要望などを聞くことができると。
ただし、自分がそういったことをうまくできるかどうかは、心もとない。里樹は、プリンを食べる三人を見回す。
「ここまでで、何か質問はある?」
落ち着きを取り戻したらしい湊が言った。
「このプリンも里樹さんが作ったんですか?」
「あ……そうだけど」
「すごーい」
東吾が言った。
「めっちゃうまいっす」
「……それはどうも」
「お母さん! お母さん!」
小さな里樹は叫ぶ。顔が熱い。
目の前には、一面の燃え盛る炎。涙がほとばしる。
「お母さん! お母さあん!」
「危ない!」
見知らぬ声とともに腕を強く引かれ、里樹は、後ろを振り返りながら走り出す。
あえぎながら目覚めると、汗だくになっていた。激しい呼吸を繰り返しながら、里樹は布団を跳ねのける。
久しぶりに嫌な夢を見た。湊の話を聞いたせいかもしれない。
ときどき夢に出て来る、いつも同じ火事のシーン。本当にあんなことがあったのかどうか、よく覚えてないけれど、やけに生々しく、見るたび飛び起きてしまうあの夢。
翌朝、食事をしながら、里樹は三人に向かって言った。
「今日、朝食の後片付けをしたら、駅前のスーパーに買い出しに行こうと思っているんだけど、何かほしいものがあったら……」
「あっ、僕も一緒に行きます」
そう言ったのは練だ。
「人数が増えたから、買い物の量も増えますよね。荷物持ちます」
「ありがとう」
すると、湊が言った。
「僕も行きたい。駅の周りを見てみたいし、もちろん荷物も持ちます」
「じゃあ俺も。多分この中じゃ、俺が一番腕力あるんじゃね?」
東吾も手を上げて、結局、全員で行くことになった。
たいてい、いつもそうなのだが、周りに人家がないので、ほかに乗客はなく、終点の駅前の停留所に着くまで、バスは里樹たちの貸し切り状態だった。
「わー、昨日ここからバスに乗ったばっかりなのに、なんか懐かしい気がする」
バスを降りるなり、湊が道路を横切ろうとする。と、そのとき。
「危ない!」
練が叫びながら湊の腕をつかんだ直後、バイクが目の前を通り過ぎた。
「ダメじゃないか。はねられたらどうするんだよ!」
練らしからぬ厳しい叱責に、湊は目を見開き、体を硬直させている。
練も、自分の声に驚いたかのように、戸惑いの表情を見せている。
高齢の男性が、四人をじろじろと見ながら通り過ぎて行った。
里樹は言った。
「スーパーに行く前に、ちょっとそこに行こうか」
すぐ目の前に児童公園があって、中にはベンチもある。
「ごめんなさい……」
ベンチに腰かけさせた湊は青ざめ、胸の辺りで握りしめた手が震えている。
「僕のほうこそ、ごめん。僕はただ……」
湊の横にかけた練も、ひどく動揺している。ベンチの前に里樹と並んで立ち、腰に手を当てた東吾が言った。
「なんか、ワケがありそうだな」
「あ……ええと……」
練が、途切れ途切れに話し始めた。
「僕には弟がいたんだけど、小さいとき、トラックにはねられて。僕の、せいで……。
僕の、せいで、お母さんも。だから……」
「わかった、もういいよ」
里樹は思わず制止した。練の目に涙の粒が膨れ上がる。
「ごめんなさい」
湊の目からも涙がこぼれ落ちる。それを見て、東吾がつぶやく。
「おいおい……」
こんなときこそ自分がしっかりしなければ。そう思い、里樹は口を開いた。
「二人とも、そんなに気に病まなくても大丈夫だよ。ちょっと危なかったけど、練くんが止めたから何事もなかったし。
とっさに大きな声が出たのもしょうがない。ただ、僕も経験があるからわかるけど、びっくりして体が固まっちゃうんだよね」
DV経験者は、それでフラッシュバックが起こったりするのだ。
「あ……無神経なことをして……」
練が顔を歪めて泣き出した。湊も涙声で言う。
「違うよ、僕が……」
いや、参った。まさか、いきなりこんなことになるとは。
僕だって泣きたい。途方に暮れて、思わず東吾を見ると、彼も困惑した様子で肩をすくめた。




